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【お題】若い女性・サーフィン・彗星このシチュエーション:ゼロアワー ―十二人の目覚め―


ゼロアワー ―十二人の目覚め―

第一章 ゼロアワーが、始まった。

 波が、止まった。

 海月は最初、自分の目がおかしくなったのだと思った。腰の下でうねっていたはずの波が、まるで一時停止ボタンを押されたように、その形のまま静止している。波頭にできた白い泡の一粒一粒までが、空中に凍りついたように動かない。

 風も止まっていた。頬に張り付いていた髪の先が、そのままの角度で止まっている。呼吸だけはできる。心臓の音だけは、やけに大きく鼓膜の奥で鳴っている。

「――やっぱり、来たか」

 声のした方を振り返って、海月は言葉を失った。

 颯が、光っていた。

 いつもの颯の輪郭の内側から、青白い光が皮膚を透かして滲み出している。目だけが、街灯のように強く発光していた。十二年間、記憶の中でずっと同じ顔をしていたはずの幼馴染が、今、明らかに人間の形をした何か別のものに見えた。

「颯、あんた……」

「説明はあとだ。今は感じろ、海月。お前の中にも、もう眠ってない何かがある」

 言われて初めて、海月は自分の両手のひらが、うっすらと発光していることに気づいた。指先から、まるで海水が逆流するように、冷たい光の粒が立ち上っていく。パニックになるより先に、体の芯に何か新しい回路が繋がったような感覚があった。目を閉じると、周囲の停止した海の輪郭が、まるで自分の手足のように"わかる"。この波を、動かせと言われたら動かせる。そんな確信が、理屈より先に体に入ってきた。

「颯、これ、何……」

「お前の中で、何年もかけてゆっくり育ってた力だ。俺と一緒にいた時間の分だけ、な。今夜、信号が世界の時間を止めた瞬間に、それが目を覚ました」

 颯は静止した波間に浮かぶ海月のボードの横に、当たり前のように立っていた。海面に立っているのに、足元に波紋一つ立たない。

「――感じるか。お前だけじゃない」

 颯がそう言った瞬間、海月の視界の端に、奇妙な感覚が滑り込んできた。まるで頭の中に、いくつもの別のチャンネルが同時に開いたような感じ。銚子の漁港で、少年が漁具を握りしめたまま光を放っている映像。小樽の工房で、ガラス職人の見習いが吹き竿の先に燃えるような炎を纏わせている映像。五島列島の教会で、若い神父が両手から透明な結界のような光の壁を展開している映像。

 十二の場所、十二の光。同じ瞬間、同じように時間の止まった世界の中で、それぞれが同じように自分の力に気づき始めている。

「これが……」

「今夜だけ繋がる。十二人分の感覚が、な」海月の言葉を継ぐように、颯が静かに言った。「群体は、お前らを"収穫"するつもりだった。長い間、あちこちに埋め込んだ俺たちを使って、この星ごと刈り取る準備をしてきた。今夜の回収は、その最終合図だ」

「刈り取るって……颯、あんたたちは、そのために私のそばに……」

「最初はな」颯は海月の目をまっすぐ見た。「けど十二年、お前のそばで人間として生きてるうちに、俺は変わった。群体に戻るくらいなら、お前とこの星を守る側に回る。それを他の十一人も、たぶん同じことを今、それぞれの場所で考えてる」

 海月が何か言い返そうとした、その時だった。

 止まっていたはずの空に、亀裂が入った。

 夜空そのものが薄氷のようにひび割れ、その隙間から、黒い触手のような影が幾筋も垂れ下がってくる。人の形をしていない、輪郭の定まらない巨大な"何か"――群体の本体の先端が、直接この星に触れようとしていた。

「来る」颯が海月の前に一歩踏み出した。「お前の力は水を操る力だ、海月。今夜、俺たちが守るのはお前の故郷の海だけじゃない。十二箇所、全部繋がって初めて、あれを押し返せる」

 海月は自分の両手を見た。指先から立ち上る光の粒が、少しずつ渦を巻き始めている。怖くない、と言えば嘘になる。それでも、体の奥で何かが静かに燃えていた。

「――やるしかない、ってことね」

「ああ」颯が笑った。十二年前、浜辺で交わした約束の日と、同じ笑い方だった。「今度は、俺がお前を待たせない」

 止まった世界の中で、十二の光が、それぞれの場所で空を見上げた。

 ゼロアワーが、始まった。


第二章 十二の同時多発戦

 最初の触手が海面に叩きつけられた瞬間、海月は反射的に両手を突き出していた。

 考えるより先に、体が動いた。止まっていたはずの海水が、海月の意志に応えるように渦を巻き、壁のように立ち上がって触手を弾き返す。轟音はしない。時間が止まった世界には、音さえまともに伝わらないのか、すべてが奇妙に静かなまま、力と力だけがぶつかり合っていた。

「筋はいい」颯が海月の隣で、触手の一本を素手で摑んで引き千切りながら言った。「けど一箇所だけ頑張っても、あれは倒せない。感じろ、他の十一箇所を」

 言われて、海月は目を閉じた。頭の中に開いた十二のチャンネルに、意識を合わせる。

 銚子では、少年が漁具から放った光の網で、海から這い上がってきた触手を絡め取っていた。小樽では、ガラス職人の見習いが吹き竿から放った灼熱の光弾が、触手の先端を焼き切っている。五島列島では、若い神父が展開した結界が、教会に伸びてきた影をことごとく弾き返していた。十二箇所、それぞれの土地で、それぞれの武器で、十二人が同時に戦っていた。

 けれど、劣勢だった。

 群体の本体は、十二個の触手一本一本を、まるで指のように自在に操っている。一箇所を押し返せば、別の場所に力が回される。佐渡では、高齢の漁師が孤軍奮闘していたが、老いた体では長くは保たない。海月の視界の端で、その触手がじりじりと漁師の腕に絡みつくのが見えた。

「――佐渡が危ない!」

「わかってる」颯の声が硬くなった。「けど俺たちがそっちに手を貸せば、七里ヶ浜が空く。群体はそれを狙ってる。個別に潰す気だ」

「じゃあ、どうすれば……」

「一つずつ倒そうとするから、負ける」颯は海月の肩を摑んだ。「十二人が、同じ瞬間に、同じことをする。それでしか、あれの"根"は切れない」

「同じこと、って」

「群体との繋がりを、自分の意志で断ち切る。さっき俺が言った、あの話だ。力で殴り合うことが目的じゃない。俺たちがここに残る、って十二人全員が同時に言い切った瞬間――群体はこの星から手を離さざるを得なくなる」

 海月は歯を食いしばった。目の前の触手はまだ蠢いている。佐渡の漁師は、まだ絡め取られたままだ。それでも颯の言葉には、これまでのどんな理屈より強い実感があった。

「――みんな、聞こえてる?」

 海月は十二のチャンネルに向かって、声にならない声で呼びかけた。

「今から、数える。三つ数えたら、全員で言うの。"ここに残る"って。理由も、相手も、それぞれ違っていい。ただ、同じ瞬間に、本気で」

 チャンネルの向こうから、少しずつ応える気配が返ってくる。銚子の少年が頷く。小樽の職人が竿を握り直す。五島列島の神父が両手を組む。佐渡で、絡め取られかけていた漁師が、それでも顔を上げる。

 海月は颯の手を握った。十二年前、同じ浜で、同じ手を握った記憶が重なる。

「――一」

 空の亀裂が、さらに広がる。

「――二」

 十二箇所すべてで、光が最大まで膨らむ。

「――三」

「「「「「「「「「「「「ここに残る!」」」」」」」」」」」」

 十二の声が、時間の止まった世界の中で、初めて一つに重なった。

 その瞬間、空を覆っていた亀裂が、内側から光を放って弾け飛んだ。触手という触手が、根元から一斉に灰のように崩れ落ち、風に溶けるように消えていく。群体の本体は、悲鳴とも唸りともつかない振動を一度だけ残して、夜空の向こうへと引いていった。

 静寂が、戻ってきた。

 海月の手のひらの光が、ゆっくりと薄れていく。頭の中の十二のチャンネルも、一つ、また一つと静かに閉じていった。最後まで残っていたのは、颯の気配だけだった。

「――終わった、の?」

「ああ」颯は微笑んだ。その輪郭から、青白い光がゆっくりと引いていく。「群体はもう、二度とこの星に手を出せない。俺も、他の十一人も――今、正真正銘、ただの人間になった」

「颯……」

「力も、記憶の一部も、これで手放した。でも」颯は海月の手を、まだ握ったままだった。「お前の隣にいられる方を選んだ。それだけは、変わらない」

 止まっていた波が、静かに動き出した。頬に、風が戻ってくる。海月は振り返らなかった。ただ、隣にいる颯の手の温かさだけを、確かめるように握り返した。

 朝の光が、水平線から静かに滲み始めていた。

 この夜、世界中の誰一人として、何が起きたかを知らない。ニュースにもならない。ただいつもより少しだけ長く続いた、美しい流星群だったと、みんなが思うだけだろう。

 それでいい、と海月は思った。

 誰も知らない場所で、確かに世界は守られた。そしてその重さを、これから先、颯と二人で分け合って生きていく。

短編完

これから長編版を時間をかけて執筆していきます。
皆さんもお題を挑戦してみてください!


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