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『雨の日のアフタヌーンティー』

『雨の日のアフタヌーンティー』 

 そのカフェは、雨の土曜日だというのに満席だった。

 窓際の席で、奈緒(なお)は冷めかけた紅茶のカップを見つめていた。向かい側に座る親友の香織は、もう一時間近くも、自分の夫の愚痴と、共通の友人のSNSに対する辛辣な批判を喋り続けている。

「ねえ奈緒もそう思うでしょ? 本当にあの人、無神経よね」 

同意を求める香織の視線が突き刺さる。奈緒の胸の奥で、いつものように重苦しい鉛のようなものが広がった。

 本当は、そんな他人の噂話なんてどうでもよかった。せっかくの休日を、誰かの悪口で塗りつぶしたくはなかった。けれど、ここで否定的な顔をすれば、今度は自分が標的になる。奈緒はいつだって「そうだね」「大変だね」と、環境の空気に合わせて自分の心を偽る、都合のいい「引き立て役」を演じていた。

(私はいつもこうだ) 他人に嫌われるのが怖くて、周囲の顔色ばかりを窺っている。自分の感情なのに、他人の機嫌によって雨になったり晴れたりする。そんな自分が酷く惨めで、まるで自分の人生という舞台で、他人に主役の座を明け渡しているようだった。

 ふと、昨日読んだウィリアム・ジョージ・ジョーダンの本の一節が頭をよぎった。

『人間には、神から与えられた生の素材を、自らの手で完成させる「第二の創造主」としてのパワーがある。環境のせいにせず、自らの心の王国の統治者になることこそが、本当の幸福への道である』 

その言葉に出会ったとき、奈緒は胸を突かれるような思いがした。 私は、香織という「不機嫌な環境」の奴隷になっていたのではないか。傷つくのを恐れて、自分の心の王国の鍵を彼女に預けてしまっていた。他人に合わせて自分をすり減らす生き方は、神から与えられた「奈緒」という生の素材を、自らドブに捨てるようなものだ。

「ちょっと、奈緒、聞いてる?」 

 香織が少し不満そうに声を尖らせた。 いつもなら、慌てて愛想笑いを浮かべるところだった。しかし、今の奈緒の心は、驚くほど静かだった。彼女の脳裏には、毅然と自分の玉座に座る「統治者」としての自分の姿があった。(私の時間も、私の感情も、私のものだ。誰にも支配させない)

 奈緒は静かにカップをソーサーに置いた。カチャリ、と小さな音が響く。「香織」 驚くほど、落ち着いた声が出た。

「その話、私はあまり興味がないな。せっかくの美味しい紅茶が、もったいないよ」

 一瞬、香織の動きが止まった。信じられないものを見る目で奈緒を見つめ、みるみるうちに不快そうな表情に変わっていく。

「何よそれ、冷たいね」と、

 いつもの同調圧力を孕んだ言葉が飛んでくる。

 以前の奈緒なら、その一言でパニックになり、必死に弁明していただろう。 しかし、今の彼女には、その言葉がただの「外側のノイズ」にしか聞こえなかった。香織が怒るかどうかは香織の問題であり、奈緒の心の王国の平和を脅かす権利は、香織には一ミリもないのだ。

「私、そろそろ行くね。まだ寄りたいところがあるから」

 奈緒は伝票を手に取り、スマートに立ち上がった。自分の分の代金をテーブルに置き、怒りで口をへの字に曲げている香織に、優しく、しかし明確な一線を引いた微笑みを向けた。

「じゃあね。お先に」

 カフェを出ると、激しい雨が降っていた。

 傘を広げ、水溜まりを踏み鳴らしながら歩く。ビニール傘を叩く雨音は激しかったが、奈緒の心の中には、かつてないほどの澄み切った青空が広がっていた。

 環境は何も変わっていない。雨は降っているし、親友を一人失ったかもしれない。

 けれど、奈緒は自分が「自分の足で立っている」ことを確信していた。他人の顔色という泥の素材をこねくり回すのは終わりだ。これからは、自分の意思という確かな素材で、自分の人生をデザインしていく。

 胸を張って歩く彼女の姿は、雨の街の中で、誰よりも気高く、自分という王国の女王そのものだった。

(了)


「心の王国の統治者」として生きる
私たちはしばしば、自らの人生を「環境の奴隷」として過ごしてしまいます。不条理な社会、理不尽な人間関係、思い通りにいかない日々の出来事。それらに直面するたび、私たちは怒り、嘆き、あたかも自分が嵐の海に浮かぶ木の葉であるかのように錯覚します。「環境さえ良ければ、私はもっと幸せになれるのに」と、外の世界に答えを求めがちです。
しかし、100年以上前にウィリアム・ジョージ・ジョーダンが残した言葉は、私たちのこの甘えを静かに、しかし力強く打ち砕きます。

「人間には神から与えられた生の素材を自らの手で完成させる『第二の創造主』としてのパワーがある」

この言葉が意味するのは、私たちは生まれ持った境遇や、今置かれている環境という「生の素材(材料)」の犠牲者ではないということです。配られたカードがどのようなものであれ、それをどう組み合わせ、どんな人生という作品に仕上げるかは、完全に私たちの両手に委ねられています。私たちは自分の人生というキャンバスに向かう、唯一無二の画家なのです。
本当の幸福への道(The Royal Road to Happiness)は、外側の世界を都合よく作り変えることではありません。自分自身の内側、つまり「心の王国」の統治者になることです。
「心の王国の統治者」になるとは、感情の波に身を任せるのをやめ、自制心(Self-Control)という手綱を握ることを意味します。誰かに不快なことを言われたとき、怒りで返すのか、それとも一歩引いて「心の平穏」を保つのか。その選択権は常にあなた自身にあります。環境がどれほど混沌としていようとも、あなたの心の中の平和までをも奪う権利は、誰にもないのです。
ジョーダンが説いた「穏やかさ(Calmness)」とは、決して弱さではありません。それは、嵐の中でも微動だにしない巨大な岩のような、内に秘めた圧倒的な強さです。周囲のノイズや同調圧力に流されず、自分自身の誠実さと個性という王冠を戴き、凛として立つ。その姿勢こそが、環境の支配から抜け出し、「環境の創造主」へと脱皮する瞬間です。
今日から、外の天気にあなたの心の天気を左右されるのはやめにしましょう。
あなたは、あなたの人生の「第二の創造主」です。与えられた不完全な素材を愛し、自らの手で最高の傑作へと磨き上げていく。その一歩は、今日、あなたの「心の王国」を自らの意思で治めると決意することから始まります。



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