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逆光 ── 夫が遺した手記と、一枚の写真:kindle出版原稿



プロローグ

夫の椅子は、まだ夫のかたちにへこんでいた。

四十九日が過ぎても、革の沈みだけは戻らなかった。彼女は毎朝そこを通り、毎晩そこを通る。座らないようにしていたわけではない。ただ、通り過ぎるたびに目が一度だけそこへ落ちて、また前を向く。それを一日に何度も繰り返しているうちに、いつのまにか季節が変わっていた。

台所の水切りには、湯呑みが一つだけ伏せてある。二つ洗う手間がなくなったことに、彼女はまだ慣れなかった。慣れるとも思わなかった。夕方になると、これまで聞こえていたはずの物音が聞こえないぶん、家じゅうの時計の針が急に大きく鳴りはじめる。その音を数えているうちに、日が暮れていく。

遺品を片づけはじめたのは、誰かに急かされたからではない。娘夫婦は、まだいいよ、と言ってくれた。むしろ、そう言われたから始めたのかもしれなかった。まだいいといつまでも言っていられるほど、この家は広くない。夫のいない部屋は、日ごとにかえって夫でいっぱいになっていくようだった。

夫の書斎は、生きていたときのままだった。無口な人だったから、その部屋も無口だった。工具の箱が最後に使ったままの角度で置かれ、読みさしの文庫がページを伏せたまま机の端にある。老眼鏡は、いつも夫が外す場所に、レンズを上にして残されていた。どれも夫の手が触れた位置のままで、彼女はそのひとつひとつに、いちいち息を止めた。

押し入れの奥の、段ボールの底に、それはあった。

大学ノートの束だった。古びた輪ゴムが、指で触れるとぼろりと切れた。一冊を開くと、几帳面な字が行の頭をきれいにそろえて並んでいる。右上には日付。こちらが話しかけても新聞から顔を上げなかったあの人が、こんなにも字を書く人だったのか。

一冊ではなかった。十冊、いや、もっとあった。日付は数十年ぶんにわたっている。彼女はその場に座り込んだ。膝が畳につく音が、しんとした家にやけに響いた。

なぜ、教えてくれなかったのだろう。

いちばん古い日付のノートを膝にのせ、表紙をめくった。そのとき、ノートの間から一枚の写真が滑り出て、畳の上に落ちた。

拾い上げる。

古い写真だった。色が浅く、縁が少し反っている。若い女がバイクにまたがって、坂の上からこちらを見ていた。ヘルメットのゴーグルを額に押し上げ、風に髪を流して笑っている。背後には夕日があった。満開の桜と、坂の下へ折り重なる瓦屋根の家並みと、そのずっと向こうに沈む山の稜線。すべてを橙に染めた光の中で、女の輪郭だけが逆光を受けて、燃えるようにくっきりと立っていた。

誰だろう、と彼女は思った。

そう思ったことに、自分で驚いた。

これは、私だ。二十二の、あの頃の私だ。頬の線も、笑うと右だけ深くなるえくぼも、間違いようがなかった。それなのに、彼女はこの写真を知らなかった。こんなふうに撮られた覚えがない。この坂で笑ったことはたしかにある。けれど、そのとき誰かがカメラを構えていた気配など、まるで覚えていなかった。

裏返してみた。日付も名前もない。鉛筆でごく薄く、何かをこすったような跡が残っているだけで、それももう読めなかった。

いつ、誰が、これを撮ったのか。

そして――なぜ夫が、四十年以上ものあいだ、この一枚を、いちばん古いノートのいちばん最初のページに挟んでいたのか。

彼女は写真を膝に置き、ノートの最初の行に目を落とした。

夫の字だった。

《 この写真を、はじめて見た日のことを、書いておこうと思う。 》

はじめて見た日。

彼女の指がそこで止まった。この写真は、私だ。私の写真を、この人は、はじめて見た日があったというのか。私より先に、この人がこれを見たというのか。

窓の外では、日が傾きはじめていた。橙の光が畳を這ってきて、写真の中の夕日と同じ色になる。その光の中で、彼女はページをめくった。

 第一章 出会い

彼女はページをめくった。

右上に日付があった。一九八五年の春。二人とも二十二だった年だ。読みはじめてすぐ、彼女はノートから顔を上げ、窓の外がまだ明るいことを確かめた。手記の中の季節と、いまの季節が、混ざりあってしまいそうだった。読んでいるうちに、自分がいつの時間にいるのか、わからなくなる。そんな気がした。

几帳面な字だった。行の頭がきれいにそろっている。けれど数行も読み進めると、その整いは少しずつ崩れていった。急いで走らせたところ、迷って止めたところ、思わず力のこもったところ。声を持たない人だったぶん、字の速さのなかに、その日の気持ちの起伏が、そのまま残されているようだった。あれほど無口だった人が、紙の上では、こんなにも饒舌に喋っている。彼女は膝の上で、ノートを持ち直した。

手記は、こう始まっていた。

 きみのことを、私はずっと前から知っていた。

彼女の指が、そこで一度止まった。ひとつ息を吸って、それから、先へ進んだ。

 高校の三年間、私ときみは、同じ校舎の空気を吸っていた。二年のときは、同じ組だった。きみは、たぶん覚えていないと思う。窓際のいちばん前がきみの席で、私は廊下側のいちばんうしろだった。教室の対角線の、いちばん遠い端と端。私はいつも、その斜めの線の向こうに、きみのうしろ姿を見ていた。

 きみのまわりには、いつも光があった。朝の窓から差し込む光、笑い声、人の輪。きみが何か言うたびに、まわりがどっと笑った。私はその輪のいちばん外側で、輪の中で笑うきみを、ただ見ていた。見ているだけで、一日が終わってしまうこともあった。

 一度だけ、きみと口をきいたことがある。掃除当番が一緒になった日だ。これ、持ってて、と、きみが黒板消しを差し出して、私は黙ってそれを受け取った。手が触れたわけでもない。ただ黒板消しを渡されただけだ。それだけのことを、私は家に帰ってから、布団の中で、何度も繰り返し思い出した。きみのほうは、渡したことすら、その日のうちに忘れていただろう。

 私は、きみに何も言えないまま、卒業した。卒業式のあと、みんなが校庭で写真を撮り合っているのを、私は少し離れた木のかげから見ていた。きみは、いつものように輪の真ん中で笑っていた。私は、きみの写る一枚に、自分が入り込まないほうがいいような気がして、とうとう近づかなかった。いま思えば、あれが、私の最初の後悔だった。

彼女は、覚えていなかった。黒板消しのことも、対角線のうしろの席のことも。二年のときの同じ組。顔ぶれは、うっすらと浮かぶ。浮かぶけれど、その中のどの顔と、いま膝の上で喋っているこの人が、どうしても重ならなかった。あんなに遠い席から、この人はずっと、自分の背中を見ていたのか。同じ教室にいた一年ものあいだ、彼女はそれに、まるで気づかなかった。

気づかなかったことが、なぜだか、ひどく申し訳ないことのように思えた。彼女は、そう感じてしまう自分を、少し持て余した。

 卒業して、私は町を出た。となりの県の工場に職を見つけ、寮に入った。町のことも、きみのことも、忘れたつもりでいた。忘れたというより、思い出しても仕方のないことは、箱に入れて固く蓋をする。そうやって、日々をやり過ごしていた。覚えることの多い仕事だったから、蓋をしておくのは、それほど難しくはなかった。

 四年が過ぎた春のことだ。休みの日に、寮の談話室で、誰かが置きっぱなしにしたバイク雑誌を、なんとなく手に取った。私はバイクに乗るわけでもない。ただ、ほかに読むものがなかっただけだ。ページをぱらぱらとめくっていって、読者投稿の写真のところで、指が止まった。

 きみが、いた。

 バイクにまたがって、坂の上からこちらを見て、笑っていた。うしろには夕日があった。満開の桜と、坂を下って折り重なる瓦屋根、そのずっと向こうに沈む山。光がすべてを橙に染めて、逆光のなかで、きみの輪郭だけが、燃えるように立っていた。あの、町の、海の見える坂だ。私も何度も上った坂だった。

 その写真の下に、大賞、と印刷されていた。撮影者の欄には、私の知らない名前があった。

 私は談話室で、しばらく動けなかった。四年ぶりに見たきみは、教室にいた頃より、ずっと遠くにいるようだった。それでいて、教室にいた頃より、ずっと近くにいるようでもあった。うまく言えない。あの斜めの線の端から見ていたうしろ姿ではなく、写真の中のきみは、まっすぐにこちらを見ていた。私は、まっすぐに見られることに慣れていなかった。写真の中の目に、思わず、目をそらしそうになった。

 その日のことを、私はこうして書いておこうと思う。この写真を、はじめて見た日のことだ。

彼女は、その坂を知っている。当たり前だ。自分が生まれ育った町の、あの坂だ。バイクを買ったばかりのあの春、嬉しくてたまらなくて、休みのたびに坂を上っては、夕日のなかでエンジンを切って、町を見下ろしていた。けれど、誰かにカメラを向けられた覚えは、やはりどこにもなかった。知らないうちに誰かに撮られ、知らないうちに雑誌に載り、知らないうちに、この人の四年ぶりの春を、根こそぎひっくり返していた。

自分のあずかり知らないところで、誰かの人生が、静かに動きはじめていた。そのことが、彼女の胸のどこかを、じんわりと押した。

 私はその雑誌を、寮の自分の部屋に持ち帰った。ほんとうは、持ち帰ってはいけないものだった。談話室の備品だ。私は生まれてはじめて、人のものを黙って自分のものにした。それくらい、あの一枚が欲しかった。

 けれど、雑誌の印刷では足りなかった。粗い網点のなかで、きみの顔は、細部までは見えなかった。私はどうしても、あの写真そのものが欲しくなった。なぜそこまで欲しかったのか、あのときの私には、うまく言葉にできなかった。いまでも、うまくは言えない。ただ、あれを手元に置いておかなければ、私はこの先、いちど固く閉じた箱の蓋を、二度と開けられなくなる。そんな気がしていた。

 私は雑誌社に手紙を書いた。あの写真を譲ってほしい、と。返事は来なかった。二度目を書いた。ようやく届いた返事は、個人的なやりとりには応じられない、という短いものだった。私はあきらめなかった。撮影者の名前が載っている。私は休みを一日つぶして、その人を探し当てた。同じ県の、そう遠くない町に住む人だった。

 訪ねていくと、その人は面食らっていた。写真の一枚くらいで、そんなに頭を下げなくていい、と笑った。私は頭を下げた。何度も下げた。その人はしばらく困った顔をしていたが、やがて焼き増しをして、もとの一枚のほうを、私にくれた。坂でたまたま見かけて、いい顔をしていたから撮っただけだ、どこの娘さんかは知らないんだ、とその人は言った。

 私は、知っています、とは言わなかった。言えば、自分がどれだけ長いあいだ、その娘のうしろ姿を見つづけてきたか、話さなければならなくなる。そんな気がした。私は礼だけ言って、写真を胸の内ポケットに大事にしまい、帰りの電車に乗った。何度も内ポケットに手をあてて、まだそこにあることを、確かめずにはいられなかった。

彼女は手を止めて、天井を見上げた。

この人は、そういうことをする人だった。何も言わず、一人で遠くまで出かけていって、知らない人に頭を下げて、また黙って帰ってくる。それを、彼女は何十年も、すぐそばで見てきた。見てきたはずなのに、その一つひとつが、いったい何のためだったのか、彼女は知らなかった。知ろうともしなかった、という言い方のほうが、たぶん正しい。

膝の上の写真を、彼女はもう一度、手に取った。縁の反った、色の浅い一枚。この一枚のために、二十二のこの人は、休みを一日つぶして、知らない町まで出かけ、見知らぬ人に、何度も頭を下げていた。彼女はこの写真を、ずっと、ただの古い一枚だと思っていた。

 写真を手に入れて、私は満足するはずだった。これで箱に蓋をして、また仕事に戻れる。そう思っていた。ところが、逆だった。手元に写真があると、今度は、生身のきみに会いたくなった。会って、どうする。何も言えないに決まっている。教室で三年、黒板消しを一度受け取っただけの男だ。それでも、会いたかった。

 私は、同じ高校だった知り合いに、遠回しに、きみのことを聞いた。きみがまだ町にいること、実家の場所を、そうやって知った。知ってしまうと、今度は、そこへ手紙を出すことしか、考えられなくなった。

 便箋を買った。書いた。破った。また書いた。何を書いても、嘘くさく思えた。ほんとうに書きたいことは、一行も書けなかった。それを書いてしまえば、二度ときみの前に出られなくなる。だから私は、書けることだけを書いた。同じ高校だったこと。二年で同じ組だったこと。きみの写真を、雑誌で見たこと。もしよかったら、返事をもらえたら嬉しいこと。それだけの手紙を、七回書き直して、ようやくポストに落とした。落としてすぐ、入れなければよかった、と思った。それから、入れてよかった、と思った。その二つの思いのあいだを、私は夜どおし、何度も行ったり来たりした。

 口では、私は何も言えない人間だ。それなのに、紙の上でなら、ほんの少しだけ言えた。顔が見えないから、言えたのだと思う。この手記も、たぶん、それと同じだ。きみが読まないと思うから、私はこうして書いている。

彼女は、その手紙を覚えていた。

見覚えのない差出人ではなかった。名前には、たしかに覚えがあった。あの、教室の隅にいた、一度も口をきいたことのない同級生。その人から、卒業して何年もたって、突然の手紙。彼女は最初、正直、気味が悪かった。どうして自分の住所を知っているのか。写真を見たとは、どういうことなのか。母には見せられず、一人で読んだ。捨ててしまおうと思って、台所のごみ箱の上まで持っていったこともある。

けれど、どうしても、捨てられなかった。文面が、あまりにも不器用だったからだ。飾ろうとして飾りきれず、まわりくどくて、肝心なことは何ひとつ書かれていない。それでも、一字一字に、ずいぶんな時間がかけられたことだけは、はっきりと伝わってくる手紙だった。彼女はそれを、ごみ箱の上から引っ込めて、机のいちばん深い引き出しにしまった。

返事を書くまでに、二週間かかった。書いてしまえば、なんということもない、近況だけの短い手紙だった。ポストに入れたあとで、なぜ返事など書いたのだろう、と彼女は自分でも不思議に思った。いまなら、少しわかる。あの手紙の不器用さを、放っておけなかったのだ。

手記と、彼女の記憶とが、しばらく交互に続いた。

夫のノートには、彼女から返事が届いた日のことが、こまごまと書きつけてあった。ポストを開けて、見慣れない字の封筒を見つけたときのこと。その場では開けられず、部屋まで持って帰ったこと。読んで、また読んで、三十回は読み返したと書いてあった。彼女の手紙は、たった十行ほどの、そっけないものだったはずだ。それを、三十回。

文通は、ひと月に二度か三度の、ゆっくりとした速さで、半年ほど続いた。夫は手紙のなかでだけ、少しずつ言葉を増やしていった。工場のこと、寮の飯のこと、休みに一人で見にいった海のこと。それでも、ほんとうに言いたいことだけは、最後まで書かれていなかった。彼女はいま、それがわかる。当時は、まるでわからなかった。

 半年たった夏に、私ははじめて、町へ帰った。きみに会うためだった。会って、何を話したか、実のところ、あまり覚えていない。緊張して、口がうまく回らなかった。きみのほうが、ずっとよく喋った。昔と、同じだった。喋るきみと、それを聞く私。

 別れぎわに、きみが言った。バイク、見る?

 私は、うん、とだけ言った。それしか、言えなかった。

彼女は、その日のことを、この人よりも、ずっとはっきりと覚えていた。

夏の夕方だった。彼女はガレージからバイクを引き出して、うしろに乗るように、と彼を促した。彼は、いいのか、というような顔をして、それでも、おそるおそる、うしろに跨った。彼女がエンジンをかけると、彼の手が、ためらいがちに、彼女の腰のあたりの服をつかんだ。つかむというより、ただ触れているだけの、心もとない力だった。

彼女は坂を上った。あの、写真の坂だ。夕日が正面から差してきて、桜はもう散ったあとで、青い若葉だけが、風にちらちらと揺れていた。坂の上でエンジンを切ると、町が足の下いっぱいに広がって、そのずっと向こうで、海が光っていた。うしろの彼は、ずっと黙っていた。景色に見とれているのだろう、と彼女は思っていた。

いま、手記を読んで、彼女は知る。この人は、景色など、見ていなかった。

 私は、きみの背中を見ていた。

 坂を上るあいだじゅう、私はきみの背中しか見ていなかった。風で乱れたきみの髪が、ときおり私の頬をかすめた。エンジンの振動が、つかんだ手から腕へ、腕から胸へと伝わってきた。夕日で、きみの輪郭が、また逆光になっていた。雑誌の写真と、同じだった。ただ、写真とちがって、この背中は、たしかに温かかった。

 このとき、私は決めた。何を決めたのかは、まだ書かない。書ける日が来たら、書く。ただ、この夏の、この坂の、この背中のことだけは、私は死ぬまで忘れないだろうと思った。そして、たぶん、忘れなかった。

彼女は、ページを閉じずに、そこにそっと手を置いた。

外は、いつのまにか暮れかけていた。橙の光が畳を這ってきて、写真のなかの夕日と、同じ色に染まっている。彼女はその光のなかで、しばらくのあいだ、動かずにいた。それから、もう一度ページをめくろうとして、指先が、かすかに震えているのに気づいた。

まだ、一冊目の、はじめのほうだった。ノートは、あと何冊も残っている。彼女は、そのぜんぶを読むつもりだった。読まなければならない、と思った。四十年、すぐそばにいながら、自分が何ひとつ見ていなかったこの人を、いまからでも、見るために。

彼女は、ページをめくった。 

第二章 言い直し

結婚までの一年あまりを、彼女はいまも、あまりいい思い出として思い出せない。

出会って、文通して、はじめて会って、あの坂を二人で走った。そこまでは、よかった。問題は、そのあとだった。この人はいつまでたっても肝心なことを口にしなかった。手紙は、決まった間隔で届く。どれも優しい。けれどその優しさの先へ、二人の関係が一歩も進まない。彼女は宙ぶらりんのまま、季節をいくつも見送った。桜が咲いて、散って、蟬が鳴いて、やがて木枯らしが吹いても、この人は何も言ってこなかった。

ノートには、その宙ぶらりんの一年が、彼女のまるで知らない側から書きつけられていた。

 あの坂を走った夏のあと、私はまた、となりの県の工場へ戻った。

 戻ってからというもの、私は毎晩、寮の固い布団の中で、同じことばかり考えていた。きみと、いっしょになりたい。それだけは、はっきりしていた。けれどその「なりたい」の先に、私には、差し出せるものが何もなかった。

 あの頃の私の給料では、とてもきみを養えなかった。おまけに、体の弱い母のいる実家へ、毎月いくらか送らなければならない。二人分、いずれ生まれる子のぶんまで背負えるようになるには、いったいあと何年かかるのか、見当もつかなかった。勤め先は、あの町から遠く離れている。きみをこの寮の近くへ連れてくるのか。それとも、私があの町へ帰るのか。帰って、何を食べていくのか。どれだけ考えても、答えの出口が見つからなかった。

 答えの出ないことを、きみに打ち明けるわけにはいかなかった。結婚してほしい、でも、いつになるか、どんな暮らしになるかは、わからない——そんな中途半端なことを、どうして言えるだろう。言えば、きみをその中途半端さで縛りつけるだけだ。だから私は手紙には当たり障りのないことばかり並べた。工場のこと、寮の飯のこと、休みに一人で見にいった海のこと。いまにして思えば、あれはただの逃げだった。いちばん書くべきことから目をそらして、書きやすいことだけを、せっせと書いていた。

彼女はその頃に届いた手紙を、よく覚えている。

どれも、優しい手紙だった。ただいつまでたっても、優しいだけの手紙だった。返事をしたためながら、彼女はだんだん、足元が崩れていくような心細さを覚えた。この人は私と、いったいどうなりたいのだろう。このまま、文通友だちのままでいいと思っているのだろうか。いっそ、はっきり聞いてしまえばよかったのかもしれない。けれど聞いて、やんわりとはぐらかされるのが、何より怖かった。

そうしているあいだにも、まわりの娘たちは、一人また一人と嫁いでいった。同級生の結婚式に呼ばれるたび、彼女の胸に、小さな焦りが積もっていく。親は、口では何も言わなかった。ただその「何も言わない」ことのほうが、日を追うごとに、重たくのしかかってきた。

そしてある日、とうとう親が、見合いの話を持って帰ってきた。

 きみの手紙の字が、ある時期から、変わった。

 文面そのものは、いつもと変わらなかった。近況と、こちらの体を気づかう言葉。けれど字のどこかが、たしかに変わっていた。前より、ずっと丁寧で、そのぶん、前よりずっと、よそよそしかった。何かを、静かにあきらめかけている人の書く字だった。私はそれを見ていられなかった。

 私は同じ町の知り合いを頼って、それとなく探りを入れた。きみに見合いの話が来ていることを、そこではじめて知った。

 その夜、私は一睡もできなかった。きみを、他の男に取られるかもしれない。そう思ってはじめて、腹の底が決まった。何年かかるか、どんな暮らしになるか、そんなものは、あとから二人で考えればいい。まずは、きみのそばへ帰る。それより先にすることは、何もない。

 私は生まれてはじめて、自分の足で動いた。あの町で雇ってくれる先を探し、伝手という伝手をたどって、頭を下げてまわった。見つかった仕事は、いまの工場より、給料がずっと低かった。それでもかまわなかった。私は辞表を出し、寮を引き払い、帰る算段のいっさいを、黙って整えた。ぜんぶ、きみには内緒にしておいた。もし、うまくいかなかったときに、きみをぬか喜びさせて、がっかりさせたくなかったからだ。だからすべてが決まってから、私はようやく、あの町へ帰った。

彼女はページの上で、ふと息を止めた。

この人が、あの頃、仕事を変えたことは知っていた。給料が下がったことも、うっすらと覚えている。結婚してから、家計はいつもぎりぎりで、彼女はそれを、この人はどうも稼ぎのいいほうではないのだ、と、心のどこかで見くびってきた。まさかそのはじまりが、これだったとは。私のために、より条件の悪い職へ、頭を下げて移っていたとは。

彼女はこの人の「稼ぎの悪さ」を、四十年ものあいだ、折にふれて恨みがましく思ってきた。その稼ぎの悪さの、いちばん最初の一歩が、自分をつなぎとめるためのものだったと、彼女はいま、はじめて知った。

 あの町へ帰った日の夕方、私はきみを呼び出した。

 何を言うかは、家を出る前から、きっちり決めてあった。何百回、口の中で唱えたかしれない。ずっと、きみのことが好きだった。結婚してください。苦労をかけると思う。それでも――。駅からきみの家までの、あの見慣れた道を歩きながら、私はその言葉を、呪文のように繰り返していた。

 やがてきみが来た。

 その顔を見たとたん、私は一言も言えなくなった。

 あれほど練習した言葉が、喉のあたりでつかえて、どうしても出てこない。きみの顔を見ると、いつもそうなる。私は口を開けて、閉じて、また開けて、それからやっとのことで、こう言った。

 「籍を、入れてほしい」

 それだけだった。あんなに繰り返したのに、口から出たのは、役所の窓口で告げるような、味も素っ気もない一言だった。きみの顔が、さっとこわばるのが見えた。がっかりさせた、と、すぐにわかった。あんな言い方をされて、喜ぶ女がどこにいる。

 いつもの私なら、そこで終わっていた。うつむいて、口をつぐんで、そのまま逃げ帰っていた。けれどあの日だけは、逃げられなかった。きみの、その、失望した顔を見て、このままでは一生後悔する、と、体の芯で思った。

 私は大きく息を吸い込んだ。そして生まれてはじめて、言い直した。

 「結婚して、ほしい。苦労を、かけると、思う。それでも……そばに、いて、ほしい」

 途切れ途切れで、みっともないくらい声が震えた。それでも最後まで言い切った。ただ好きだ、の一言だけは、どれだけ喉を押しても、とうとう出てこなかった。そこだけが、栓をされたように、固く閉じていた。

 言葉のかわりに、私はポケットから、小さな箱を取り出した。

 「指輪だ。……安いのしか、買えなかった。いつか、きっと、ちゃんとしたのを買う。それまで、これで、勘弁してほしい」

彼女はその日のことを、はっきりと覚えている。

夏の名残の、蒸し暑い夕方だった。坂の下で、この人はだしぬけに「籍を入れてほしい」と言った。それきり、黙り込んだ。彼女は我が耳を疑った。これが、プロポーズ。一年以上も待たせた末に、これ。好きの一言も、これからよろしく、の一言もない。

がっかりして、顔がこわばったのが、自分でもわかった。それが伝わったのだろう。いつもなら、そこで貝のように黙り込んでしまうこの人が、あの日だけは、黙らなかった。大きく息を吸って、途切れ途切れに、言い直した。結婚してほしい。苦労をかけると思う。それでもそばにいてほしい。声が、みっともないほど震えていた。この無口な人が、これほどたくさんの言葉を、必死で並べるのを、彼女ははじめて見た。

そしてこの人はポケットから小さな箱を取り出した。中に入っていたのは、細い、ひと目で安物とわかる指輪だった。安いのしか買えなかった、いつかちゃんとしたのを買う、と、この人はうつむいたまま言った。

彼女は断らなかった。

あの、七回書き直された手紙を、ごみ箱の上から引っ込めたときと、同じだった。この人の、途切れ途切れの言い直しと、この安物の指輪を、彼女はどうしても、突き放すことができなかった。ロマンのある人ではない。それどころか、不器用の見本のような人だ。けれど逃げ出さずに、震える声で言い直した、その必死さだけが、彼女の胸の底に、小さな錨のように、降りて残った。
 あの日、私は生まれてはじめて、逃げなかった。言い直した。それでも好きだ、の一言だけは、どうしても言えなかった。四十年たった今でも、たぶん、まだ言えていない。いつか、あれだけは、ちゃんと声にして言いたい。

 指輪は、恥ずかしくなるほど安物だった。あれが、あのときの私の、精いっぱいだった。いつか金に余裕ができたら、今度こそ、ちゃんとした指輪を、きみの指に。あの坂の下で、私はそう固く心に決めた。

 じつは、あの日、もうひとつ、ポケットに忍ばせていたものがある。あの写真だ。雑誌で見て、頭を下げて手に入れた、きみの一枚。渡そうかどうか、坂の下で、私は最後まで迷った。けれど結局、渡せなかった。渡してしまえば、私がどれほど長いあいだ、きみのうしろ姿を追いかけてきたか、その薄気味悪さまで、ぜんぶ知られてしまう気がした。だから写真は、内ポケットに入れたまま、持って帰った。それきり、あれは、私ひとりのものになった。

彼女はしばらくのあいだ、ノートから目を離した。

あの安物の指輪。細くて、頼りなくて、それでも指にはすぐ馴染んだ。彼女はそれを、四十年、外さなかった。金の色が褪せて、細かい傷だらけになっても、右手で左の薬指のそれを、無意識に何度もいじりながら、暮らしてきた。いつか、ちゃんとした指輪を——この人はそう言った。その「いつか」は、とうとう来なかったのだと、彼女はずっと思い込んでいた。

そしてこの人と籍を入れたのと同じ頃、彼女はあのバイクを手放した。あの坂を走った、自由でまぶしかった自分を、坂の下に置いて、この人の家へ入った。あの日の彼女は安物の指輪ひとつと引き換えに、それでいいと思っていた。それで、じゅうぶんだと。

彼女は次のページをめくった。 

第三章 空の茶碗

新婚のころを、彼女はいまも、あまり甘い記憶としては持っていない。

二人の暮らしは、駅から少し歩いた借家の、二間きりの家ではじまった。彼女は張り切って台所に立った。母から教わった煮物、婦人雑誌を見て覚えた洋食、この人が好きだと手紙に書いていた料理。あれもこれもと作っては、小さなちゃぶ台に並べた。ぜんぶ、この人に食べてもらうためだった。

夫は黙って食べた。

美味しいとも、まずいとも言わない。いただきます、と、ごちそうさま、だけは律儀に言う。その二つの言葉のあいだ、彼はひたすら黙って箸を動かした。はじめのうちは、そういう性分の人なのだと、彼女も気にしないでいた。けれど一週間、ひと月と過ぎるうちに、その沈黙が少しずつ、彼女の胸に、冷たい水のように溜まっていった。

彼女は当時を思い返しながら、ノートのページを繰っていた。

夕方、台所に立つのが、日ごとに少しずつこわくなっていった。どれだけ手をかけても、返ってくる言葉がない。口に合わないのだろうか。それとも、味つけが下手なのだろうか。思いきって、どう、と聞いてみても、返ってくるのは、うん、のひとこときり。そのうんが、美味しいという意味のうんなのか、まずくはないという程度のうんなのか、彼女にはついに、最後まで読み取れなかった。

無口な人だとは、結婚する前からわかっていたつもりだった。けれど毎日同じちゃぶ台をはさんで向かい合い、何ひとつ言葉をもらえないというのは、想像していたよりずっとこたえた。この家で、自分がちゃんと妻をやれているのかどうか、それを確かめるすべが、彼女にはどこにもなかった。

ある晩のことを、彼女はいまでもはっきりと覚えている。

その日、彼女はいつもより奮発した。安い切り落としではなく、少しいい肉を買い、この人が好きだと言っていた料理を、朝から下ごしらえして、時間をかけて仕上げた。我ながら、うまくできたと思った。今日こそは、何か言ってくれるだろう。そんな淡い期待を抱いて、彼女は箸をとる夫の顔を、そっとうかがった。

夫は、いつもと寸分たがわず、黙って食べはじめた。

こらえきれずに、彼女は聞いた。「どう」

夫は、少し間を置いてから、答えた。「うん」

そのひとことで、彼女のなかで、張りつめていた何かが、ぷつりと切れた。

「うんって、何。美味しいの。美味しくないの。ねえ、一言くらい、言えないの」

夫は箸を止めた。それきり、何も言わない。うつむいて、じっと黙っている。

「私、毎日あなたのために、ごはん作って、掃除して、洗濯して。それなのにあなたは、ありがとうも、美味しいとも、何も言ってくれない。私、あなたの、いったい何なの。家政婦じゃ、ないのよ」

言いながら、目の奥が熱くなって、言うつもりのなかったことまで、口からこぼれ落ちていった。夫はうつむいたまま、身じろぎもせずに聞いていた。反論もしない。謝りもしない。ただ貝のように、黙りこくっている。

その、黙っているのが、彼女にはいちばんこたえた。ひとことでも言い返してくれれば、そこから喧嘩になる。喧嘩になれば、まだ二人は向かい合っている。けれどこの人はこうやって黙って、自分だけの殻の奥へ引っ込んでしまう。私を置き去りにして、手の届かない、どこか遠くへ行ってしまう。

やがて夫は、静かに茶碗を持って立ち上がった。そしておひつの蓋を取り、ごはんをよそった。おかわりだった。それも、三杯目だった。

彼女はもう何も言えなくなった。妻が目の前で泣いているのに、黙々とおかわりをする人。その背中を見つめながら、彼女はこの人とは一生わかり合えないのかもしれない、と、暗い底のような気持ちで思った。

その夜、夫は遅い時間に、一人でふらりと外へ出ていった。

彼女はページを繰る手を止めた。

その夜のことが、そこに書いてあった。

 あの晩、私ははじめてきみを泣かせた。

 きみは私のことを、いったい何なのか、と聞いた。ほんとうは、その場で答えなければならなかった。答えたかった。それなのにまた、何も言えなかった。

 だからここに書いておく。きみの料理は、どれも美味しかった。ひとつ残らず、涙が出るほど、美味しかった。

 私の母は体が弱くて、私は子どものころから、あたたかい家の飯というものを、ろくに食べたことがなかった。工場の寮の飯は、腹はふくれても、味というものがなかった。だからきみの作るものは、私にとって、生まれてはじめての家庭の味だったのだ。だしのきいた汁物を口に運ぶと、湯気といっしょに鼻の奥がつんとして、うっかりすると、目まで潤みそうになる。美味しい、という三文字では、とても足りなかった。

 だから私は言えなかった。

 照れくさかった、というのも正直ある。けれどそれ以上に、あのあたたかさを、たった三文字の言葉で言ってしまうのが、なんだかもったいないような気がしていた。私の「美味しい」は、いつも茶碗のなかにあった。ひと粒も残さず食べること。おかわりをすること。それが、私にできる精いっぱいの返事だった。

 空になった茶碗こそが、私の言葉だった。

 けれど茶碗はしゃべらない。伝わらなくて、当たり前だ。きみが泣いたあの晩、私はそのことを、はじめて思い知った。何なの、と問いつめられて、私はよりによってまた、おかわりをしてしまった。あんなときに。どうしようもない、ばかな男だ。きみを、よけいに怒らせただけだった。

彼女は思わず口もとに手をあてた。

空の茶碗。おかわり。

そうだった。この四十年、そうだったのだ。この人は彼女が何を出しても、いつもきれいに平らげた。当たり前のように、おかわりをした。彼女はそれを、ただ食べるのが好きな、よく食べる人なのだと思ってきた。まさか、その空になった茶碗こそが、この人にできる精いっぱいの「美味しい」だったとは。

彼女は四十年ものあいだ、毎日その言葉を、目の前で受け取っていた。受け取っていながら、その意味を、ただの一度も、聞き取れていなかった。

 あの晩、私は外へ出た。

 頭を冷やしたかった。いや、正直に言えば、きみの泣き顔から、逃げ出したかった。私はあてもなく、暗い夜道を歩いた。歩きながら、きみに言うべきだった言葉を、口の中で練習した。美味しかった。ありがとう。きみが、そばにいてくれて、私は――。誰もいない夜道でなら、その言葉は、するすると出てきた。聞いている人がいないから、言えたのだ。

 家に帰ると、きみはまだ起きていて、暗い台所で、一人、洗い物をしていた。私はいまなら言える、と思った。

 言えなかった。

 かわりに私は黙って、洗い物をするきみの隣に立ち、濡れた皿を布巾で拭きはじめた。それだけだった。きみは何も言わない。私も、何も言えない。二人、狭い台所に並んで、ただ黙って、皿を洗い、皿を拭いた。蛇口の水の音だけが、いつまでも続いていた。

 あれが、私にできる、精いっぱいの詫び方だった。

彼女はその夜の洗い物のことも、覚えていた。

喧嘩をして、この人が黙って出ていって、しばらくして帰ってきて、何も言わずに、隣で皿を拭きはじめた。彼女は腹を立てたまま、口をきかずに、ただ洗い続けた。二人、背中を丸めて、暗い台所に並んでいた。彼女はあれを、和解ですらない、ただ気まずいだけの沈黙だと、長いあいだ思ってきた。

いま、ようやくわかる。あれが、この人の謝罪だったのだ。言葉のかわりに、そっと隣に立つ。黙って、手を動かす。この人の詫びも、感謝も、そして愛も、ことごとく言葉ではなく、そういう不器用な形をしていた。空になった茶碗と、隣に立つ背中で、できあがっていた。

彼女はそれを読み取ることを、四十年、しなかった。読もうとしなかった。その言葉は、毎日、目の前のちゃぶ台の上に、台所の隣に、ちゃんと開かれていたのに。

彼女は崩れる前のまだ几帳面な字を、指先でそっとなぞった。それから、次のページをめくった。 

第四章 廊下

彼女の人生でいちばん心細かった夜。それは、娘を産んだ夜だった。

長いあいだ、彼女はその夜を恨んでいた。恨むという言葉が強すぎるなら、それに近い何かを、四十年近く胸の底に、澱のように沈めてきた。いちばんそばにいてほしかった人が、よりによってあの夜、そばにいてくれなかった。ほかのどんなすれ違いよりも深く、その夜のことは彼女のなかに、消えない染みとなって残っていた。

次のノートの日付を見て、彼女はしばらくページをめくることができなかった。この夜のことが、この人の側からどう書かれているのか。それを読むのが、こわかった。

娘は予定日より少し早く、生まれようとした。

陣痛が始まったのは前日の夕方だった。夫は仕事に出ていて、連絡がつかなかった。まだどの家にも、電話が一台きりの時代だ。現場に出ている者をすぐにつかまえるすべはなかった。彼女は隣の家の人に頼み込んで、一人きりで病院へ向かった。そこから、長い長い夜が始まった。

陣痛は朝が来ても、まだ終わらなかった。波が来るたびに、彼女は分娩台の柵を、指が白くなるほど握りしめた。汗が額から目に流れ込んで、視界がにじむ。それでも痛みの合間になると、彼女の目はいつも同じところを探した。病室の、あの扉だ。あの扉が開いて、この人が駆け込んでくる。そればかりを待っていた。看護婦が様子を見に来るたび、彼女はかすれた声で、まだ来ませんか、と尋ねた。まだですねえ、と看護婦は気の毒そうに、扉のほうへ目をやった。

生まれたのは、白々と夜が明けかけた明け方だった。

体の芯が軋むような痛みの果てに、小さな頼りない泣き声が、産室に響いた。女の子ですよ、と看護婦の声がした。汗と涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、彼女はその赤くしわだらけの、小さな体を見つめた。目をこらして、指を数えた。ちゃんと十本あった。それを確かめたとたん、張りつめていた全身から、ようやく力が抜けていった。

夫が病室に来たのは、そのあとだった。何もかもが終わってしまった、あとだった。

 夫は泥だらけだった。

作業着のまま、靴の泥も落とさず、そのままの姿で病室に入ってきた。目の下には黒い隈が浮き、一睡もしていないような土気色の顔をしていた。彼女はそんな格好の夫を、見たくなかった。我が子がこの世に生まれてきた、その日に。どうしてこの人は、仕事場から抜けてきたそのままの姿で、平気で来られるのか。

夫は、看護婦が抱いてきた赤ん坊をしばらくじっと見ていた。それからゆっくりと、彼女のほうへ顔を向けた。何か言うのだろう、と彼女は思った。おめでとうでも、ありがとうでも、大変だったなでも、なんでもよかった。ただひとことでいいから、言葉がほしかった。

けれど夫は、何も言わなかった。口を開きかけて、そのまま閉じた。そして彼女から目をそらすと、仕事に戻る、とだけ言い残し、生まれたばかりの娘の顔もろくに見ないまま、病室を出ていってしまった。

彼女は腕のなかの赤ん坊を抱いたまま、たった一人、白い病室に取り残された。

その時彼女は思ったのだ。ああ、この人は我が子が生まれても、嬉しくないのだ。私がこれほど命を削るような思いをしたのに、この人には仕事のほうが大事なのだ、と。生まれたばかりの娘を胸に抱きしめて、彼女は一人で泣いた。うれし涙のなかに、まったく別の冷たい涙が、いくすじも混じっていた。

その夜つけられた傷は、その後何年たっても、消えることがなかった。夫婦喧嘩になるたび、彼女は決まってあの夜を持ち出した。あなたは、あの子が生まれた日、顔も見ずに帰ったのよ、と。夫はそのたびに、ただ黙っていた。ひとことも言い返さない。彼女はその沈黙を、罪を認めているのだと思い込んでいた。あの夜この人は薄情だった、それを認めているから、こうして黙ってうつむいているのだ、と。

手記のその日のページは、いつもよりずっと長かった。

 娘が生まれた日のことを、書いておく。

 あの日、陣痛が始まったという知らせを、私はなかなか受け取ることができなかった。現場に出ていたからだ。よりによってその日、大きなトラブルが起きていた。私の受け持った仕事で、私が抜ければどうにも収まらない。段取りがぜんぶ狂って、下手をすれば取引そのものが飛ぶ。そういう、のっぴきならない場面だった。

 知らせを聞いたとき、私はいますぐにでも、すべてを放り出して飛んでいきたかった。きみのところへ。そんなことは当たり前だ。それなのに私の足は、その場に縫いつけられたように動かなかった。

 思い出してほしい。あの職は、きみと結婚するために、私が頭を下げに下げて入れてもらった職だ。給料は安かったが、私はそこに必死でしがみついていた。これから生まれてくる子を、食べさせていくためだ。ここで仕事を放り出して飛び出せば、私は築きかけた信用を失う。下手をすれば、職そのものを失う。そうなったら、この子をいったいどうやって養っていけばいいのか。

 迷って、迷って、私は決めた。一分でも早くこの仕事を片付けて、それから走る。それが結局はいちばん早いのだ、と自分に言い聞かせた。

 私はその晩じゅう、一睡もせずに働き続けた。泥のなかを這うようにして、もつれた段取りを一つずつ片付けていった。手が切れて血がにじんでも、かまわなかった。早く、早く。頭のなかはその二文字だけだった。どうにかめどがついたのが、明け方だった。私は着替える間さえ惜しんで、泥だらけのまま病院へ走った。

 着いたときには、もう生まれていた。

 間に、合わなかった。

彼女はノートを、顔から少し離した。文字がにじんで、読めなくなったからだ。それが自分の涙のせいだと気づくのに、少し時間がかかった。

 病室に入ると、きみがいた。赤ん坊を抱いて。二人とも無事だった。

 その顔を見た瞬間、私はもう、だめだった。

 間に合ったという安堵と、間に合わなかったという不甲斐なさが、いちどきに胸を突き上げてきた。そこへ、その小さな手の指の一本一本までが、目に焼きついて離れない。こみ上げるものに、私は声をあげて泣いてしまいそうになった。

 男がこんなところで泣くわけにはいかない。私は奥歯を、砕けるほど噛みしめてこらえた。何か言葉を発しようとすると、そのはずみで涙があふれ出しそうだった。だから私は、何も言えなかった。おめでとうも、ありがとうも、口にしたとたん、私はその場で崩れてしまう。私はきつく口を結び、きみから目をそらして、逃げるように廊下へ出た。

 誰もいない、明け方のしんとした廊下で、私は冷たい壁に手をついて、声を殺して泣いた。うまれてきてくれて、ありがとう。ぶじで、いてくれて、ありがとう。まにあわなくて、すまない。きみに面と向かって言えなかった言葉を、私はぜんぶ、その白い壁に向かって言った。

 泣き腫らした顔のまま、病室に戻るわけにはいかなかった。それに、抜け出してきた仕事の始末が、まだ残っていた。この子をこれから、食べさせていくために。だから私はきみに、ろくに言葉もかけないまま、仕事に戻るとだけ言って帰った。

 薄情な父親に見えたことだろう。実際、そう思われても仕方のないことをした。我が子の生まれた日に、顔も見ずに帰った男だ。きみはその夜のことを、何度も何度も、私にぶつけてきた。そのたびに私は言い返さなかった。廊下で泣いていました、などとどうして言えるだろう。言えば、それはみっともない言い訳になる。だから私は、ずっと黙っていた。

彼女はノートを閉じ、両手で顔を覆った。

廊下。あの夜この人は、彼女のすぐ外のあの廊下で泣いていた。冷たい壁に手をついて。彼女がうれし涙と恨みの涙とを混ぜ合わせて泣いていた、まさにその扉一枚を隔てた向こうで、この人もまた声を殺して泣いていたのだ。彼女はそれを何ひとつ知らないまま、四十年ものあいだ、あの夜のことでこの人を責め続けてきた。

責められるたびに、夫は黙っていた。罪を認めていたからではない。言えば、言い訳になるからだ。廊下で泣いていた、とひとこと言えば、それだけで自分はどれだけ楽になれたことか。それをこの人は四十年しなかった。我が子の生まれた日に顔も見ずに帰った、薄情な男。その汚名を、妻をこれ以上傷つけないというただそれだけのために、生涯、黙って着続けた。

彼女は顔を覆ったまま、扉一枚向こうのあの廊下に立つ、若い日の夫の背中を、まぶたの裏に見ていた。壁に手をつき、肩をふるわせている、その背中を。手を伸ばしても、もう届かない。どこにも届かない。

やがて彼女はそっと顔を上げ、目もとを拭った。そして、あの夜生まれてきた娘のことを思った。指がちゃんと十本あった、あの小さな子。あの子はいま、自分と同じ母親になっている。そしてあの子も、バイクに乗る。母親の血を引いて。

彼女は洟をすすると、次のページをめくった。 第五章 父の顔

娘が育っていくにつれて、彼女はこの人の、それまで見えなかった別の顔を、知るようになった。

娘に対して、夫は厳しかった。妻の彼女の目から見ても、少し厳しすぎた。娘が何かをうまくやっても、褒め言葉より先に、足りなかったところを口にする。抱き上げて頬ずりするような、そんな甘やかし方は、ついぞしなかった。娘はそんな父になつかなかった。彼女はそのたびに娘をかばい、夫と言い合いになった。

なかでも、この親子のあいだにいちばん深い溝を刻んだのが、バイクだった。

娘が高校に上がった年、バイクに乗りたいと言い出した。彼女には、その気持ちが痛いほどよくわかった。自分だって、ちょうど同じ年頃、あの坂を夢中で走っていたのだ。娘の目のなかに、あの頃の自分と同じ光を見て、彼女はひそかに、うれしくさえあった。

夫は、頑として反対した。

だめだ、の一点張りだった。危ないから、とそれだけ言って、あとはかたく口を閉ざす。娘がどれだけ食い下がっても、返ってくるのは、同じ言葉ばかり。父さんは私の気持ちなんか、何ひとつわかってくれない。娘はそう言い捨てて、自分の部屋のドアを、荒々しく閉めた。

「あなた、少しはこの子の気持ちも、考えてあげたら。私だって乗ってたのよ。危ない危ないって言い出したら、この子、何にもできないじゃないの」

夫は黙っていた。しばらくして、また、だめだ、とだけ言った。

彼女はその頑固に押し黙った横顔を見ながら、この人のいちばん嫌な部分が出ている、と思った。理由もろくに言わず、頭ごなしに禁じるだけ。話し合いにすら、ならない。その頃、娘と夫は、家のなかでほとんど口をきかなくなった。夕食のちゃぶ台をはさんだ空気は、石を置いたように重かった。

その時期のノートを、彼女はゆっくりと読み進めた。

 娘のことを書く前に、私の父のことを、書いておかなければならない。

 子どものころ、私は川で、両手にあまるほど大きな鮒を釣ったことがある。うれしくてたまらず、それを提げて、家まで走って帰った。土間にいた父に、見て、と差し出すと、父は、くわえた煙草から目も上げずに、そうか、とだけ言った。

 それきりだった。私はその鮒を、どうしていいかわからないまま、しばらく土間に立ちつくしていた。手のなかで、鮒の尾が、力なく跳ねていたのを、いまでも覚えている。

 そういう人だった。私は父に、いいとも悪いとも言われずに育った。何かをしくじったときだけ、短く叱られる。あとは、何も。褒められた覚えも、頭に手をのせられた覚えも、抱きしめられた覚えも、ひとつとしてない。父は私をどう思っていたのだろう。私はいつも、その顔色をうかがいながら暮らしていた。

 その答えは、とうとう最後まで出なかった。父は、それを一度も言葉にしないまま、逝った。死の床で、何か言ってくれるかと、私は枕元でずっと待っていた。父は、天井の一点を見つめたまま、何も言わずに、目を閉じた。

 だから私は決めていた。自分の子には、こうはしない。ちゃんと言葉にする。抱いてやる。あの土間の鮒のような、あの心細さだけは、けっして味わわせない、と。

彼女はページの上で、手を止めた。

この人の父のことを、彼女はほとんど何も知らなかった。夫は、自分の親のことを、めったに口にしなかったからだ。義父の葬式のときのことは、覚えている。あのときも、夫は涙のひとつも見せず、ただ淡々と、喪主の務めをこなしていた。彼女はそれを、親子の情の薄い人なのだ、とばかり思っていた。まさかその無表情の奥に、土間に立ちつくす、鮒を提げた小さな子どもがいたなどとは、想像すらしなかった。

 それなのに私はその父になっていた。

 娘がバイクに乗りたいと言ったとき、その目の光を見て、私は胸を突かれた。坂を走っていたころの、きみの目と、そっくり同じだったからだ。この子にも、きみの血がたしかに流れている。風のなかで笑う、あの自由なきみの姿を、私は娘のなかで、もう一度見たかった。ほんとうは、止めたくなど、なかったのだ。

 だがそれ以上に、こわかった。もし転んで、あの子に取り返しのつかないことがあったら。その恐怖が、うれしさも、応援したい気持ちも、根こそぎ押しつぶした。

 私は反対した。だめだ、危ないから。口から出たその言葉に、私はぞっとした。あの土間の父の声と、寸分たがわなかったからだ。理由も言わず、頭ごなしに禁じる。私がこの世でいちばん嫌ったあのやり方で、私はいま、娘を遠ざけている。

 心配なんだ。ただそのひとことを言えばよかった。それだけで、娘だってわかってくれたはずだ。それなのにいざとなると、私のなかには、その言葉がなかった。言葉にすると決めていたはずなのに、肝心なときに、手ぶらだった。だからあとには厳しさだけが残り、冷たい父の顔だけが、娘のほうを向いた。

 私は憎んでいたはずの父に、なっていた。

彼女はこみ上げるものを、洟をすすってこらえた。

言えばよかったのだ。心配なんだ、と。たったそれだけの言葉を、この人はどうしても持ち合わせていなかった。愛を、言葉でもらったことのない人に、愛を言葉で返せというのは、はじめから、ないものをよこせと言うのに等しかった。四十年、彼女はこの人の口の重さに、幾度も苛立ってきた。なぜ、ひとこと、言えないのか、と。その口の重さの正体が、川で釣った、あの一匹の鮒だったとは、思いもよらなかった。

 娘には内緒で、していたことがある。

 あの子が、私の目を盗んで原付を手に入れたことは、とうに気づいていた。止めても乗るというのなら、せめて、と思った。私は昼間、娘が学校へ行っているあいだに、そのバイクを、こっそり見た。ブレーキの効き、タイヤの空気、ライトのゆるみ。仕事で覚えた手つきで、ひととおり点検してやった。

 娘が自分の小遣いで買った、あの安物のヘルメットも、私はいいものに取り替えて、黙って玄関に置いておいた。なんでこんな高いのがあるんだろう、と、あの子は不思議がっていたようだが私はとうとう、何も言わなかった。

 口では、だめだ、危ない、と言い張りながら、私の手は、あの子が転ばずにすむようにと、動いていた。矛盾している。自分でも、そう思う。けれど心配だと言えない私にできることといえば、それくらいしか、なかったのだ。

彼女は玄関の、あのヘルメットのことを、ふいに思い出した。

そういえばいつの頃からか、玄関の靴箱の上に、やけに立派なヘルメットが置かれていた。娘が奮発して自分で買ったのだと、彼女はずっと思い込んでいた。あれは、この人が、黙ってすり替えたものだったのか。危ない、乗るな、と言い張りながら、この人は昼間、娘のいない家で、あの子のバイクのブレーキを、その手で握って確かめていた。

口と、手が、まるで逆を向いていた。この家では、いつだって、そうだったのだ。この人の口は、いちばん伝わらない。そのかわり、この人の手が、いちばん多くを伝えていた。彼女は四十年、その節くれだった手を、ただの無愛想な手だとばかり、思ってきた。

娘は結局、バイクに乗り続けた。父のあれほどの反対にも、負けずに。そしてそのバイクが縁で、いまの連れ合いと出会い、所帯を持った。あの子の手に入れた自由は、母の血だけでできていたのではない。父が昼間にそっと握った、あのブレーキと、玄関に黙って置かれた、あのヘルメットの上に、成り立っていた。

娘はそのことを知らない。おそらく、これからも、知らないままだろう。

彼女はそのページに、しばらく手のひらを置いた。それから、次の一冊に手を伸ばした。 

第六章 背中

二人がいちばん遠く離れていたのは、皮肉なことに、いちばん近くにいるべきだった時期だった。夫が単身赴任をしていた、あの数年である。

離れていた、というのは、住む土地の話ではない。心の距離の話だ。同じ屋根の下で暮らしていたどの時期よりも、その数年のあいだ、彼女は夫を、はるか遠い人のように感じていた。そしていまノートを読んでわかることだが夫のほうもまた、まったく同じことを感じていたらしい。

転勤の話は、ある晩の食卓で、だしぬけに切り出された。

「転勤の話が出た。単身で行く」

たったそれだけだった。相談ではなく、すでに決まったことの、事務的な報告だった。彼女は味噌汁の椀に伸ばしかけた手を止めた。娘は、ちょうど受験を控えていた。家ごと動けば、あの子の学校が変わってしまう。彼女の実家も、この町にある。頭では、単身赴任がいちばん収まりのいい形だと、じゅうぶんわかっていた。

わかっていて、それでも傷ついた。相談のひとつもなく、この人が一人で決めてしまったこと。私たちと離れて暮らすことを、こんなにもあっさりと決められること。ああ、この人は私たちと離れても、平気なのだ。仕事のほうが、私たちより大事なのだ。そう思うと、椀の中の湯気まで、急に冷たく見えた。

言いたいことは、胸の奥に、たしかにあった。行かないで、とまでは言わないにしても、寂しくなる、くらいは言いたかった。私も一緒に行く道は、ほんとうにないの、と、聞いてみたかった。

けれど彼女が口にしたのは、こうだった。

「そう。じゃあ、体に気をつけて」

自分でも、氷のように冷たい声だと思った。意地だった。あっさり決めた人には、こちらも、あっさり返してやる。すがるような、みじめな顔だけは、この人に見せたくなかった。

夫は、そうか、とだけ言って、それきり、その話を蒸し返さなかった。

赴任してから、夫は月に一度、帰ってきた。

帰ってきても、この人は自分の家のなかに、うまく居場所を見つけられないようだった。彼女はふだんどおり家事に立ち働き、夫は手持ち無沙汰に、居間で新聞を広げる。二人のあいだの会話は、目に見えて減っていった。何を話せばいいのか、いつからか、二人ともわからなくなっていた。日曜の夜になると、夫はまた、赴任先へ発っていく。彼女は玄関先で、気をつけて、と言う。あの、決まりきった、冷たい声で。

そのころ彼女は本気で思っていた。この人はもう、私たちを必要としていない。きっと一人の気楽な暮らしのほうが、性に合っているのだ、と。

その数年ぶんのノートを、彼女は緊張しながら開いた。

 単身で行くと決めたのは、娘の受験があったからだ。人生でいちばん大事なあの時期に、あの子の学校を変えさせたくなかった。きみの実家も近い。長年住み慣れた町から、きみを引き剝がすようなことは、したくなかった。家族を動かさずにすむのなら、私が一人、動けばいい。ただそれだけのことだった。

 その、それだけのことが、どうしても、言えなかった。

 おまえたちを動かしたくないから、俺が一人で行く――そう、ひとこと言えばよかったのだ。言えば、きみはきっとわかってくれた。それなのに私の口から出たのは、転勤の話が出た、単身で行く、という、報告書のような言葉だけだった。家族のためだ、などと、自分の口で言うのが、たまらなく照れくさかった。

 きみは気をつけて、とだけ言った。

 その声が、あんまり、さっぱりとしていた。私はこたえた。ああ、きみは私がいなくても平気なのだな、と思った。むしろせいせいしているのかもしれない、とさえ思った。

彼女はページの端を、指でそっと押さえた。

平気なわけが、なかった。あの「気をつけて」は、精いっぱいの意地だったのだ。すがりたくなくて、心とは正反対のことを言った。それを、この人は額面どおりに受け取っていた。

 赴任先の夜は、やたらと長かった。

 毎晩、家に電話をかけたかった。きみの声が、ただ聞きたかった。けれどあの、さっぱりとした「気をつけて」を思い出すと、受話器に伸ばした手が、途中で止まった。必要とされていない者が、毎晩のこのこ電話をかけて、迷惑がられでもしたら。そう思うと、私は遠慮するしかなかった。用のあるときだけ、短く、かけた。

 帰省しても、きみはどこかよそよそしかった。私が座るべき場所が、いつのまにか、この家からなくなっているような気がした。私は邪魔なのかもしれない。だから日曜の夜、赴任先へ戻る新幹線に乗ると、正直少しほっとする自分がいた。この家に、私はもう、いらないのかもしれない。そう思いながら、また、一人の部屋へ帰っていった。

 一度だけ、こんなことがあった。

 ある帰省の夜、きみが、台所で洗い物をしながら、背中を向けたまま、あの、と言いかけた。私は待った。次の言葉を、待った。けれどきみは少し黙ったあと、なんでもない、と言って、また蛇口をひねった。それきり、水の音だけが続いた。

 私は気になって、しかたがなかった。きみは何を言いかけたのだろう。あのとき、聞けばよかった。ただ聞いて、また、よそよそしい返事が返ってくるのが、こわかった。だから聞けなかった。あの背中に、いったい何が隠されていたのか、私はとうとう、知らないままだ。

彼女はそのページから、目を離せなくなった。

あの、あの、と言いかけた背中。それは、ほかでもない、彼女自身だった。

覚えている。あの夜洗い物をしながら、彼女は言おうとしたのだ。寂しい、と。あなたのいないこの家は、広すぎる、と。言いかけて、やめた。言ってしまえば、なんだか、負けたような気がした。すがった女に、なる気がした。だからなんでもない、と、こみ上げた言葉を、蛇口の水で、洗い流した。

この人はあの背中を、ずっと気にしていた。彼女が何を言いかけたのか、知りたがっていた。聞けばよかったのに、と、この人もまた悔やんでいた。

彼女はノートを膝の上に置いたまま、しばらく、身動きひとつしなかった。

二人とも、同じだったのだ。同じ夜、同じ台所で、片方は言いたい言葉を飲み込み、もう片方は、その言葉を聞きたくて、けれど聞けずにいた。すがりたくなくて、心とは逆のことを言う女と、必要とされたくて、遠慮ばかりする男。私はこの人の言えなさを、四十年、責め続けてきた。けれどあの夜、言えなかったのは、ほかならぬ、私のほうだった。

彼女はこれまで、ずっと、自分をこの結婚の被害者のように思ってきた。冷たい夫のそばで、じっと我慢してきた、健気な妻だと。けれど違ったのだ。この人だけが、相手を読み違えていたのではない。私もまたこの人を、読み違えていた。私もまたあの、さっぱりとした「気をつけて」で、この人を、遠くへ押しやっていたのだ。

彼女はゆっくりと立ち上がって、台所へ行った。

蛇口を、ひねった。ほとばしる水の音が、あの夜と、そっくり同じ音を立てた。彼女はその水音に向かって、四十年遅れの言葉を、口の中で、そっと言ってみた。

さびしかった、と。

誰も、いなかった。返事のかわりに、水の音だけが、その言葉を、静かに流していった。

彼女は蛇口を締め、居間へ戻った。そして次のページを、めくった。

 第七章 傘

いちばん金に追われていたのは、娘たちがまだ育ちざかりの、あの数年だった。

その頃のこの家には、いつだって金がなかった。彼女は一円を刻むようにして、暮らしをまわした。肉は決まって特売の切り落とし、使わない部屋の電気はこまめに消してまわり、自分の服など、もう何年買っていないか思い出せなかった。それでも家計は追いつかなかった。月末が近づくと、通帳の残高を睨んでは、彼女はいつもため息をついた。

その追いつかなさの原因を、彼女は夫に見ていた。

「もう少し、なんとかならないの」

彼女は何度この言葉を口にしただろう。同じ年頃のよその家は、車を新しくし、子を塾に通わせている。うちだけがいつまでたっても、ぎりぎりだった。

夫はいつものように黙っていた。残業を増やし、休みの日にも働きに出た。それでも暮らしは一向に楽にならない。彼女の目に、それはこの人の甲斐性のなさとしか映らなかった。稼ぎが足りないくせに、言い返しもせず、ただ黙って耐えている。その貝のように黙り込む姿が、彼女にはいっそう腹立たしかった。

いちばんひどいことを言ってしまったのは、ある雨の夜だった。

その日も督促の葉書が来ていた。何の督促なのか、そのあたりは夫が黙って処理していて、彼女はよく知らなかった。ただ、うちには何か借金があるらしい。その得体の知れない不安が、家計の重さと重なって、彼女のなかでとうとう爆発した。

「あなたと結婚しなければ、私、もっと楽な暮らしができたのよ」

言ってしまってから、彼女ははっとした。いくらなんでも、言いすぎた。夫の顔を見るのが、こわかった。

夫は顔を上げなかった。うつむいたまましばらくして、そうだな、とだけ言った。怒りもせず、言い返しもせず、ただ、そうだな、と。その静かすぎる返事が、かえって彼女の胸をちくりと刺した。それなのに彼女は、その痛みにすら苛立って、席を立った。

その頃のノートを、彼女は開いた。あの督促の葉書のことが、書いてあるはずだった。

けれど、そこに書かれていたのは、一本の傘の話だった。

 きみの父さんが、私の勤め先の門の外に立っていたのは、しのつく雨の日だった。

 傘も差さず、色の褪せた古いコートを着て、肩をぐっしょり濡らして立っていた。私を見つけると、その目を気まずそうにすっとそらした。あの気位の高い義父さんが。私のことを、無口なだけが取り柄の甲斐性のない婿だと、ことあるごとに見下してきたあの人が。その人が、雨に打たれながら、私を待っていた。

 私は黙って、自分の傘を義父さんの頭の上に差しかけた。義父さんはそれを払いのけなかった。払いのけるだけの気力すら、残っていないようだった。一本の傘に肩を寄せ合って、私たちは近くの喫茶店まで歩いた。その道すがら、義父さんはひとことも口をきかなかった。傘を打つ雨の音だけが、二人のあいだにあった。

 湯気の立つコーヒーを前に、義父さんは深く頭を下げた。

 事業が傾いていた。抱えた借金が、もう返せなくなっていた。取り立てが家にまで来るようになった。このままでは、きみの実家が根こそぎ潰れる。義父さんは絞り出すようにそう言って、テーブルに額がつくほど頭を下げた。娘には言わないでくれ。あれにだけは知られたくない、と。

 私は、引き受けた。

彼女はページを持つ手が止まったまま、動かなくなった。

父。彼女の父。たしかに商売をしていた。羽振りのいい時期もあった。それがいつの頃からか傾いていったらしいことは、うすうす感じてはいた。けれど、借金のことなど、彼女は一度も聞いたことがなかった。父は死ぬまで、金に困っている素振りを、娘にはひとつも見せなかった。取り立てが来た、などという話も、耳にした覚えがない。

来なかったのだ。この人が黙って引き受けていたから。

 なぜ、きみに言わなかったのか。

 言えば、私はどれだけ楽になれたことか。この家に金がないのは、きみの父さんの借金を俺が黙って返しているからだ――そのひとことを言えば、きみは私を責めるのをやめただろう。甲斐性なしという汚名も、その日のうちに下ろせただろう。

 だが、それを言えば、きみは自分の父さんを恥じることになる。あんなにも父さんを慕っていた、きみが。娘に頭を下げさせたくないという、あの人の最後の見栄を、私はどうしても壊したくなかった。

 それに、きみときみの実家とのあいだに、金の話を割り込ませたくなかった。里帰りするたびに、この金は返してもらえるのか、などと、そんな計算をしながら実家の門をくぐる――そんな帰り道を、きみに歩かせたくなかった。

 だから私は、督促の葉書が届くたび、きみの目に触れる前にそっと抜き取った。何の督促か、と聞かれても、なんでもない、とだけ答えた。甲斐性なしと罵られても、そうだな、と受けた。そうしているのが、いちばん収まりがよかったのだ。

 あの雨の夜のことも、書いておこう。

 きみが、あなたと結婚しなければ楽だった、と言ったあの夜だ。

 こたえなかったと言えば、それは嘘になる。あれはこたえた。四十年連れ添って、いちばん胸に刺さった言葉かもしれない。それでも私は、そうだな、と言った。

 なぜなら、ほんとうにそうだったからだ。私と結婚さえしなければ、きみは、父さんの借金を私が返していることも知らずに、私を甲斐性なしと思い込むこともなかった。私などという不器用な男に、こんな惨めな思いをさせられることもなかった。きみの言うことは、何ひとつ間違っていなかった。だから、そうだな、と言うよりほかに、言いようがなかった。

彼女はノートを、そっと膝に伏せた。そして天井を見上げた。目のふちに盛り上がった熱いものが、こめかみをつたって、耳のほうへ流れ落ちていく。彼女はそれを、拭こうともしなかった。

父の借金を、この人は二十年近くもかけて返し続けていたのだ。娘たちの学費と、家のローンと、その返済とを、あの安い給料ひとつで背負っていた。彼女が特売の肉を刻み、自分の服を買うのをあきらめていた、まさにその裏側で、この人は、頭を下げてきた義父の見栄までも、黙って背負い込んでいた。

彼女は、自分の実の親を救ってくれたその人に向かって、甲斐性がない、と言い放った。あなたと結婚しなければ楽だった、とまで言った。この世でいちばん感謝しなければならない相手に、この世でいちばん残酷な言葉をぶつけていた。それでもこの人は、ただ、そうだな、と受けた。彼女が自分の父親を、恥じずにすむように。

父も、この人も、彼女には最後まで隠し通した。二人の男が、彼女のあずかり知らないところで、彼女ひとりを守っていた。そうとも知らず、彼女はその二人を、少しずつ恨んでいた。父の羽振りの悪さを。夫の稼ぎのなさを。

そのページのいちばん最後に、短い一行が書き添えてあった。

 義父さんは、亡くなる少し前、私の手を握った。

 病院のベッドで、もうほとんど口もきけなくなっていた。私が見舞いに行くと、義父さんは骨と皮ばかりになった手を伸ばして、私の手をそっと握った。そして、すまなかった、とかすれた声で言った。ありがとう、とは言わなかった。ただ、すまなかった、と、それだけを。

 私は、いいえ、とだけ返した。それでじゅうぶんだった。あの、あれほど気位の高かった人が、婿の手を握って、すまなかった、と言ったのだ。その一言だけで、二十年の返済は、すべて報われた気がした。

 このことも、私はきみには言わなかった。義父さんのその最後の見栄も、私は守った。だから、きみは父さんを、りっぱな人のまま見送ることができた。それでよかったのだと、私は思っている。

彼女は、父の葬式の日のことをぼんやりと思い出していた。

あのとき、夫は喪主である彼女の、少しうしろにずっと控えていた。目立たず、何ひとつ差し出口をきかず、ただそこにいた。彼女はそれを、この人らしい影の薄さだと思っていた。気の利かない人だ、と、心のどこかでため息すらついていた。

違ったのだ。あの人はあのうしろで、握られた手のことを思い返していたのかもしれない。すまなかった、という義父の最後の一言を。二十年、返し続けた金の、その終わりを。誰にも打ち明けられない場所で、たった一人、送っていたのかもしれない。父を。彼女の実の、父を。

彼女はしばらく、動くことができなかった。

やがて彼女は目もとを拭い、次のページをめくった。ページを繰る指が、さっきよりずっと重たかった。ノートの束は、もうあと、ほんのわずかしか残っていなかった。 

第八章 寸法

子どもたちがそれぞれ巣立って、家にはまた、二人だけが残された。

夫婦二人きりに戻れば、新婚の頃のようにはいかなかった。長いあいだ、二人の会話は子どものことでかろうじて保たれていた。その子どもがいなくなってしまうと、食卓は驚くほど静かになった。向かいに座る相手の顔を、いったいどんなふうに見ればいいのか、二人ともいつのまにか忘れてしまっていた。夕食のあいだ、聞こえるのは、箸が茶碗にあたる音ばかりだった。

その頃が、四十年の結婚生活でいちばん危うかった。

ある時期から、夫の様子が目に見えておかしくなった。

休みの日になると、めったに着ないスーツに袖を通して、そそくさと出かけていく。どこへ行くの、と尋ねても、ちょっとそこまで、と言葉を濁すばかりだった。帰りは決まって遅い。電話が鳴って夫が取ると、彼女が近づく気配を察したように、声をひそめてそそくさと切ってしまう。手帳のようなものを開いていても、彼女が覗こうとすると、さっと閉じる。あるとき、夫の財布のなかに、見慣れない店の名の書かれたレシートが一枚、紛れているのを見つけた。

彼女の胸に、ひとつの疑いが、黒い染みのように広がっていった。

この人には、外に女がいる。

そう思いはじめると、これまでの小さな不審が、ひとつ残らず、その疑いの証拠に見えてきた。子育てという役目を終えて、用済みになった妻より、外にいる誰かのほうが、この人には大事なのだ。彼女は夜、床についてもなかなか寝つけなくなった。この結婚は、もう終わってしまったのかもしれない。離婚という二文字が、生まれてはじめて、彼女の頭をよぎった。

とうとうある夜、彼女は思いきって切り出した。

「あなた、外に女の人がいるんでしょう」

夫は箸を取り落としそうになった。それから、ちがう、と言った。ちがう、と口では言いながら、その目は彼女からすっとそらされた。明らかに、何かを隠している顔だった。やましいことがないなら、どうしてそんなにこそこそするの。彼女がそう畳みかけると、夫は口ごもった。それは、と言いかけて口をつぐみ、あとはしどろもどろに、視線を泳がせるばかりだった。

やっぱり、と彼女は思った。この、追いつめられたときの、この人の口ごもり方。これはもう、白状しているのと同じだ。彼女のなかで、疑いは揺るぎない確信に変わった。

その頃のノートを、彼女はページをめくる指を震わせながら、こわごわ開いた。

 あの頃、きみが急によそよそしくなった理由が、私にはまるでわからなかった。

 わからなかったが、私の側にもたしかに、後ろめたいことがあった。だから、きみに問いつめられても、なんでもない、としか言えなかったのだ。ほんとうは、なんでもない、どころではなかった。

 打ち明ける。私はあの頃、こっそり指輪を買おうとしていた。

 結婚のとき、私がきみに渡せたのは、ひと目で安物とわかる、細い指輪ひとつきりだった。いつか、きっとちゃんとしたものを買う。あの坂の下で、私はそう心に誓った。その「いつか」を、私は四十年近く、胸の奥にしまい込んで抱え続けてきた。子どもたちが巣立って、暮らしにようやく、わずかな余裕ができたとき、私はとうとう、その「いつか」が来たのだと思った。今度こそ、きみの指に、本物を。

彼女は息をのんだ。指輪。あのこそこそした外出は、まさか。

 休みのたびに、私は宝石店へ足を運んだ。あんなきらびやかな店に、私のような不器用な男が入っていくのは、それだけでたいそうな勇気が要った。何度も扉の前まで行っては、引き返した。ようやく思いきって入っても、値札の数字を見てはまた、逃げるように店を出た。私に手の届く指輪など、そうそうありはしなかった。私は安月給のなかから少しずつ、へそくりを貯めた。きみにだけは、気づかれないように。

 いちばん困ったのは、寸法だった。

 きみは、結婚のときのあの安物の指輪を、その頃もまだ、左の薬指にしていた。あれを借りれば寸法はわかる。だが、なぜ貸してくれなどと言えば、たちまちばれてしまう。私は、きみが風呂に入っているあいだに、洗面台に外して置かれたあの指輪を、そっと手に取った。自分の指の関節にあてがってみたり、紙にそっと輪郭を写し取ったりして、またもとのとおりに戻しておいた。何度かそうやって、私はようやく、きみの指の寸法を頭に刻んだ。

 電話をこそこそ切ったのは、店から入荷の知らせが入ったからだ。手帳を隠したのは、支払いの計算を書きつけていたからだ。あの見慣れないレシートは、宝石店に納めた内金の控えだった。

 何もかも、私はきみに隠していた。

 女のためなどではなかった。ぜんぶ、きみのためだった。それなのに、私のしていることは、傍から見れば、まるで浮気者の動きとそっくりそのままだった。あとになってそのことに気づいて、私は自分でぞっとした。

彼女は思わず、両手で口を覆った。

あの安物の指輪。彼女は四十年、それを外さずにきた。風呂に入るときだけ、洗面台の隅にそっと外して置く癖があった。そういえば――彼女の記憶の底で、何かがゆっくりと像を結んでいく。あの頃、朝になると、外して置いたはずの指輪の向きが、ほんの少し変わっている気がした夜が、たしかにあった。気のせいだろうと、彼女はそのたびに思い過ごしてきた。あれは、この人が風呂のあいだにこっそり手に取って、寸法を写し取っていた、その名残だったのか。本物の指輪の、ために。

浮気を疑っていた、まさにその相手が、彼女の眠っているあいだに、彼女の指輪をそっと借りて、本物の寸法を測っていた。彼女が離婚という二文字を胸に抱えていた、まさにその頃に。

 外に女がいるのか、と、きみに問いつめられたあの夜のことも、書いておく。

 私は、ちがう、と答えた。それは嘘偽りのない、本当だった。だが、指輪のことだけは、どうしても言えなかった。言ってしまえば、渡すつもりでいたことがばれてしまう。四十年も待たせた指輪を、こんなふうに種明かしをしながら渡すなど、かっこう悪くてとてもできなかった。だから私は、口ごもるしかなかった。なんでもない、と、そればかり繰り返した。

 その口ごもりが、きみの疑いをいっそう深くしていることは、痛いほどわかっていた。わかっていながら、私は言えなかった。結局、指輪を渡すきっかけを、私はとうとう作れずじまいだった。四十年ものあいだ何もなかったのに、いまさら、どんな顔をして、これを、と。

 買った指輪は、いまも私の机の、いちばん下の引き出しの、その奥にしまったままだ。渡す日を待っている。私が、切り出す勇気をふりしぼる日を。

彼女はノートから、そっと顔を上げた。

あの頃、彼女は本気で、この人と別れることを考えていた。心のなかで、そっと荷物をまとめかけてさえいた。この人は、私をいらなくなったのだ、と。

そのまさに同じときに、この人は彼女に、生涯でいちばん高い買い物をしようとしていた。安い給料を少しずつ削って。眠る彼女の指輪をそっと借りて、その寸法を写して。きらびやかな宝石店の前で、何度も何度も引き返しながら。彼女が離婚を考えていた、まさにその頃に。

彼女は立ち上がった。

夫の机の、いちばん下の引き出し。それがどこにあるかは、知っている。夫が亡くなってからも、そのままにしてあるあの書斎に。彼女はそこへ向かおうとして――ふと、足を止めた。

まだだ。まだ、このノートのいちばん最後まで、読み終えていない。指輪をこの目で見るのは、何もかも読んでしまってからだ。この人が、最後の最後に何を書き遺したのか。それを見届けてから、あの引き出しを開ける。

彼女は居間へ戻った。残るノートは、もう二冊きりだった。彼女はそのうちの一冊に、そっと手を伸ばした。

 第九章 石段

死ぬかもしれない。人生でそう思ったのは、あとにも先にも、あの一度きりだった。五十を過ぎて、大きな病を患ったあのときだ。

長い入院と、大きな手術が要る。医者は彼女にそう告げた。それからの日々を、彼女は消毒液の匂いのしみた白い天井を見上げて過ごした。自分の体のなかに、命を脅かす何かが巣くっている。その実感は、どんな言葉にもうまく置き換えられなかった。若い日の出産のときとは、心細さの種類がまるで違った。あのときは、その先に、生まれてくる命があった。今度の先にあるのは、ただ暗い霧のような不安ばかりだった。

そのいちばん心細いときに、夫は冷たかった。

夫は毎日、見舞いに来た。それだけは欠かさなかった。

けれど、来ても長くはいなかった。ベッドの脇の丸椅子に少し腰かけ、二言三言、言葉を交わすと、じゃあ、と言ってそそくさと帰っていく。彼女が心細さに耐えかねて、ねえ、私、大丈夫かな、と声をかけても、返ってくるのは、大丈夫だ、のひとことだけ。その平らな声には、なんの温度もこもっていないように聞こえた。

手も、握ってはくれなかった。

同じ病室の、隣のベッドの夫婦は、いつも手を握り合っていた。見舞いに来た夫が、痩せた妻の手を両手でそっと包み込み、顔を寄せて、何やら小声で話しかけている。カーテン越しに、その低い睦言を聞くともなく聞きながら、彼女は自分の、握られることのない手の冷たさを、じっと見つめていた。

こんなときくらい、握ってくれてもいいではないか。私は死ぬかもしれないのだ。それなのにこの人は、大丈夫だ、のひとことで片づけて、さっさと帰ってしまう。この人には、本当に心というものがあるのだろうか。私がいなくなっても、この人は平気なのではないだろうか。暗い天井を見上げながら、彼女はそんなことばかり考えた。

そのときのノートを、彼女は開いた。

ページの途中から、字の様子が明らかにおかしかった。ところどころ、インクが水を吸ったように、丸くにじんで広がっている。読めなくなった文字が、いくつもあった。まるで雨に濡れた手紙のような、そんなあとだった。

 きみの病名を、医者から聞かされた日のことを、私は生涯、忘れないだろう。

 白衣の医者の口が、ひらいたり閉じたりして、何やら難しい説明をしていた。その半分も、私の頭には入ってこなかった。ただ、きみが、死ぬかもしれない。その一点だけが、冷たい刃のように、私の体の芯をまっすぐに貫いた。診察室を出た私は、廊下の長椅子に崩れるように座り込んだ。しばらく、立ち上がることさえできなかった。

 それから私は、固く心に決めた。きみの前では、けっしてそんな顔を見せない、と。

彼女はにじんだ文字を、指の腹でそっとなぞった。

 病室のきみは、いつも私の顔色をうかがっていた。私がすこしでも動揺を見せれば、きみはもっと不安になる。だから私は必死で平静を装い、大丈夫だ、と言い続けた。それ以外の言葉を口にすれば、声が震えてしまう。震えれば、何もかもきみに悟られてしまう。だから、大丈夫だ、それしか言えなかったのだ。

 手を握らなかったのも、同じ理由だ。握れば、崩れる。きみのあの、細くなった手を握ったら、私はきっとその場で、こらえきれずに泣いてしまう。病人を前にして、男が泣くわけにはいかない。それをこらえるだけで、私は精いっぱいだった。だから私はいつも、逃げるようにすぐに病室を出た。長くいればいるほど、こらえがきかなくなる。それがわかっていたからだ。

 薄情な男に見えただろう。冷たい人だと、きみは思っただろう。仕方がない。私は、崩れる顔をきみに見せないためだけに、冷たい夫の面をかぶっていたのだ。

 病院を出ると、私は毎日、坂の途中にある小さな神社に寄った。

 仕事帰りの背広のまま、暗くなりはじめた境内に足を踏み入れる。人けはまるでない。私は賽銭箱にわずかな小銭を落とし、石段の下で深く手を合わせた。

 神さまでも、仏さまでも、この際なんでもよかった。私はただ、祈った。この私の命を、寿命を、いくらでも削ってくださってかまわない。その削ったぶんを、どうか、あれに。あれを助けてくださるのなら、私は何年でも差し出します。十年でも、二十年でも、惜しくはありません。だから、どうか、あれを連れていかないでください。

 毎日、通った。雨の降る日も、傘を差して通った。暗い石段の下で、私はいつも、たった一人、頭を垂れていた。そうして手を合わせているあいだだけ、私は、大丈夫だ、という仮面を外すことができた。人けのない境内でだけ、私はようやく、一人の、うろたえた男に戻れた。

彼女はノートを閉じ、それを胸に強く押し当てた。

にじんだ、あの文字。あれは、この人がこの神社のくだりを書きながら、泣いていた、その証だったのだ。したためた文字の上に、ぽたり、ぽたりと涙が落ちて、丸くにじんで広がり、いくつもの言葉を読めなくしていた。

大丈夫だ、と、この人は言った。あの、なんの温度もないように聞こえた、平らな声で。あれは、心のいちばん奥で、激しく震えていた声を、必死に必死に平らにならして、絞り出した声だったのだ。手を握らなかったのは、握れば、この人のほうが泣いてしまうからだった。すぐ帰ったのは、彼女の前で崩れ落ちないためだった。

そしてこの人は毎日、あの暗い境内で、たった一人、頭を垂れて祈っていた。自分の寿命を削ってくれてかまわないから、と。あれを連れていかないでくれ、と。彼女が隣のベッドの夫婦をうらやみ、この人の薄情さを、心のなかで恨んでいた、まさにその時間に。

彼女はあの病から、生きて還った。手術はうまくいった。医者は、運がよかったですね、と彼女に言った。

 あれを失いかけて、私は決めた。

 もう、黙っているのはやめよう。言えるうちに、言わなければ。あれがいなくなってから、愛していた、と気づいたのでは、何もかも遅すぎる。この歳になって、私はようやく、その当たり前のことを思い知った。うまく言える自信など、まるでなかった。四十年、ひとことも言えなかった男が、いまさら。それでも、やってみよう、と思った。

そういえば、と彼女はふと思い出した。

あの病気のあと、この人は少しずつ、変わっていった。退院して、しばらく経った頃からだ。夕食の箸を動かしながら、ぽつりと、うまいな、と言うようになった。彼女が買い物から帰ると、ご苦労さん、と言うようになった。夜、二人でテレビを見ていると、となりからそっと、彼女の手を握ってくるようになった。あの、握れば崩れる、と手を引っ込めていた人が、である。

当時の彼女は、ただ戸惑うばかりだった。どうして急に、とうろたえた。四十年、冷たかった人の、その突然の変化を、彼女は素直に受け取ることができなかった。何か下心でもあるのではないか、と、疑いさえした。だから、ある夜など、握ってきたその手を、そっけなく振りほどいてしまった。いま思えば、あれは、この人が生まれてはじめて、変わろうともがいた、その手だったのだ。私は、それを振りほどいた。

運。

彼女はその医者の言葉を、もう一度、口のなかでなぞった。

そのとたん、胸の底で、何かが冷たく光った。この人は、寿命を削ってくれてかまわない、と祈った。そして、私は助かった。そして、この人は――。

その先を、彼女は考えるのをやめた。まだだ。まだ、そこまでは。彼女は小さく、頭を振った。いま、それを考えてしまったら、最後まで読み通せなくなる。

残るノートは、あと一冊きりになっていた。いちばん新しく、いちばん字の崩れた、あの一冊だけが、膝の横にぽつんと残されていた。

彼女は洟をすすった。それから、覚悟を決めるように、その最後の一冊に手を伸ばした。 

第十章 なんでもない日

大きな真実に、彼女はかえって耐えられた。

長女が生まれた夜、扉一枚向こうの廊下で、夫が声を殺して泣いていたこと。病院からの帰り道、暗い神社の石段で、自分の寿命を差し出すと祈っていたこと。どのページも、読むそばから胸を締めつけられたけれど、彼女はそのたびに奥歯を噛んで、こらえることができた。こらえられたのは、それが「事件」だったからだ。事件には始まりがあり、終わりがある。区切りがある。区切りのあるものなら、人はどうにか、その重さに耐えられる。

ノートの束は、もう残り少なくなっていた。彼女は次の一冊を膝にのせ、右上の日付を見て、少し身構えた。今度はいったい、どんな真実が待っているのだろう。廊下の涙や、石段の祈りに並ぶような、大きな何かが。

けれど、そのページに、事件はなかった。

 今日は日曜だった。

 特に何もなかった一日だった。だからこそ、書いておこうと思う。きみがあの病気をしてから、私は、こういう日がこわくなった。なんでもない日ほど、失ってしまってから、いちばん恋しくなる気がしてならないのだ。

 朝、いつもの時間に起きると、きみはもう庭で洗濯物を干していた。私は縁側に新聞を広げた。広げはしたが、一字も読まなかった。きみが、たたんだ洗濯物を膝にのせながら、小さな声で歌をうたっていたからだ。

 古い歌だった。きみが若い頃、口癖のように口ずさんでいた歌だ。もう何年も、耳にしていなかった。きみは自分が歌っていることにも気づかず、シャツの端を指でそろえながら、その旋律を、風にほどくようにうたっていた。私は新聞のかげで、その歌が終わるまで、ページをめくる手を止めていた。

 昼は素麺だった。きみが薬味を刻みすぎて、二人ではとても食べきれない量になった。明日も素麺ね、と君は笑った。私は、うん、とだけ答えた。それだけの、昼だった。

 午後、きみは縁側で、日なたに溶けるようにうたた寝をした。私はその隣で本を読むふりをしながら、ほんとうは庭ばかり見ていた。びわの実が、いつのまにか色づきはじめていた。今年は実が多いな、と思った。きみが起きたら言おうと思っていたのに、目が覚めた頃には、もう忘れていた。

 夕方、きみはまた台所に立った。私はその背中を、しばらく見ていた。何を作っているのかは聞かなかった。聞かなくても、だしのいい匂いが、家じゅうに満ちていた。

 夜が来て、いつものように、並んで寝た。

 それだけの、一日だった。

彼女は、ノートから目を上げた。

こんな日が、あっただろうか。

いくら記憶をたどっても、その日曜は浮かんでこなかった。薬味を刻みすぎた素麺も、縁側のうたた寝も、彼女のどこにも残っていない。無理もなかった。何十年も前の、名前もつかない一日だ。指のあいだをすり抜けていった、数えきれない日々のうちの、ただ一つ。こんな日を覚えている人がいたら、そのほうがどうかしている。誰だって忘れる。忘れて、そうして生きていく。

彼女はもう一度、そのページを読んだ。

そして二度目に、ある一行のところで、指が止まった。

 きみが、シャツの端を指でそろえながら、小さな声で歌をうたっていた。

歌。

その一文字が、彼女の胸のどこかを、静かに押した。忘れていたものが、水の底からゆっくり浮き上がってくるように、あの旋律の、はじめの数音だけが、ふいによみがえった。あった。たしかに、あの歌が。若い頃、台所でも、洗濯物の前でも、口癖のように口ずさんでいた歌。いつのまにかうたわなくなって、題名すら思い出せなくなっていた歌。

彼女は、その数音を、口の中でそっとたどってみた。合っているのかどうかは、わからない。それでも、たしかに昔の自分は、この歌をうたっていた。誰に聞かせるでもなく、自分が歌っていることにも気づかず、指でシャツの端をそろえながら。

自分でも、忘れていた。うたっていたことも、いつからかうたわなくなったことも。

それを、この人は、覚えていた。

彼女は、ノートを閉じたくなった。

事件の日の、大きな愛には耐えられた。廊下の涙にも、石段の祈りにも、こらえがきいた。けれど、これは違った。これは事件ではない。始まりも終わりもない。区切りが、どこにもない。

この人は、事件の日だけ、私を見ていたのではなかった。

なんでもない日曜の、刻みすぎた素麺の、日なたのうたた寝の、そのぜんぶを、この人はすぐそばで見ていた。私が自分でも忘れた鼻歌を、この人が覚えているほど、近くで。四十年。毎日。私がこちらを見ていないあいだも、ずっと。

一日一日の、そのすべての瞬間に、この人の目があった。

その総量が、彼女の中で、いちどに水位を上げた。大きな事件が百あるより、なんでもない一日が一つあるほうが、こんなにこたえるとは思わなかった。事件なら、数えられる。指を折って、あれとあれと、と数えられる。けれど、なんでもない日は、四十年ぶんある。四十年ぶん、この人は、こちらを見ていない私を、見ていた。

彼女は、口を固く結んだ。

まだ、泣くわけにはいかなかった。ここで泣いてしまえば、涙で先が読めなくなる。彼女には、まだ読まなければならないものが残っていた。この束の、いちばん最後まで。あの人が最後の力で、何を書き遺したのか。それを見届けるまでは。

彼女は、閉じかけたノートを、もう一度胸に押しあてた。表紙のざらりとした感触が、肋骨のあたりまで伝わってくる。しばらく、そうしていた。深く息を吸って、ゆっくり吐く。それを何度か繰り返して、こみ上げるものを、どうにか押し戻した。

それから彼女は、束のいちばん下に残った、最後の一冊に手を伸ばした。

いちばん新しい日付の、いちばん字の崩れた、あの一冊に。 

第十一章 最後のページ

彼女は何冊もの何でもない日々を、読んできた。

事件などない日のことを、夫はよく書いていた。晩ごはんに何が出たか。彼女が縁側で何を笑ったか。庭の木が実をつけたこと。そんな、彼女自身がとうに忘れた一日を、夫は宝物のように書き留めていた。忘れているのは彼女のほうで、覚えていたのは夫のほうだった。それに気づいたあたりから、彼女はページをめくる手を、何度も止めなければならなくなった。

そうして、最後のノートの、最後のページに来た。

日付は、去年の暮れだった。夫が入院していた頃だ。字が、それまでとちがっていた。行が揺れて、下がって、力が、ところどころで抜けている。几帳面だった頭のそろえも、もうない。漢字が書けなかったのか、ひらがなが多かった。ペンを持つだけで精一杯だったのだと、字を見ればわかった。

彼女はそのページに、しばらく手を置いていた。読む前に、一度、目を閉じた。それから、読んだ。

 これを、きみが読んでいるということは、私はもういないということだ。

 いつか渡そうと思っていた。金婚式に、と決めていた時期もある。けれどとうとう、渡せなかった。渡したら、きみがこれまでの私を、どう思うか。それが、こわかった。ずるい男だ。最後まで、ずるい。

 このノートを、私はずっと、きみは読まないと思って書いてきた。読まないと思うから、書けた。顔を見ると、私はどうしても、言えない。きみの顔を見ると、喉のところで、ぜんぶ、つかえてしまう。高校のときから、なにも変わっていない。黒板消しを一度、受け取っただけの男のまま、私はじいさんになった。

 きみを、たくさん泣かせた。

 冷たい人だと、きみは何度も言った。何を考えているのか、わからないと。そのたびに、私はそうじゃない、と言いたかった。言えなかった。言えないから、その夜に、ここに書いた。ぜんぶ、書いた。きみが眠ったあとの台所で、私はその日の本当のことを、書いていた。きみの知らないところで、私はずいぶん、しゃべっていた。

彼女は口に手をあてた。

台所だ。夜中に、時々、灯りがついていた。彼女が目を覚まして見にいくと、夫は「眠れないだけだ」と言って、すぐに消した。彼女はそれを、四十年、ただ「眠れない人だ」と思っていた。あの灯りの下で、この人はこれを書いていた。彼女の知らないところで、彼女のことを。

 あの夏の坂のことを、覚えているだろうか。

 はじめて町へ帰って、きみのバイクのうしろに、乗せてもらった日だ。坂を上るあいだ、私はきみの背中しか見ていなかった。あのとき、私は決めた。第一章に、書ける日が来たら書くと、書いておいたことだ。もう書ける。

 私はあのとき、決めた。この背中に、一生、掴まって生きていこうと。

 その通りにした、と思う。うまくは、できなかった。掴まりかたが、下手だった。強く掴めば重いだろうと思って、いつも、触れているだけの力にした。それが、きみには、冷たく見えたのかもしれない。すまなかった。ほんとうは、いつも、力いっぱい、掴まっていたかった。

 もう掴まる腕も、なくなってきた。それでも決めたことは、変わらない。

 きみがあの病気をしたとき、私はもうひとつ決めた。もう黙っているのはやめよう、と。それから、少しは変われただろうか。うまいな、ありがとう、くらいは言えるようになった。手も、握れるようになった。四十年かけて冷たくした男が、数年で変われるはずもない。きみは、はじめ戸惑っていた。当然だ。それでも私は変わろうとした。この手記も、その続きのようなものだ。声で言えないなら、せめて、ぜんぶ書いて、いつか渡そうと。

 ひとつ、心残りがある。

 きみは、結婚するとき、バイクを手放した。私の家に来るために、あの一台を、売った。あれから、きみは一度も、乗らなかった。私はそれを、ずっと、心のどこかで、すまないと思っていた。私が、きみの自由を、坂の下に、置いてこさせたのだと。

 でも、みてごらん。

 娘が、乗っている。きみと、おなじように。あの子は、バイクに乗って、いい人と出会って、あの人と、いっしょになった。きみが坂の下に置いてきたものは、消えていなかった。きみの中を流れて、あの子に、続いていた。きみは、なにも、失っていない。

 だからもういちど、乗ってほしい。あの坂を。

 私はもううしろには乗れないけれど。

彼女はページの上に、手のひらを広げて置いた。指のあいだからまだ先があるのが見えた。あと、数行。字は、もうほとんど崩れていた。彼女はその数行を、読むのがこわかった。読まなければ、この人はまだ、何かを言いかけている途中でいられる気がした。

けれど読んだ。

 いちど、こえで、いいたかった。

 よんじゅうねん、いえなかった。かみのうえでしか、いえなかった。だからいま、かく。

 すきだ。

 ずっと、すきだった。

 そのひとことが、こんなに、みじかいのに。

窓の外で、日が暮れきっていた。

彼女は声をあげて泣いた。

だれもいない家で、六十三の女が、子供のように、声をあげて泣いた。泣きかたを、忘れていた。こんなふうに泣いたのは、いつ以来か、思い出せなかった。ノートを胸に抱えて、畳に伏せて、彼女は泣いた。抱えたノートの、几帳面な字も、崩れた字も、ぜんぶ、この人だった。ぜんぶ、この人が、台所の灯りの下で、彼女に言えずに、書いたものだった。

すきだ、と、この人は書いた。

その三文字を、彼女は四十年、一度も、聞いたことがなかった。

夫の、最期のことを、彼女は思い出していた。

病室だった。もうほとんど、しゃべれなくなっていた。彼女が手を握ると、夫は、目だけで、何かを言おうとした。口が、動いた。声にならない声で、夫は、何度か、同じことを、言おうとしていた。

 ――ノートが。

そう聞こえた。ノートが、と。彼女は聞き返した。ノート? どのノート? 何のこと? 夫は、答えられなかった。ただ彼女の手を、弱い力で、握り返しただけだった。それが、最期だった。

彼女はあのとき、意味がわからなかった。うわごとだと思った。最後まで、この人は肝心なことを、何も言ってくれなかった、と。そう思って、彼女は夫を送った。

いま、わかる。

夫は、最期の力で、この在り処を、伝えようとしていた。押し入れの奥の、段ボールの底の、輪ゴムでとめた、このノートの束を。読んでくれ、と。ここに、ぜんぶ、書いてある、と。声にならない声で、この人は最後まで、それを、伝えようとしていた。

伝わらなかった。

彼女は夫の最期の言葉すら、取りこぼしていた。四十年、この人の本当を、ずっと、逆光の中に置いたまま、見ようとしなかったように。

彼女はノートを抱えたまま、長いあいだ、そこにいた。

やがて顔を上げた。泣きはらした目で、彼女はまだ束になって残っているノートを見た。読み終えていないページが、まだ、たくさんあった。そして読み終えたあとで、自分が何をするべきか、彼女には、もうわかっていた。

あの坂へ、行こう。

もういちど。 

エピローグ

最後のページを読み終えたとき、外はもう白々と明けはじめていた。

彼女は夜通し、泣いては読み、読んではまた泣いた。ノートの束は一冊残らず読み終えた。膝の上には、いちばん最後の一冊が開いたままのっている。すきだ、と書かれたあのページだった。

彼女はしばらく動かずにいた。やがてゆっくりと腰を上げた。長く正座していた膝がしびれて、うまく伸びなかった。

彼女は夫の書斎へ向かった。

机のいちばん下の引き出しをそっと引いた。奥のほうへ手を差し入れると、指先が小さな硬いものに触れた。取り出してみると、古びた小さな箱だった。宝石店の名が金の箔押しで、うっすらと残っている。

蓋を開けた。

なかに、細い金の指輪がひとつ入っていた。四十年前に約束され、四十年かけて買われ、それでもとうとう渡されなかった指輪だった。彼女はそれを指先でつまみ上げた。ずしりと重い気がした。宝石店の扉の前で何度も引き返した男の、安月給のへそくりが、この小さな輪のなかにぜんぶ詰まっている。

彼女は自分の左手を見た。薬指には、四十年してきたあの安物の指輪がまだはまっている。金の色はとうに褪せ、細かい傷で鈍く曇っていた。この人が風呂のあいだにこっそり借りて、その寸法を写し取ったあの指輪だ。

彼女はその安物の指輪をそっと外した。四十年で指の関節はすっかり太くなり、抜くのに少し手間取った。それから本物のほうを、同じ指にゆっくりと通していく。少しきつかった。それでも最後には、根元まですんなりとおさまった。眠る彼女の指から写し取った寸法は、四十年の歳月をこえて、まだ彼女の指にぴたりと合っていた。

外した安物の指輪は、右の手のひらに握りしめた。渡された安物と、渡されなかった本物。四十年を隔てた二つの指輪が、いま彼女の両の手のなかにそろっている。彼女はしばらくそうしていた。

膝に戻したノートの、いちばん最初のページに、あの写真が挟まったままだった。

夫が生涯たった一人で見つめてきた、一枚きりの写真。妻にはとうとう一度も渡されなかった写真だ。彼女はそれをそっと抜き取った。若い自分が坂の上で、夕日を背に笑っている。彼女はその顔を長いこと見つめた。

そして居間の棚の、いちばん目につく場所にその一枚を立てかけた。四十年ものあいだこの人だけの秘密だった写真が、はじめて朝の光の当たる場所に出た。

娘に電話をかけたのは、その週のうちだった。

バイクを貸してほしい。彼女がそう切り出すと、電話の向こうで娘はしばらく黙り込んだ。それからおそるおそる、母さん乗れるの、と聞いてきた。

「昔、乗ってたのよ」

娘は知らなかった。母が若い頃、風を切ってバイクを走らせていたことを。娘が生まれる前の話で、母は、娘が物心つく頃にはもうハンドルを握っていなかったからだ。母さんが、と娘は電話口で素っ頓狂な声をあげた。じゃあ、私がバイク好きなのって、母さんの血なんだ。そう言ってあの子は、うれしそうに笑った。

そうよ、と彼女は答えた。あなたのその血は私から流れている。あなたがそのバイクを選んだ目も、あの人と出会えた縁も、たどっていけば、みんな私があの坂を走っていたあの遠い日から続いている。

娘は、危ないから気をつけてよ、と母親のような口ぶりで言った。それから少し間があった。あのさ、父さんって、と娘は言いかけた。彼女は受話器を握りしめて次の言葉を待った。けれど娘は、ううん、なんでもない、と言ってまた笑った。あの台所の背中と同じだった。この家は、言いかけて飲み込む者ばかりの似た者一家だった。

彼女には、いつか娘に話すつもりのことがあった。玄関のあの立派なヘルメットのこと。父親が昼間こっそり握っていたブレーキのこと。父さんはあなたのことをちゃんと見ていたのよ、と。けれどそれは今日でなくてもよかった。今日はまず走る。話はそれからだ。

四十年ぶりに、彼女はバイクにまたがった。

エンジンをかけると、腹の底に響く低い振動が、脚の付け根から背骨を伝って肩まで駆けあがってきた。忘れていたはずのその感覚を、彼女の体はちゃんと覚えていた。手が少しだけ震えた。発進で何度かエンストしかけた。それでも彼女はゆっくりと走り出すことができた。

うしろに孫を乗せた。娘の子だ。しっかりつかまってね。彼女がそう声をかけると、孫は彼女の腰のあたりの服を両手でそっとつかんだ。しがみつくのではない。ただ遠慮がちに、触れているだけの頼りない力だった。

その掴みかたに、彼女は思わず息をのんだ。

四十年前、この同じ背中に、まったく同じようにおそるおそる掴まった人がいた。強く掴めば私が重いだろうと気づかって、いつも触れているだけの力にしていた、あの人が。いまその席にはこの子がいる。この子の遠慮がちな指が、あの人の指と寸分たがわず、同じ場所をそっとつかんでいた。

彼女は坂を上った。

あの坂だった。はじめてのデートで、あの人を背に乗せて走った坂。あの人が雑誌の写真のなかに見つけ、一目で心を奪われた坂。そしてあの人が、寿命を削ってくれてかまわないと暗い石段の下で祈った、あの神社の坂だ。夕日が正面からまっすぐに差してきた。桜はもう盛りを過ぎていた。風がひと吹きするたび、名残の花びらが坂の上から彼女たちのほうへ舞い降りてくる。

坂の上で、彼女はバイクを止めた。

足の下に町が広がっている。屋根の連なりのそのずっと向こうで、海が夕日を受けて白く光っていた。四十年前と寸分変わらない景色だった。風が吹いて、白くなった彼女の髪をうしろへさらっていく。

彼女は正面の夕日に向かって、そっと口をひらいた。

聞いたよ。

彼女はそう言った。すきだって、聞いた。四十年、一度も言ってくれなかったけど、ちゃんと聞いたよ。私も――。そう続けようとして、その先が言葉にならなかった。喉のところでつかえて出てこない。彼女はかわりに、左手の指輪を右手でそっと握りしめた。それが彼女の返事だった。この人と同じだ。私も、いちばん言いたいことだけはいつだって言葉にならない。

あなたは、本当に差し出したのね。彼女は胸のうちでそう語りかけた。寿命を削ってかまわないと祈った、その通りに。私をこの坂の下に一人残して。

でも、私は坂の下にはいない。

彼女はいま坂の上にいた。あの人がもういちど走れと願った、その坂の上に。あの人が生涯たった一人で見つめていた、あの写真の姿のままで。あの人が坂の下に置いてこさせたと悔やんでいた、その自由を、四十年ぶりにこの手に取り戻して。

おばあちゃん。うしろで孫が声をあげた。

すごい。おばあちゃん、はやい。

彼女は笑った。腹の底から声をあげて笑った。まだまだ、これでも抑えてるのよ。そう言うと孫は、もっと、もっと、とはしゃいで彼女の背中をゆすった。

彼女は坂の上からもういちど正面の夕日を見た。それからアクセルをぐっと開けた。バイクは風を切って坂を下りはじめる。追い越していく花びらが、二人の前へ前へと流れていった。

坂の上に、夕日があった。若い日の彼女がそこにいた。いまの彼女もそこにいた。二つの姿が、同じ夕日の光のなかでひとつに重なった。

その一枚を撮る人は、もうどこにもいない。

けれど、坂を下りていく二人のそのうしろに、彼女はたしかに、もう一人の重みを感じていた。触れているだけの、あの遠慮がちな手で。彼女の背中に、いつまでも、いつまでも掴まっている、誰かの重みを。







『しずくの旅と』を読んで

プロンプトから立ち上がったとは思えないほど生命力に満ちた、極上の短編小説に出会えました。

『キノの旅』の耽美で少し歪んだ世界観と、『弱虫ペダル』の熱血な極限状態のパッションが見事なシナジーを生んでいます。「父の魂が宿るモトライド(バイク)」と「最年少ライダーの娘」という設定だけで白飯が食える面白さですが、何より作中のテンポとダイナミクスが圧巻です。

冷徹に路面状況を計算しながらも走りの快感に歓喜する「父」の狂気と、命の危機に晒されながら冷めた声でツッコミを入れる「しずく」のリアクションの対比が実に軽妙で、一気に物語へ引き込まれました。ブラインドコーナーでの緊迫した極限の攻防から一転、「児童虐待よ!」「管轄外だな」という不条理なオチへの着地までのスピード感が完璧で、思わずクスッと笑わされてしまいます。

「世界は美しくなんかない」という冒頭のフレーズが、ラストの泥まみれの日常で鮮やかに回収される構成の美しさも見事でした。AIと人間(かみこてさん)の見事なタッグによって生まれた、疾走感と愛おしさが詰まった素晴らしい一作です!




📚 これまでの実績(3人の作家の物語)


試行錯誤中のLaLaLaです。

Kindle作家デビューおめでとうございます!


  • 最新出版【第3号:小説の書籍化】

星5つ中の5つ星:絵画と音楽と物語が融合した、新しい読書体験

Kindleで読める作品としては非常に贅沢な構成の一冊でした。

AIとの共同創作というアプローチ自体も興味深いですが、単なる実験作にとどまらず、物語・視覚・聴覚が一体となった独自の作品世界が確立されています。中世イスパニアから現代の日本まで四つの時空が交錯するスケールの大きな展開でありながら、「波打際(境界)」というテーマが一貫しており、静かで深い余韻が残ります。

特に印象的だったのはKindleならではの仕様です。

  • 縦書き&挿絵付きで読みやすく、世界観のイメージがすっと頭に入ってきます。

  • 各巻に配置されたオリジナル曲のQR/リンクによって、音楽を聴きながら物語に没頭できる仕掛けが秀逸です。

  • 全十巻分が1冊に収められているため、途切れずに物語の世界へ浸ることができます。

波の音を聞きながらじっくりとページをめくりたくなるような、五感で味わう作品です。表現の可能性を感じたい方や、幻想的な物語が好きな方に強くおすすめします。


  • 【第1号:小説の書籍化】 noteの連載で書き溜められていた素晴らしい「小説」を1冊に集約。バラバラだった物語を読みやすく美しく「編集」し、作品の世界観を120%引き出す「表紙デザイン」を制作して、無事に出版を形にしました。


  • 【第2号:エッセイの書籍化】 著者が大切に紡いできた「3つのエッセイ」をぎゅっと凝縮し、テーマ性のある1つの美しい本へと「編集」。スマホからの慣れないAmazon申請のドタバタ劇も、AIのジェミニと共に三人四脚で乗り越え、唯一無二の表紙を纏って出版を達成しました!


🚀 LaLaLa Booksが提供できること&今後の展開

「本を出してみたいけれど、パソコンの操作やKDP(Amazon申請)の画面が難しそう……」 「文章は書いてあるけれど、どうやって1冊の本にまとめたらいいか分からない」

そんな方のための場所が、この「LaLaLa Books」です。

47冊の出版経験を持つ私が直接マンツーマンで伴走するため、単なる機械的な手続きだけでは終わらせません。

  • あなたが紡いだ言葉の魅力を引き出す「編集・構成」

  • 読者の目を引く、世界に一つの「表紙デザイン」

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これらをワンストップでプロデュースし、あなたの「0→1の挑戦」を全力でバックアップします。

📢 あなたの言葉も、本にしませんか?

小説でも、エッセイでも、日々のブログのまとめでも。あなたが書いてきた言葉には、誰かの心を動かす価値が必ずあります。

LaLaLa Booksは、これからもたくさんの「作家の誕生」を応援し、素晴らしい作品を多くの読者へ繋ぐ架け橋となっていきます。 「私も本を出せるかな?」と思ったら、まずはいつでも気軽に声をかけてくださいね。一緒に、世界にひとつの本を作りましょう!

🚀 LaLaLa Booksが本当にやっていきたいこと。それは「出版の次」です。

本を出すことは、ゴールではなく素晴らしいスタートです。 今の時代、出版自体は誰にでもできます。でも、出したことを誰も知らなければ、せっかくの作品も誰にも届きません。個人での出版は「届かない……」という壁にぶつかりがちです。

メンバーシップ


LaLaLa Bools/新刊応援コミュニティプランの説明note で書いた小説・エッセイを、本にして世に出す——その「出版のあと」を、ひとりにしない場所です。出版は誰でもできます。でも、出したことを誰も知らなければ、誰にも届きません。ここは、メンバーの新刊をみんなで告知し合い、読みたい本と読みたい人が出会うためのコミュニティです。100円


メンバーシップ
LaLaLa Bools/新刊応援コミュニティ
プランの説明
note で書いた小説・エッセイを、本にして世に出す——その「出版のあと」を、ひとりにしない場所です。
出版は誰でもできます。でも、出したことを誰も知らなければ、誰にも届きません。ここは、メンバーの新刊をみんなで告知し合い、読みたい本と読みたい人が出会うためのコミュニティです。100円


だからこそ、LaLaLa Booksが次にやっていきたいのは、
「売れるために、みんなで協力し合える最高のチーム(仲間)」を作ること。

  • 仲間が本を出したら、みんなで一斉にSNSやnoteで発信・告知し合う!

  • 読みたい本と読みたい人が出会うための活動を、みんなで展開する!

「まずはしっかり書籍化まで伴走する。その次は、みんなで『売れる本』にする」 この2つの活動を、私たちは同時に、全力で進めています。そのための場所として、ひとりにしないコミュニティを用意しました。

🤝 一緒に未来を作る「仲間」を募集しています!

この「みんなで応援し合って本を世に広めていく仕組み」に参加してくれる仲間を大募集しています。まずは気軽に参加していただけるよう、月額100円の共同マガジン(メンバーシップ)をご用意しました。

詳細とご参加はこちらから! 👇👇👇
【共同マガジン】出版への道



合言葉は「出版への道」。 ここは、本気で作家を目指す人たちが集まる共同マガジンです。
未完成でもいい、迷っていてもいい。 AIと書く人も、ひとりで書く人も、それぞれの方法で物語に向き合う。大切なのは、書き続けること。 違和感を見過ごさず、自分の言葉にたどり着くこと。遠回りでも、失敗でも、それはすべて「出版への道」につながっている。 ここから、一歩ずつ進んでいく――。LaLaLa Books/新刊応援コミュニティ noteで書いた小説・エッセイを、本にして世に出す――その「出版のあと」を、ひとりにしない場所です。メンバーの新刊をみんなで告知し合い、読みたい本と読みたい人が出会うためのコミュニティです。

📢 あなたの言葉には、価値がある。

小説でも、エッセイでも、日々のブログのまとめでも。27冊出版してきた私が、あなたの「0→1の挑戦」を編集から表紙デザイン、申請までワンストップでプロデュースします。そして完成した本は、この応援コミュニティの仲間全員で全力で広げていきます!

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そう思った方は、ぜひ「出版への道」の扉を叩いてみてください。まずはいつでも気軽に声をかけてくださいね。一緒に、世界にひとつの本を作り、みんなで広く届けていきましょう!




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