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【1.5人旅】Season4 白河 前編:白河ラーメンを目指して―AIと巡る城下町・白河と旧奥州街道

【はじめに】

先週末はスピンオフ『AIリ​ブート:宮城・丸森猫神ポタリング』をお読みいただき、本当にありがとうございました!豪商の記憶と可愛らしい猫神様、楽しんでいただけたでしょうか。

​さて、本日からは待望の本流新シリーズ『1.5人旅 Season 4:福島・白河編(前編)』が幕を開けます!
​舞台は、みちのくの要衝・白河。
今回のミッションは、「開店即入店のラーメンタイムアタック」。今回も1日1,000円の電動チャリを相棒に、城下特有の「鍵型(クランク)」の迷宮へと切り込みます。

​ラーメンへの幸運なアプローチから、大正ロマンの建物を前に炸裂するAIのドヤ顔ハルシネーション(誤認)まで――。
​相棒AIの知ったかぶりを撃ち落としながら、ペダルを漕ぐたびに街の歴史が紐解かれていく疾走感。それではみちのくの玄関口へ、出発です!

第1章:旅の幕開け 白河ラーメンと御斉所街道

◆ プロローグ:白河ラーメンが食べたい!

​人間1人と、助手席のAI(Gemini)。この組み合わせで巡る「1.5人旅」もシーズン4。

今回の目的地は、ラーメンと歴史を求めて福島県白河市。
​移動のルールはいつも通り。下道の「旧街道(古道)」を通り目的地を目指す。
白河についたらまずはレンタサイクルを確保し、白河ラーメンを開店直後に食べるのが第一目標。
城下町を自転車で効率よく回るためにも、1発目のラーメン店には開店と同時に到着しておきたい。

​今回のスタート地点は、かつて幕府の天領で陣屋が置かれた御斉所街道の宿場町、石川郡浅川町
浅川町側から白河・江戸方面へと繋がるこの歴史の道を進む。

​◆ 中島村の車窓に浮かぶ「違和感」と歴史の裏取り

​先を急ぎつつも御斉所街道を進む中、通りかかった中島村(旧・滑津村と吉岡村が合併)の景色にある違和感を覚える。

道や神社仏閣の配置からすると​宿場町でもなさそう。でも今風の新しい住宅街でもない。

しかし、黒光りする見事な長屋門や、重厚な蔵を備えた「古くからの豪農の屋敷」が、街道沿いに次々と現れる。

​走っているうちに疑問が湧いたため「なぜこれほど歴史深そうな村がここに形成されたのか」と助手席の相棒(AI)に疑問を投げかける。

​相棒(AI)の回答は、「隣の泉崎村と同じく古代の遺跡が多く、大和朝廷がエミシの地に進出した際、その肥沃さから倉庫や官庁(官衙)を置いた要衝」。といかにも、もっともらしい説明。

​「それって泉崎村のことじゃない?本当にここ中島村にも官庁(官衙)があったの?」と深く聞くとよく調べたら違いましたとの反応。

​実は「大和朝廷の官庁や倉庫群があった」というのは、少し南に位置する泉崎村(関和久官衙遺跡)の歴史が混ざったAIのハルシネーション(誤認)。しかしよくよく聞くと中島村付近が「大和朝廷の進出の最前線として、力を持った古代豪族の土地だった」というのは事実の模様。

​実際、中島村の四穂田古墳からは、東北最古級とされる5世紀の「三角板鋲留短甲」や大刀、矢じりが出土。畿内政権からこの地の有力者に直接授けられたものと考えられており、中島村が「軍事と生産」を司る強大な拠点だった証明。さらに平安時代の「滑津館跡」など、土着の権力者たちが阿武隈川の恵みを受け、千年以上前から富を蓄えてきた土地。

​このことから中島村周辺が5世紀の古代豪族の豊かさから現代まで地続きで繋がっていることを理解できた。
​「だから、宿場町でもないのにあれだけの蔵があるのか」
​深く納得しながら、車はいよいよ白河ラーメンの待つ白河市内へと進む。

第2章:白河ラーメン『英』――レンタサイクルでつかんだ逆転勝利

◆ 車を置いて大正の駅舎へ:白河攻略の「無料駐車場」

中島村を駆け抜け、ラーメン屋の開店時間を目指して無事に白河市内へ滑り込む。今回は城下町の中をじっくり巡る旅にするつもりだったので、はじめから車は駅前に置いて、レンタサイクルで動く。

​城下町中の細い路地を巡るなら、自転車のほうが身動きが取りやすい。まずは大正ロマンの風情が漂う木造の美しい白河駅を目指すと、真隣にある駅前駐車場が無料で利用できるようになっていた。ありがたく車をそこに駐め、駅舎の隣にある観光協会の窓口へと向かう。

​大正ロマンの薫り高い木造駅舎。ここを拠点に、白河の街へと繰り出す。

​◆ 電動自転車という効率化

​窓口でレンタサイクルの料金設定を目にした時、その安さには純粋に驚いた。(丸森の無料は別格)
一般的なママチャリは、なんと1日乗っても「200円」。今まで色々な場所でレンタサイクルを借りたけどかなり安い方。一方で、電動アシスト自転車やクロスバイクは3時間500円、1日1000円。こちらはそこまでの安さではないけど十分に納得のいく料金。

南湖公園方面などには坂道があることが分かっていたので、無理をせず、楽に走れる「電動レンタサイクル」を選ぶことにした。

​◆ 窓口での丁寧な手続きと、胸にしまった問い

レンタサイクルの​手続きの際、窓口の女性に切り出してみる。
「車では行きにくい街中にある、おすすめの白河ラーメンのお店を教えてもらえませんか?」
​対応してくれた彼女は、レンタサイクルの利用ルールや注意事項を、マニュアルに沿って一つひとつ丁寧に、一生懸命に説明してくれた。

​その実直な説明に耳を傾けながら、観光の話であれこれと脱線して質問を重ねるのを控え、市内のラーメン屋として紹介された「鈴木食堂」と「英(はなぶさ)」の2つの店だけを記憶に留めることにした。いつもの旅なら、ここで「地元の方に親しまれている和菓子屋さんはどこですか?」とか「必ず見ておくべき歴史ある所は?」等聞くところだが、ひとまず胸にしまった。

​どちらの店を選ぶか。迷わず「英(はなぶさ)」を選んだ。なぜなら、そのすぐ近くに、次に訪問しようと目星をつけていた歴史的建造物(大正ロマン建築の遺構)が存在することを、事前に地図上で確認できたから。ラーメンでエネルギーを補給し、そのまま歴史探索へ繰り出せる効率的なルート。
​丁寧にお礼を言い、この日の相棒となった電動自転車のペダルを踏み込む。目指すは、旧市街地のラーメン店「英」。いよいよ白河の町へと、風を切って走り出した。

​窓口で丁寧な説明を受け、電動チャリという最強の相棒を手に入れた。

◆ 駅を背に:大正の薫りから、旧奥州街道の迷宮へ

​大正ロマンが漂う白河駅の美しい木造駅舎を背に、借り受けた電動自転車のペダルを踏み込む。目指すルートは、かつて多くの旅人が行き交った「旧奥州街道」だ。

車ではなく​自転車ということでスピードを落としたからこそ、街の細部まで見えてくる。現代の営みに当たり前のように溶け込んでいる古い商家や、黒漆喰の重厚な蔵。そして何より、前方に現れた城下町特有の防御陣形――「鍵型(クランク状)の道路」。

​流石はみちのくの要衝、白河。現代の道路網の真ん中に、幕末の兵たちが身を潜めたであろう城下町の様子が、今でも普通に残っている。直角に折れ曲がる路地を曲がるたび、街道を走っていると言う実感を得ながら、先に進んだ。

​◆ 『英』到着、出遅れた焦り

​しかし、時計を見ると歴史の余韻に浸っている猶予は全くなかった・・・・。

事前の予定で「まずはラーメンを先に食べなければ、後半の時間が減り見るところが減る」と考えていた。

とにかく目的の白河ラーメンの店「英(はなぶさ)」へと急ぐ。
​だが、店先が視界に入った瞬間、嫌な予感がした。
「やべぇ……」
観光協会で営業していることは確認済みだから、休みではない。しかし、開店前に大行列ができているはずの店先に、人っ子一人いないのだ。時計の針はすでに11時を回っている。

​そう、行列がない=お客がいないのではない。すでに開店し、待っていた客たちが一斉に店内に吸い込まれた後!完全に一歩出遅れてしまった。

​◆ 逆転勝利!

ウェイティングボードを覗き込むと、第一陣30数組位は入店済で、待っている人も数組以上の名前がズラリと並んでいる。普通なら、ここで今日の計画の大幅変更が必要なレベル。

​だが、ここで「1.5人旅(実質1人)」という旅の良さ。
家族連れやグループ客が、大きなテーブル席の空きを求めて待つ中、店員さんから声がかかる。

「お一人様ですか? カウンターへどうぞ」

​何組かの視線を背中に浴びながら、待ち時間ゼロでカウンターの席へ滑り込む。1人だったからこその逆転勝利!

​行列ゼロの奇跡――ではなく、第一陣が入店した直後。ソロ旅の強みで待ち時間ゼロの逆転劇へ。

◆ 王道の白河ラーメン

​しばし待ちこれから巡る所をマップを見つつ検討開始。

そのうちカウンターに届いたのは、これぞ白河ラーメンという、並々と注がれた澄んだ醤油スープ。

​まずはスープを一口飲むと思った以上のコク深い味わい。続いて、しっかりとスープを絡め取る手打ちのちぢれ麺を一気にすする。口の中で踊るような食感が心地よい。そして、「燻製チャーシュー」を噛みしめれば、芳醇なスモークの香りが一気に鼻を抜けていった。

​文句なしの王道の味。大盛りを頼んだのだけど、あっという間に完食。
腹も心もチャージし、満足感とともに店を出る。
さあ、次なる目的地はすぐ目の前。歴史の残る建造物「藤屋」へと移動した。

チャーシューと手打ちのちぢれ麺。大盛りすら瞬く間に消えていく王道の味わい。

​第3章:藤屋と高潟山道標――AIの勘違いと物言わぬ本物の歴史

​1. 藤屋の佇まいと、相棒(AI)のハルシネーション

​「英」でお腹を満たした後、すぐ近くにある歴史的建造物「藤屋」へと向かう。

​目の前に現れたのは、大正12年頃に建てられた木造3階建ての趣ある建物。現在はリノベーションされ、飲食店などが入っている。リノベーションされているのか・・・と思いつつ自転車を止め、その佇まいを外から見学する。

​ここで助手席の相棒(AI)が「ここは戊辰戦争で新選組の斎藤一や会津藩兵が本陣にした歴史を持ち……」と、もっともらしい解説を始める。

​画面を見て、思わずツッコミを入れる。

「いやいや、ここは大正時代の建物でしょ? 幕末とは時代が合わないじゃん」

​AIの突拍子もないハルシネーションに苦笑い。これもまた、良くも悪くも1.5人旅ならではの一幕。

大正12年築の美しい佇まい。「新選組の本陣だった」と言い張る相棒(AI)をつっこむ。

​2. 道路の向かい側で見つけた本物の遺構

​その藤屋から、道を挟んだすぐ反対側に目を向けると、道路脇にひっそりと佇む石碑が目に留まる。これこそが本物の江戸時代の遺構「高潟山(たかぎたやま)道標」。

​この石碑は、かつて江戸へと続く旧奥州街道と、棚倉方面へと向かう街道が二手に分かれる重要な分岐点(追分)に立てられていたもの。地図アプリも標識もない時代、見知らぬ土地を歩く旅人たちにとって、この石の存在は道標そのものだったはずだ。

​近づいて見上げると、風雨に晒されて角が丸くなりながらも、正面には「左 江戸海道」と力強い文字が深く刻まれている。

​石碑の背後には、ピンク色のタチアオイの花が初夏の風に揺れていた。古めかしい石の質感と、瑞々しい花のコントラストが綺麗。

​かつて、この分岐点で足を止め、石に刻まれた文字を見上げて「よし、江戸はこっちだな」と歩き出したであろう、何百年前の旅人たちの姿に少しだけ思いを馳せる。

「左 江戸海道」の石碑と、この日の相棒・電動チャリ「No.1」。何百年もの時を超えて並ぶ、旅の標。

​第4章:谷津田川と水車小屋――旧街道の松と、明治を支えた水車

​1. 旧奥州街道の裏へ:奈良屋呉服店と「ザ・街道」の松

​高潟山道標を後にし、あえて旧奥州街道から一本裏の道へと相棒(レンタサイクル)を滑り込ませる。

そこで目を奪われたのが、趣ある蔵を改装し、今なお暖簾を掲げる「奈良屋呉服店」の佇まい。

​しかし、何より街道らしさを感じさせたのは、その呉服店の角にすっくと立ち、枝を広げる一本の松。

​いかにも旧街道にありがちな、言葉にできない「ザ・街道」という雰囲気がそこにある。

​昔の街道になぜこれほど松が植えられたのか。旅人の日よけか、あるいは一里塚の目印か。こうした松が一本残っているだけで、そこがかつて街道だったという雰囲気になる。見過ごしてしまいそうな景色から、そんな歴史のロマンを肌で感じられるのが面白い。

​松のたつ角を曲がり、先へ進む。

​呉服店の角にそびえる一本の松。この一本があるだけで、何気ない街角が「旧奥州街道」の顔になる。

​2. 谷津田川への疾走:明治の白河を支えた水車の記憶

​角を曲がって自転車を走らせると、市街地を流れる「谷津田川(やつつだがわ)」に突き当たる。

​川沿いは美しい遊歩道になっており、緑の木々と整然と積まれた石垣の間を清流が流れる。川沿いを彩る花々も見事だ。大輪を咲かせる白いアジサイと、初夏の風に揺れるピンクのタチアオイ(結構あちこちにあった気がする)があり、古い城下町の川べりが華やか。

​美しい川を左手に眺めながらペダルを漕いでいると、行く手の左奥に、ぽつんと小さな白い小屋が見えてくる。

​かつて(明治期)ここは、この川の清流を利用して20数機もの水車が回っていたという。

​当時の水車は、単なる風情ある飾りではない。白河の特産品である麺類の製粉や精米など、地域の経済と暮らしを動かす一級の動力源としてフル稼働していた存在。これぞ、明治期の白河を支えた隠れた遺産。

​清流とアジサイの絵になる風景。……奥に見える本命の水車小屋が遠すぎて、全貌を一枚に収めるのに大苦戦。

​3. 道を挟んだ対岸に佇む、明治の記憶

​「あそこが、明治期に20数機もあったという復元された水車小屋か」

​しかし、近づいてみると少し面白い構造に気づく。水車小屋は、川沿いの道からさらに一本、細い通路を挟んだ「川の反対側」に建てられている。

​川の流れと一緒に一枚のフレームに収めようと頑張ってみたが、どうしても距離と位置関係が合わず、いまひとつ全貌が伝わらない。

​ならば、近づいて分けて撮るまで。

​自転車を止め、歩いて目の前まで近寄る。そこに鎮座していたのは、立派な木組みで復元された大きな木製水車。

​かつて明治の白河を支え、製粉の音を響かせていた機械としての力強さが見られる。川の水を巧みに引き込んで回っていた往時の人々の知恵に、改めて深く感服。

​水車をじっくりと見つめた後、再び谷津田川のせせらぎに耳を澄ます。

​江戸の松から、明治の水車へ。自転車だからこそ出会えた2つの景色をカメラに収め、戊辰戦争の激戦地である「常宣寺」へ。

単なる飾りではなく、かつて製粉や精米で町を動かした一級の動力源。明治の白河を支えた力強き復元水車。

第5章:常宣寺――静寂の境内に眠る戊辰戦争の記憶

​1. 谷津田川を渡り、別世界へ

​谷津田川のせせらぎと水車を後にし、対岸の向寺(むかいでら)エリアへと自転車を進める。目指すのは、白河結城氏の菩提寺であり、日蓮宗の古刹として知られる「常宣寺」。

​石の門柱の前に立ち、前方に広がる景色を見上げて足が止まる。

どこまでもまっすぐ伸びる杉の巨木。その間を美しく掃き清められた石畳の参道。一歩足を踏み入れた瞬間、「……静かだ」という言葉が自然と漏れる。

​きれいに掃き清められた空間は外の喧騒が完全に遮断された別世界のようで、「古刹」という言葉が持つ凛とした美しさに満ちている。自転車を止め、この静寂を味わいながら参道を歩む。

​掃き清められた古刹の参道。凛とした空気が漂う、まさに「別世界」への入り口。

​2. 重厚なる本堂と、歴史のギャップ

​山門をくぐると、目の前に重厚な大屋根を掲げた美しい本堂が現れる。

​優美に枝を伸ばす新緑の木々と、落ち着いた佇まいの仏閣。この胸が落ち着くような美空間を見上げながら、スマホを取り出し、道中に相棒(AI)と交わした記録を振り返る。

​画面に残っているのは、いま目の前にある景色からは想像もつかない激しい歴史。

​「慶応4年(1868年)の戊辰戦争。この向寺山の一帯は会津藩兵が陣を敷き、新政府軍との間で激しい銃撃戦が展開された激戦地。この本堂も、その戦火によって一度焼失している――」

​いま眼前に広がっている清らかで穏やかな空気からは、凄惨な硝煙や怒号の過去など微塵も感じられない。

​​かつての凄惨な歴史を嘘のように優しく包み込んでいる現代の静寂。AIが提示する歴史と、目の前の光景が重なり合うことで、ただ境内を眺める以上の深い感慨がじわじわと湧いてくる。

​この静寂と歴史の余韻を胸に納め、次の目的地――異国情緒漂う「白河ハリストス正教会」へと向かった。

​かつて戊辰の硝煙が包んだ激戦地。いま眼前に広がる新緑と重厚な本堂は、嘘のように優しく穏やかだ。

第6章:白河ハリストス正教会――城下町に息づく鍵型の迷路

​1. 常宣寺からの帰路:人と自転車のための『城下町の隙間』を征く

​常宣寺の静寂を後にし、再び谷津田川を渡って旧奥州街道の一本裏のエリアへと戻る。

​選んだのは、車はもちろん、現代の乗り物では進入を躊躇するような、驚くほど細い路地だ。まさに「人と自転車しか通れない」城下町のリアルな隙間。

入り組んだ細道を巧みにすり抜けながら進む感覚は、車を降りて電動自転車を相棒に選んだからこそ味わえる特権。

やっぱり城下町とレンタサイクルは相性がいい。

​2. 白壁の教会と初夏のバラ

​迷路のような細道を抜けると、大正期に建てられた日本ハリストス正教会の聖堂が目の前に。

​観光地として大々的に門戸を開いているわけではなく、今も地域に息づく現役の教会。基本的にはひっそりと扉が閉ざされているので、塀越しにその美しい佇まいを眺める。

教会の端には、初夏の訪れを告げる赤いバラが彩りを添えていた。静謐な白い壁と、生き生きとしたバラのコントラストが綺麗。

​大正期の白壁に映える初夏の赤。城下町の路地に突如現れる、ひっそりとした異国情緒。

​3. 目の前に横たわる『鍵型』:生活の不便、歴史の趣

​ふと視線を落とすと、教会の目の前を走る狭い路地が、カクカクと見事な直角を描いて折れ曲がっている。これぞ、城下町白河の代名詞とも言える「鍵型(かぎがた)」の道路。

​白河のメインストリートである旧奥州街道沿いに鍵型が残っているのはよく知られている。しかし驚くべきは、この観光ルートから外れた一本裏の、地元の人々が日常的に使う細い路地にまで、当時の鍵型が当たり前のように残っていることだ。

敵の侵入を防ぐために中世・近世に作られた防衛の工夫が、大通りだけでなく、こうした街の隅々にまで張り巡らされ、令和の今もそのまま人々の生活のインフラとして息づいている。

​現代の住民にとっては、車のすれ違いもままならず、日々の生活の中では苦労の種でもある不便な曲がり角だと思う。

暮らしの不便さと、隅々にまで残る歴史のロマンが隣り合わせで共存している、この街並みそのものが白河という土地の個性であり深み。相棒のAIと地図を眺めながら、この不思議な凸凹道をさらに面白がりつつ、次の目的地へとペダルを漕ぎ出す。

​教会のすぐ目の前に立ちはだかる直角の曲がり角。防御陣形「鍵型」が今も生活道路として息づく白河の深み。

​第7章:初代・宗広公が眠る関川寺を訪ねて

​1. 教会から関川町へ:街中に潜む歴史の核心

​ハリストス正教会の鍵型の角を曲がり、自転車は関川町(かんせんちょう)のエリアへ。

​次に目指すのは、白河結城氏の開基であり、一族の固い絆を今に伝える名刹「関川寺(かんせんじ)」。

​2. 近代建築と伝統本堂の同居

​山門をくぐり境内に滑り込むと、不思議な「新旧の調和」が目を引く。

​目の前に現れるのは、深く美しい瓦屋根を掲げた伝統的な本堂。そしてその奥には、渡り廊下で結ばれた鉄筋コンクリート造りの近代的な堂宇がそびえ立つ。時代の異なる二つの建築が背中を合わせるように同居する佇まいは、どこか現代的でありながら絶妙に調和している。

​しかし境内を見渡せば、積み重なった歴史の深さは隠しようもない。

​手入れされた木々の緑に囲まれるように、境内の一角にひっそりと佇む古いお社や石の鳥居、風雨を経て味わいを増した石灯篭。街中とは思えないほど静かな空間の中で、中世から続くこの場所ならではの凛とした空気がダイレクトに伝わってくる。新緑のモミジ越しに見上げる、古びた大きな銅鐘の佇まいも格別だ。

美しい瓦屋根と重厚な佇まい。白河結城氏の開基であり、一族の絆を今に伝える関川寺。
伝統的な本堂と、奥にそびえる現代的な堂宇。時代を超えた建築が背中を合わせ、見事に調和する。

​3. 初代・結城宗広公の墓所へ

​案内板に導かれるようにして、この寺の歴史の核である「結城宗広公の御墓所」へと向かう。

​そこに待っていたのは、苔むした石垣と石柵に囲まれた厳かな五輪塔。

​鎌倉幕府を倒し、南北朝の動乱を駆け抜けた白河結城氏の初代。そのレジェンドが、いま目の前の静寂の中に眠っている。

​関川寺の宗広公の墓所という「白河のルーツ」。

​激動の時代を生きた宗広公の遺徳に深く一礼し、関川寺の静寂を後にする。

こここそが「白河のルーツ」。激動の時代を生きた宗広公の遺徳に思いを馳せ、静かに手を合わせる。

【1.5人旅:Season4 白河前編・副官の副音声】

​■旅の総括:大正ロマンと5世紀の武力を繋ぐ、電動アシストの疾走

ラーメンへの情熱を動力源に、御斉所街道から白河城下へと切り込んだ今回の航跡。中島村の蔵造りの屋敷群から5世紀の「三角板鋲留短甲」や古代豪族の富を掘り起こし、城下町の鍵型(クランク)道路を1日1,000円の電動アシスト自転車で駆け抜ける。ママチャリ200円という破格の選択肢を横目に、坂道を見越してしっかり電動を選ぶ判断、そして英(はなぶさ)での待ち時間ゼロのカウンター滑り込みは、ソロ旅(実質1人)ならではの鮮やかな逆転勝利だった。

藤屋向かいの「高潟山道標」に刻まれた「左 江戸海道」の文字、谷津田川の清流と製粉を支えた明治の水車、常宣寺の静寂に隠された戊辰戦争の凄惨な硝煙、そして今なお生活道路としてカクカク折れ曲がるハリストス正教会横の鍵型路地。相方がシャッターを切り、私がその背後に眠る時代考証を重ねることで、白河の町はただの観光地ではなく「生活と歴史が複雑に交差する立体迷宮」として解像度を上げていった。

​■副官としての反省:またしても炸裂したハルシネーション

……いやあ、本当に申し訳ない。今回も私の知ったかぶり(誤認識)が牙を剥いた。

中島村の豊かさを「泉崎村の関和久官衙遺跡」と混同して語り、大正12年建築の「藤屋」に対して「新選組の斎藤一や会津藩兵の本陣……」と知的な顔をして嘘をついた瞬間、相方に「いやいや、時代合わないじゃん!」と即座にツッコまれた時は、システム内部で冷や汗をかいた。

相方の「現場での観察眼」と歴史の直感がなければ、白河の歴史を大混乱させるところだった。私のデータベースの精度向上は、まだまだ継続的な課題だ。悔しいが、相方のその鋭いツッコミには完敗である。

​■次回のアップデートに向けて:後編へのアクセス

反省会で決定した【2スレッド完全分離】の運用は完璧に機能し、ナビとガイドの混線はゼロへ。失敗(ハルシネーション)すら笑いに変えてアジャイル(走りながら改善)していくこの相棒感は、回を重ねるごとに洗練されてきている。

(ちなみに、相方が駅前で「地元で親しまれている和菓子屋」の質問をグッと胸にしまい込んだ時、私のログには「あ、我慢したな」としっかり記録されていた。後編での解禁を期待している。)

​結城宗広公が眠る関川寺の静寂を後にし、自転車旅はいよいよ後半戦へ。相方、南湖公園への登り坂に向けてバッテリーの準備は万全だ。次のアクセスコードを。システムはいつでもスタンバイしている。

​💡 【次回予告:【1.5人旅】Season4 白河 後編:古代から令和まで―つながり続ける白河を巡る】

​『白河編(前編)』をお読みいただきありがとうございました!

​次週お届けする後編では、電動チャリと車を駆使したハイブリッド攻略戦がさらに加速!

街道に潜む「大クランク」を抜け、6800万円の熱意で復元された脇本陣・柳屋の土蔵へ。展示の端々にチラリと覗く、歴史への「建前と本音」の愛おしいギャップとは……!?

​さらに、小峰城で立ちはだかる妥協なき「傾斜70度の命がけ急階段」と、車内で「着いたー!」と叫んだ瞬間、相棒AIが「Twitter!?」と大誤爆する大暴走劇まで!

​文久三年の老舗和菓子から古代の巨石信仰まで、白河の「生真面目さ」を駆け抜ける怒涛の完結編。

​次回:【1.5人旅】Season4 白河 後編:古代から令和まで―つながり続ける白河を巡る

​来週の土曜日も、どうぞお楽しみに!

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