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AI物語:第7話 またしても冬が来た――AIへの期待が崩れた理由

1980年代、エキスパートシステムによって再び大きな期待を集めたAI。
しかし、人間の知識をルールとしてコンピューターに教える方法には限界がありました。ルールが増えるほど複雑になる。例外が増える。専門家の経験をルールに変換することも難しい。そして1990年代、AIは再び「AIの冬」と呼ばれる厳しい時代を迎えます。けれど、この失敗はAI研究を終わらせませんでした。研究者たちは、別の方向へ目を向けます。
「人間がルールを教えるのではなく、AI自身にデータから学ばせる。」
やがてインターネットが広がり、世界には膨大なデータが生まれていきます。AI復活のための条件が、少しずつ揃い始めていました。


1980年代。人工知能は、再び大きな脚光を浴びていました。エキスパートシステムです。医師や技術者など、人間の専門家が持つ知識をコンピューターに大量に組み込む。
「この条件なら、こう判断する。」
そんなルールを蓄積していけば、コンピューターは専門家のように判断できる。企業も政府も、その可能性に期待しました。

エキスパートシステムの限界

ところが――次第に、奇妙な問題が見えてきます。知識を増やせば増やすほど、システムは賢くなる。そう思われていました。しかし実際には、知識が増えるほど、管理するのが難しくなっていったのです。一つのルールを追加すると、別のルールと矛盾する。例外が見つかれば、新しいルールが必要になる。その新しいルールが、また別の問題を生む。そして現実の世界では、「例外」が次々に起こります。人間なら、その場の状況を見ながら柔軟に判断できます。でも、決められたルールに頼るシステムには、それが難しかった。

ルールがルールを呼ぶ

さらに大きな問題がありました。専門家の知識を、誰がコンピューターに入力するのか。専門家が何十年もかけて身につけた経験を、一つ一つ質問して、整理して、ルールに変換しなければなりません。これは非常に時間のかかる仕事でした。「知識獲得のボトルネック」と呼ばれる問題です。

知識獲得のボトルネック

そして、コンピューターそのものも万能ではありませんでした。大量の情報を処理する能力には限界がある。必要なデータをすぐに集めることも難しい。今のように、世界中の情報へ瞬時にアクセスできる時代ではありませんでした。こうして、1980年代に膨らんだAIへの期待は、少しずつしぼんでいきます。

「AIはすぐに人間のようになる。」そんな予想とは裏腹に、現実のAIは、狭い領域では役立っても、柔軟に考えることはできませんでした。企業は高価なAIシステムの導入を見直し始めます。研究への熱気も弱くなっていきます。そして1990年代に入るころには、AIは再び厳しい時代を迎えていました。二度目の「AIの冬」です。

二度目のAIの冬

しかし――ここで、AIの物語を終わらせなかった人々がいました。彼らは、ある疑問を持ち始めます。これまでのAIは、「人間が知識を教える」ことに頼りすぎていたのではないか。だったら――最初からすべてのルールを人間が書くのではなく、コンピューター自身に、データから学ばせればいい。

冬の中でも研究を続ける

この発想は、決して突然生まれたものではありません。何十年も前から、機械学習やニューラルネットワークの研究は続いていました。ただ、それを大きく発展させるためには、大量のデータ。強力なコンピューター。そして新しいアルゴリズム。この三つが必要でした。

インターネットと大量データ

1990年代から2000年代。インターネットが急速に広がり始めます。世界中で、これまでとは比較にならないほど大量のデータが生まれ始めました。AIにとって、これはまったく新しい時代の始まりでした。長い冬の向こう側で、「学ぶAI」が、静かに目を覚まそうとしていたのです。

学ぶAIの目覚め

次回予告 第8話「コンピューターが『経験』から学び始めた」
1990年代。AI研究は、静かな方向転換を始めていました。もう、人間がすべてのルールを書く必要はない。大量のデータを与えれば、コンピューター自身がパターンを見つけられるのではないか。迷惑メールを見分ける。音声を認識する。検索結果を予測する。画像を分類する。AIは、少しずつ現実の生活の中へ入り始めます。そして、この「データから学ぶ」という考え方が、
後に世界を変えるディープラーニングへとつながっていくのです。


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監督:こう爺
お話とプロンプト:ChatGPT
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