「子どもは、まだサンタを信じているんです!」|ゲームの空箱を売った店が、2時間後に感謝された理由【後編】
夕方。
冬の空が、昼と夜の間で迷っているような色をしていました。
ある家の玄関前に、赤い服を着た男が立っています。
白いひげ。
赤い帽子。
腕に抱えているのは、一つのプレゼント。
今度こそ、間違いなく中身の入ったゲームです。
白いひげの奥で、男はこれから言う言葉を確かめていました。
「ゲームを入れ忘れてしまったんだ。ごめんね」
玄関の向こうにいるのは、小学一年生の子どもです。
その日の朝、サンタクロースから届いたプレゼントを開けました。
ところが、箱の中には何も入っていませんでした。
ゲームではなく、店頭に飾られていた盗難防止用の空箱だったのです。
その出来事から、まだ数時間しかたっていません。
子どもは知りません。
サンタクロースが、もう一度自分の家へやって来たことを。
そして、玄関の前に立つサンタの正体が——
昼まで私の店で働いていたスタッフであることを。
サンタは、ゆっくりと呼び鈴に手を伸ばしました。
この作戦が成功するかどうかは、誰にも分かりませんでした。
◆ 正解のない作戦会議
時間を、少しだけ巻き戻します。
お客様との電話を終えた直後、私はスタッフ全員を集めました。
店のミスによって、クリスマスプレゼントにゲームの空箱を渡して
しまったこと。
お子さんは小学一年生で、まだサンタクロースを信じていること。
そして、ご両親が激怒されていること。
すべてを伝えました。
本来なら、確認しなければならないことが山ほどあります。
誰が販売したのか。
なぜ、中身を確認しなかったのか。
どうしてダミーケースが、そのまま渡ってしまったのか。
けれど、それは今ではありません。
犯人を見つけても、空箱にゲームは入りません。
誰かを責めても、お子さんのクリスマスは戻ってきません。
今、考えるべきことは一つだけでした。
私たちは、この子のクリスマスに何ができるのか。
正しいゲームへ交換する。
普通なら、それが正解です。
しかし今回は、正しい商品を届けるだけでは足りませんでした。
店のスタッフがゲームを持っていけば、子どもは当然こう思うはずです。
「どうして、お店の人が持ってくるの?」
その瞬間、朝のプレゼントと店のミスがつながってしまいます。
ゲームは取り戻せても、サンタクロースへの疑問が残る。
商品には、交換という方法があります。
けれど、12月25日の朝には、返品も交換もありません。
一度しかない時間です。
バックヤードに集まった全員が、黙って考えていました。
時計の針だけが進んでいきます。
お客様は、私たちの返事を待っています。
子どもの前には、今も空箱が置かれているかもしれません。
急がなければならない。
けれど、もう一度間違えることは許されない。
焦りと沈黙の中から、やがて一つの答えが生まれました。
店の人が届けるから、おかしくなる。
それなら——サンタクロース本人に届けてもらえばいい。
誰かが冗談として言ったのではありません。
全員が、その案を本気で考えました。
サンタクロースに、もう一度来てもらう。
朝、入れ忘れてしまったゲームを、今度は直接届けてもらう。
それなら、子どもの中にいるサンタを壊さずに済むかもしれない。
商品を交換するためではありません。
クリスマスの続きを届けるための作戦でした。
◆ お客様が、作戦の仲間になった
ただし、どれほど良い案に思えても、店側だけで勝手に実行することは
できません。
知らないサンタクロースが突然家へ来れば、お子さんを喜ばせるどころか、怖がらせてしまうかもしれない。
ご両親の考えもあります。
私たちの自己満足で終わらせてはいけません。
私は、もう一度ご両親へ電話をかけました。
先ほどまで、激しい怒りを向けられていた相手です。
緊張しなかったと言えば、嘘になります。
私は改めて、店のミスをお詫びしました。
そのうえで、私たちが考えたことを、飾らずにお伝えしました。
正しい商品へ交換するだけで終わらせたくないこと。
お子さんが信じているサンタクロースを、私たちの失敗で
壊したくないこと。
スタッフがサンタクロースに扮し、直接ゲームを届けに行きたいこと。
許してもらうための演出ではありません。
店の評判を守るためでもありません。
朝の出来事を、お子さんの中で悲しい思い出のまま終わらせたく
なかったのです。
ご両親は、私たちの話を聞いてくださいました。
そして、サプライズ訪問を了承してくださっただけでなく、お子さんへ
何と伝えるかまで一緒に考えてくださいました。
そこで生まれたのが、一つの小さな物語です。
サンタクロースは、朝のプレゼントにゲームを入れ忘れてしまった。
忘れたことに気づいたから、もう一度直接届けに来た。
サンタがお子さんへ伝える言葉も決まりました。
「ごめんね。サンタさん、ゲームを入れ忘れてしまったんだ」
「だから、もう一度、君のところへ届けに来たよ」
電話をかけたとき、ご両親はクレームを受けた店と、被害を受けた
お客様でした。
しかし、電話を終える頃には違いました。
私たちとご両親は、一つの物語を一緒につくっていました。
子どもの夢を守る、同じ作戦の仲間になっていたのです。
信頼が戻ったのは、翌日のことではなかったのかもしれません。
まだゲームを届ける前。
ご両親が私たちの思いを受け止め、一緒に方法を考えてくださった
あの瞬間から、少しずつ始まっていたのだと思います。
◆ サンタクロースを探せ
物語は決まりました。
次に必要なのは、サンタクロースです。
スタッフを見渡すと、サンタの衣装がよく似合いそうな体型の人が
一人いました。
この日だけは、役職も接客経験も関係ありません。
必要なのは、説得力のあるサンタらしさです。
人選は、ほとんど満場一致でした(笑)。
本人も、突然の大役を引き受けてくれました。
赤い衣装を着る。
白いひげをつける。
中身を何度も確認したゲームを持つ。
そして、少し薄暗くなった夕方に、お子さんの家を訪ねる。
準備を進めたのは、サンタ役のスタッフだけではありません。
正しい商品を確認する人。
衣装を用意する人。
お客様との連絡を確認する人。
訪問する時間を調整する人。
店長。
社員。
アルバイトスタッフ。
そして、お子さんのご両親。
気づけば、この作戦には十数名の大人が関わっていました。
普段なら、立場も仕事も責任も違う人たちです。
けれど、あのときは誰も、
「それは自分の担当ではない」
とは言いませんでした。
誰のミスだったのか。
誰が評価されるのか。
そんなことは、どうでもよくなっていました。
全員が見ていたのは、会ったこともない小学一年生の子どもでした。
この子の夢を、私たちのミスで終わらせたくない。
それだけでした。
大人が十数名集まり、一人の子どものために本気でサンタクロースの作戦を考える。
冷静に考えれば、少し不思議な光景です。
しかし、誰も笑いませんでした。
全員、本気だったからです。
◆ サンタが、もう一度やって来た
そして、夕方。
赤い衣装に身を包んだスタッフが、お子さんの家へ向かいました。
朝、空箱を開けた子どもは、何も知りません。
まもなく自分の家にサンタクロースが現れることも。
大勢の大人が、自分のために走り回っていたことも。
玄関先で、サンタはお子さんと対面しました。
そして、決めていた言葉を伝えました。
「ごめんね」
「サンタさん、ゲームを入れ忘れてしまったんだ」
「だから、もう一度、君のところへ届けに来たよ」
差し出したのは、今度こそ中身の入ったゲームです。
お子さんは——
目を大きく見開いて、大喜びしてくれました。
朝の悲しさを、すべて消すことができたのかは分かりません。
起きてしまった出来事を、なかったことにもできません。
それでも目の前に現れたサンタクロースを喜び、プレゼントを
受け取ってくれました。
最後には、サンタと一緒に写真も撮りました。
その写真に写ったサンタが、本当は店のスタッフであることを、
お子さんは知りません。
衣装の向こう側に、十数名の大人の思いがあったことも知りません。
知らなくていいのだと思います。
子どもにとって大切なのは、大人たちの努力ではありません。
サンタクロースが、自分のために戻ってきてくれたことです。
その日、その子の家にはサンタが二度やって来ました。
一度目は、空箱を置いていったサンタ。
二度目は、忘れ物に気づき、もう一度来てくれたサンタ。
私たちが壊しかけたクリスマスは、
「サンタが家まで会いに来てくれたクリスマス」へと変わりました。
◆ 同じ電話から聞こえた、違う声
翌日、店の電話が鳴りました。
お子さんのお母さんからでした。
前日と同じ電話です。
けれど、そこから聞こえてきたのは、前日とはまったく違う声でした。
怒りを伝えるためではありません。
昨日の出来事への感謝を伝えるための電話でした。
店のミスが消えたわけではありません。
空箱を渡した事実も変わりません。
それでも私たちの思いと行動を受け止め、感謝の言葉をくださいました。
電話を終えたあと、私はすぐにスタッフの顔を思い浮かべました。
サンタ役を引き受けた人。
子どもの気持ちを想像し、意見を出してくれた人。
自分の担当にこだわらず、動いてくれた人。
そして、私たちをもう一度信じ、作戦に加わってくださったご両親。
誰か一人の力で取り戻した信頼ではありません。
みんなの思いが途中で途切れず、最後までつながったからこそ、生まれた結果でした。
◆ トラブルがつくった、もう一つのもの
あの出来事によって生まれたのは、お客様との信頼だけではありません。
店の中にも、それまでとは違う空気が生まれました。
大きな問題が起きたとき、人は自分を守りたくなります。
自分の責任ではないと言いたくなる。
間違えた人を探し、そこへ原因も感情も押しつけたくなる。
けれど、あの日のスタッフは違いました。
「誰がやったのか」より先に、
「自分に何ができるのか」
を考えてくれました。
同じ問題へ本気で向き合った人たちの間には、会議や研修だけでは
生まれない信頼があります。
一緒に成功したからではありません。
一度は失敗した場所から、誰も逃げずに一緒に走ったからです。
トラブルは、店の弱さをむき出しにします。
しかし同時に、そこで働く人たちが持っている強さも、隠しきれないほど
はっきりと見せてくれます。
私はあの日、スタッフをまとめたのではありません。
むしろ、スタッフ全員の行動に、店長である私が支えられていました。
子どものクリスマスを取り戻すために動いた二時間は、私たちの店に新しい団結力を残してくれました。
◆ 空箱に残されたもの
もちろん、私はクレームそのものを喜んでいるわけではありません。
失敗は、ないほうがいい。
お客様を悲しませることも、スタッフが苦しむことも、起きないほうが
いい。
けれど、失敗が起きた瞬間に、すべてが終わるわけではありません。
本当に終わるのは、相手が失ったものを見ようとすることまで、
私たちがやめてしまったときです。
商品だけを見るのか。
その向こうにある気持ちまで見るのか。
誰かを責めて終わるのか。
自分にできることを持ち寄るのか。
クレーム対応とは、上手に謝る技術だけではありません。
失ったものが何だったのかを考え、
それを取り戻すために行動することです。
あのクリスマスプレゼントの箱に、ゲームは入っていませんでした。
中身は空でした。
けれど、その空箱から、お客様との新しい信頼が生まれました。
スタッフ同士の連携が生まれました。
一つの目的へ向かう、チームが生まれました。
12月25日。
一人の子どものもとへ、サンタクロースは二度やって来ました。
一度目のサンタは、ゲームを忘れました。
けれど、二度目のサンタは、もっと大切なものを忘れませんでした。
子どもの夢に、大人が本気で向き合うこと。
失敗した事実は消せません。
けれど、その失敗を物語の最後にするかどうかは、そのあとの行動で変えられます。
私たちの店が渡してしまったのは、空箱でした。
それでも最後に、お子さんの記憶へ残ったものが、
「ゲームが入っていなかったクリスマス」ではなく、
「サンタが、もう一度会いに来てくれたクリスマス」
であってほしい。
今でも私は、そう願っています。
今日もまた、誰か一人の心に、小さな火が灯ることを願っています。
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