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【連続小説】2025クライシスの向こう側15話

 連続小説 on note 『2025クライシスの向こう側』
第2部 クライシスの向こう側で

第15話 ワタシは静かにムカついていた


1 あゝアイソン

広い芝生が広がる公園。
木々や花々がそよ風に揺れている。
起伏のある地形が、
まるで古き良きディズニー映画のような
奥行きを感じさせる。

大きな木の下。
木漏れ日を浴びて、
ベンチに座り談笑している
パパとアイソンがいる。

二人に近づこうと、
ワタシは駆け出そうとする。
でも、
いくら懸命に走っても二人には近づけない。
二人はどんどん遠ざかり、
やがて視界から消えてしまった。

何もかもを失った世界で、呆然と立ち尽くす。
気づくと、景色も、音も、温度も、
すべてが消え失せている。
足元に地面すら感じない。
何もなく、誰もいない世界。
ワタシは怯えるただの少女だった。

目覚めると、ワタシは涙を流していた。
夢だった。とても悲しい夢。

そしてさらなる不安がワタシを襲う。
横にいるはずのアイソンがいないのだ。
見知らぬ街で迷子になったかのような不安。

病室を見回し、ワタシは素早くベッドから飛び出す。
「アイソン? どこ?」
思わず声が出た。

物音のしない病室。
私はトイレのスライドドアを開ける。
真っ暗で誰もいない。
静かすぎる黒い闇に包まれたトイレ。
ドアを開けたまま、
ワタシは病室から飛び出した。

長い廊下に出る。
右も左も、人影はない。
どうしていいかわからず、
しばらくそこに立ち尽くしていた。

気を取り直して、
病室に戻ったワタシは、窓の外を見た。

この2週間余りの出来事を思い返す。

ワタシの前に現れたアイソン。
幼いワタシに影響を与えた作家。
そしてワタシたちは、
奇跡のような7日間を駆け抜けた。

ワタシの初恋の人。
世界で一番大切な人。

彼はワタシを庇い、あの男に刺された。
身体中の血の気が引いていく。
底のない暗闇に、
どこまでも落ちていくようだった。

病院へと向かう救急車の中で、
パパの時と同じように、自分の無力さを呪った。

その、どうしようもない無力感の中で、
ワタシの耳が彼の声を、
心が彼の胸を、
目が彼の瞳を、
手のひらが彼の手のひらを、
再び取り戻すことを、ただただ祈った。

手術が終わり、
目を覚まさないアイソンを見ていると、
涙が溢れて止まらなかった。

こんなにも近くにいるのに、
まるで彼は、
果てしない宇宙の彼方を
旅しているように遠く感じた。

強く握り続けた彼の手は、
皮肉なほど温かかった。

「アイソン!目を覚まして!しっかり私を見て!そして抱きしめて!優しく『ただいま』って言って!」

そう心の中で何度も叫んだ。

アイソンが目を覚ましたとき、
心の底から、
もう二度と彼と離れたくないと思った。

そして強く、
「ああ、ワタシはアイソンがいなければ生きられない」
と感じた。

それからワタシは、
誰よりもアイソンのそばで彼を見張った。
二度と彼がいなくならないように。

ホテルの部屋には
シャワーと着替えのためだけに戻り、
ほとんどの時間を病室で過ごした。
夜は彼のベッドで一緒に眠った。
ずっと寄り添って、いろいろな話をした。
そして彼の世話をした。
幸せな時間だった。

病室の窓からは、月明かりに照らされた
病院の玄関の庇と車寄せが見える。

「アイソン、どこ行ったの……?」

ワタシはもう一度、廊下に出ようと
スライドドアの取っ手に手をかけた。
その時――

いつもの、あのスリッパを引きずる
足音が聞こえてきた。

ワタシは慌ててベッドに潜り込み、
なぜか寝たふりをした。
そして寝ぼけて
うっすら目覚めたふりまでしてしまった。

「どこ行ってたの?」

ベタな小芝居を打つワタシに、
アイソンは少しぎこちなく「トイレ」と答えた。

怪しい。アイソンは本当にわかりやすい。
なぜわざわざ外のトイレへ?
絶対、何かを隠している。



2 さよなら窓際のフレア

翌朝。
いつものようにシャワーを浴び、
着替えるためホテルへ向かった。
けれど、心は晴れない。モヤモヤしていた。

アイソンは、何を隠しているのだろう?

「ああーーーもうっ」
声に出してしまう。情けないワタシ。
ウジウジと昨夜のことを考え続けている。

クールでニヒルな“窓際のフレア”は、
どこへ行ってしまったのか?
だいたい、見知らぬ土地の夜の病院で、
一体何を隠すっていうのよ――。

そんな気分を吹き飛ばすように、
ワタシは頭を激しく振り、
バスタオルで濡れた髪を拭いた。
さらに気分を変えようと、
ウクレレをポロンと鳴らす。
浮かんだメロディーをたどってみる。

切なげなメロディー。
浮かんだ言葉は――「ねぇ、どうしたの?」

かつてあんなにもラブソングを書くことに
憧れたワタシは、いまや恋歌しか書けない
湿っぽい子になっていた。

「いかんいかん!」
そう声に出して、ウクレレをケースにしまい、
リュックを背負って、病院へと向かった。

道すがら、またしてもワタシは考える。

“ワタシは一体、何を気にしているんだ?”
“アイソンが何か隠し事をしているから?”
“でも、きっと大したことじゃないよ。うん、そうに決まってる!”
“アイソンに会ったら、いつものように笑顔でいよう!”

病院に着いたワタシは、ぎこちない笑顔で
「ちょっと売店行ってくるね」
と言い残して、3階の売店に向かった。

“ヤバっ、顔見たらなんだか気まずっ”

逃げるように病室を出てしまった。
戻ったら平常心で接しよう。
そう思って、
アイソンの好きなバニラアイスを2つ買った。

病室に戻るとすぐ、
看護師さんが包帯の交換にやって来た。
ワタシはアイスを一旦冷凍庫に入れる。

アイソンは看護師さんに、
「矢追先生は今日は来ないのか?」と訊ねていた。

……なんで、アイソンは
そんなに矢追先生のことを気にしてるの?

看護師さんによると、
矢追先生は東京に出張中で、
明明後日まで戻らないらしい。
包帯交換を終えた看護師さんが出て行く。

ワタシは冷凍庫からアイスを取り出しながら訊いた。

「ねぇ、矢追先生に何の用があったの?」

「あ、いや……別に」

明らかに怪しい。
やっぱり、何かを隠してる――。

ワタシは止まらなくなって、
昨夜のことを訊いてみた。
なぜ、わざわざ外のトイレに行ったのか?

するとアイソンは、
明らかに動揺しながら言った。
「運動不足だから、運動がてら……」

それ、下手なサスペンス映画で
犯人がする言い訳じゃん!
“僕は今、何かを隠してます”って、
額に紙を貼って歩いてるようなものだ。

「ふーん」
ワタシは平静を装い、アイスを渡す。

頭の中には「怪しい」という大きな文字が、
いくつも右から左へ流れていく。
ちらっとアイソンを見ると、
彼はこちらを見つめていた。

あ、空気を変えなきゃ――。

「さっきホテルに戻った時に、曲が浮かんだの」

「へえー、聴きたいな。聴かせてよ」

ワタシは黙って頷き、アイスを食べ終えてから、
ウクレレを取り出し、ソファに座って
ラララと適当な英語で口ずさむ。

意味もなく、涙が込み上げそうになる。

アイソンは言った。
「切なくてドキドキする。いい曲だよ」

ワタシは小さく「ありがと」と返す。

その時、友希から着信が入った。
「あ、友希からだ」
と言って、ワタシは病室を出た。

屋上で、友希と電話をする。
彼女はアイソンの具合を気にしてくれていた。
「もうすっかり元気で、来週には退院できるよ」と伝えると、
「ほんと? よかったー!」と喜んでくれた。

でもそのあと、
「その割に、フレア元気ないんじゃない?」
と、鋭く切り込んでくる。

ワタシは少しだけ素直になって、打ち明けた。

「なんかさ、ワタシばっかりアイソンに全部打ち明けてるのに、彼は全部話してくれてないような気がしてさ……」

すると友希は、テンションを上げて言った。

「ああ〜それってさ、好きすぎて不安ってやつじゃない?」

「そんなことないよ!」
と、思わず照れ隠し。

……ああ、友希とアイソンのおかげで、
完全に、ニヒルでクールな"窓際のフレアちゃん”は、
この世から抹消されてしまった。

消灯後。
いつものように、
アイソンと寄り添ってベッドに横になる。

ワタシは言った。
「ライブツアーを本格的に始めたいの」

「それはいいね!」
アイソンは優しく微笑んで言ってくれた。

彼の胸に顔を押し当て、
その匂いを胸いっぱいに吸い込む。

ああ、ワタシはこの匂いが好き。
ワタシは、アイソンが好き――。

そう思った瞬間、涙が込み上げてきた。
気づかれたくなくて、ずっと顔を埋めていた。

……そして、不覚にも眠ってしまった。
見張りの任務を怠って。

し、しまった!
ハッとして飛び起きると、
アイソンの姿がまた消えていた。

今夜こそ問い詰めてやる。

ワタシは廊下の端から端まで見て回る。
右奥、左奥の階段も探したが、姿はない。

無性に腹が立ってきた。

一度病室に戻ったワタシは、再び廊下へ。
病室の前に座り込む。

ここで待ってやる。
そして、問い詰めてやる。
何よ、心配かけて。

体感30分ほど経ったころ、
左奥の階段の方から、
あのスリッパの足音が聞こえてきた。

目を凝らすと、やはりアイソンだった。
彼は、自分の掌を見つめている。
まるで、そこに何かが乗っているかのように。

ワタシは立ち上がり、腕を組む。
目の前に来るまで、
アイソンはワタシに気づかない。

やがて、
ワタシの存在に気づくと、明らかに驚き、
何かをポケットに隠した。

ワタシは怒りを抑えて、静かに訊いた。

「今、何かポケットに隠したでしょう?」

「いや、隠してないよ」

「じゃあ、見せて」

彼はポケットの裏側まで見せたが、
何もなかった。おかしい……。

ワタシは無言で病室に戻り、ソファへ。
ほぼ新品の枕と布団をかぶって黙った。

翌朝、ワタシたちはほとんど口をきかなかった。

朝食の時間、ワタシはホテルへ。
シャワーを終え、携帯をベッドに置いたまま、
外に出た。

近くのカフェで、
タマゴサンドとコーヒーを頼む。
その後、一人で近くのお城へ行った。

ワタシは静かに、ムカついていた。

何かを隠しているアイソンに。
そして、それを問いただすことすら
できずに、ウジウジしている自分に。

夕方、朝と同じカフェでペペロンチーノを
食べたワタシは、病院へ向かった。
もう、拗ねている場合ではない。
訊かなきゃ――。



3 夜の散歩道

病室に入ると、
アイソンはパジャマからパーカーとデニムに
着替え、ベッドに腰掛けていた。

彼は立ち上がり、ワタシを抱きしめて言った。

「ごめんね、フレア。僕が不安にさせちゃったね」

ワタシの瞳から、静かに涙がこぼれ落ちた。
アイソンはワタシの頬を
伝う涙を、指でそっと拭う。

「看護師さんに許可をもらったんだ。病院の敷地内に限ってだけど、散歩していいってさ。行こう、散歩に」

そう言って、彼はワタシの手を引いた。

アイソンと手を繋ぎ、夜の病院の庭を歩く。

穏やかな気持ちになった。
そしてワタシは思った。

こんなにも誰かを好きになることで、
こんなにも不安にもなるんだな――

切ない。でも、なぜかあたたかい。

ワタシはきっと、
確かな“何か”が欲しかったのだろう。

でも今、思う。
“確かなこと”なんて、
もしかしたら何もないのかもしれない。

もしあるとすれば――

それは、
ワタシはただ、
まっすぐにアイソンを好きだということ。
そして、結んだアイソンの手の温もりだけ。

その時、アイソンが立ち止まった。
ワタシは少し驚いて、彼の顔を見上げた――。


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