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Radiohead”Hail to The Thief”が時を超えて2025年に鳴らす警鐘

(2026.1.1加筆修正)

2025年8月、Radioheadの”Hail to the thief live recordings 2003-2009”がリリースされた。
これがとても良かった。

オリジナル盤が2003年にリリースされた”Hail to the thief”は、二十世紀を代表するロック・バンドとさえ言われる彼らのディスコグラフィーの中でも最も評価に困る作品と言えるかもしれない。

アルバムとしての完成度、トータル性、緻密に構築された音楽性、そして時代を映す予言的なメッセージ性。
そういった面で確固とした評価を得てきたRadioheadの他のアルバムに比べると、どうにも不完全でラフ、荒々しく混乱した印象を受ける。
楽曲のバラエティが豊かな反面、そこには統一性が欠け、勢い任せで録音した曲を入るだけ入れてしまった詰め合わせのようにも見える。

しかし逆に言えば、そのラフさ、前後の作品にはない「スキ」の多さ、即興的なアイデア、あけすけな心情吐露こそ、現在フロントマンのトム・ヨークと右腕ジョニー・グリーンウッドが”The Smile”というバンドでやろうとしている方向性に近い作品だったのではないかと思える。

またいつになく直截的な政治的メッセージは、トム・ヨークのソロ作(例えばイラク戦争当時、政府の「大量破壊兵器の発見」に関わった学者が遺体で発見された闇を歌った”Harrowdown Hill”)にも受け継がれている。


さて、本題に入ろう。というのは、この”Hail to The Thief”というアルバムは、ライブ・パフォーマンスというプリミティヴな表現方法において初めて真価を発揮する作品なのではないか、というのがまず一つの本題。

もう一つはRadiohead が22年前に発表したこのアルバムのメッセージ性が、この2025年という時代に少しも色褪せていないのではないか。そのような視点から、改めて個々の楽曲を聴きながら考えてみたいと思う。

また、せっかくなので今ライブ・バージョンを聴いた時の評価を5段階の点数でつけてみる、という怒られそうなこともやってみたい。

1.2+2=5 ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

「君は世界を正しく導けるだなんて夢を見ているのか?」誰かに向かって皮肉を込めて問いかける、不穏で荒々しいオープニングナンバー。
ジョージ・オーウェル「1984年」という、ディストピアを象徴するこの上なく直球な引用をする時点で、言いたいことは明白な曲。
「もう手遅れだ だって誰も何の注意も払わなかったんだから」

怒りに満ちた告発は、この世界-「2+2が永遠に5となり続ける世界」-になる前兆に気づくことのできなかった自分自身に向けられたもの。
誰もが国家元首万歳、盗人万歳と言う。でも僕は違うんだ!
アンプに接続されたエレキギターの粗雑な音から始まる雰囲気通り、この曲はLiveで演奏するために作られた曲だろう。

2.Sit Down, Stand Up ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

1曲目に続く、より苛烈な曲。マシナリーなビートとピアノの催眠的なリフレインに乗せられた、繰り返される単調で非人間的な命令に、従う以外の選択肢は残されていない。
「いつでもお前を消し去ることができるんだよ いつでも」
それでも服従とは甘美なものだ。その理由さえ考えなくてもよくなるのだから。
後半激しいドラムの連打とともに繰り返し呟かれる「ああ、雨粒」は、降り注ぐ銃弾のことだろうか。それとも、すべてが灰になった後の黒い雨のことだろうか?

3.Sail To The Moon ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

一転して優しく穏やかなピアノの伴奏とともに、「月に出航するんだ」と歌われる、とても美しいバラッド。ノアの洪水を下敷きに月という新天地への旅立ちを歌うこの曲は、もはや地上には安息の地はないという現実逃避願望の表れなのかもしれない。

4.Backdrifts ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

再びエレクトロニクス中心の、トランシーで脱力感漂う曲。歌われる内容も虚脱感満載だ。
巨大な力に一度飲み込まれれば、なす術もなく押し流されるのみ。Oh honey sweet, so full of sleep. そう、意識の眠りは心地よいのだ。
最終的には、すべてを諦め、受け入れるしかない。その先には、甘美な思考停止の世界が待っている。
R&B調の余白のあるリズムが心地よい佳曲だが、ライブ盤には収録されていない。なぜだ。

5.Go to sleep ⭐︎⭐︎⭐︎

酔っ払った勢いで作ったのか?と思うような勢い任せのロックンロール・トラック。ただただ「俺の屍を越えてゆけ」(“Over my dead body “)と連呼し続けている。
「俺は安心して眠りたいんだ この不安を洗い流してくれ」という叫びからは、相容れないものに対する恐怖と、それが呼び覚ます排他的な欲求を感じ取ることもできる。

6.Where I end and you begin⭐︎⭐︎

「人類の文明がどこで終わって次の生命による時代が始まるのか?」という壮大な問いを投げかける曲。
ただしこの曲は終始捕食者側の目線で描かれる。「我々は雲の上にいる、降りることはない」「分岐点があるとしても、それははるか遠く先の話だ」「お前を生きたまま食ってやる」。
「恐竜が地球を徘徊する」といった歌詞は過去作”Kid A”の”Optimistic”と地続きの比喩。同曲と同じく、地球環境を食い荒らして肥え太る利己的な経済成長至上主義への「君たちが思っているほど滅亡は先の話じゃないよ」という警句なのかもしれない。

7.We suck young blood ⭐︎

これまた捕食者・支配者目線の曲。若い血を貪る吸血鬼に喩えられたこの存在は、無知で身を守る術を持たない若者たちに群がり、ありとあらゆる手を使って搾取する。その血は金や肉体であり、彼らの未来そのものでもある。
「他人を支配する権力は、…苦しめることによってはじめて行使される」(「1984年」)
彼らにとっては搾取対象の苦悶こそが無上の快楽なのかもしれない。

8.The Gloaming ⭐︎⭐︎⭐︎

後半の幕開けとともに、終始不穏で不吉な低音のサイレンが鳴り続ける、何かのはじまりを告げる曲。
魔神が呼び出され、魔女が闊歩する。人殺しと叫ぶ声が響き、赤と青のランプが明滅する。
喩えに解説は必要ない。すでに戦争は始まり、非常ベルのボタンは押されたのだから。文明は中世に逆戻りし、高度な科学も経済学も政治理論も、もはや何の価値も持たない。
「黄昏の時が始まる」。

9.There, There ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

三連のドラムが嵐の雷鳴のように轟く、本作のクライマックス。「感じるからと言って そこにあるとは限らない」「セイレーンが君を難破させようと歌っている」。
混沌が生じ誰もが道に迷う時、それに乗じて何者かが正しい道を声高に示し、先導するかもしれない。でも彼らが吐く言葉は、君を暗礁に乗り上げさせるだろう。誰かか君の肩に乗っている。ほら、そこだ!
「僕達は起こるのを待っている災害だ」
そう、本当に危険なのは彼らではない。何のなすすべもなく惑わされ、ハーメルンの笛に付き従う我々普通の人々なのかもしれない。

ライブバージョンではRadioheadの曲でHey!コールという、場違いなサッカーアンセムみたいな盛り上がり方がちょっと笑えてしまう。

10.I Will ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

防空壕に身を横たえ、二度と手に入ることのない平穏さを夢見る男の独白。
「子供たちをこんな目には遭わせたくない」今この瞬間、どれほど多くの人々がそのように痛切に願っていることだろう。比喩ではなく、actualな状況として。
このアルバムの中で最も静かで最も短く、最も怒りに満ちた曲。
ライブバージョンではトム・ヨークの物哀しいファルセット・ボイスが最高に美しい弾き語りプロテスト・ソング。

12.Myxomatosis ⭐︎⭐︎

支離滅裂な言葉を朦朧とした意識で呟くようなカオスな楽曲。これもライブバージョンの方がいい。複雑で手数の多いドラミングは少しThe Smileのドラマー、トム・スキナーを連想させる。フィル・セルウェイもカッコいいな!

13.Scatterbrain ⭐︎⭐︎

嵐がやってきて、昨日のニュースはすべて吹き飛ばされる。
誰もがうすら馬鹿(scatterbrain)のように見える。でも何処かで「俺だけはそうじゃない」。
何十世紀の歴史を経ても、僕たちは愚かさから逃れられないのかもしれない。

14.A Wolf at the Door ⭐︎⭐︎⭐︎

トム・ヨークの詩作に顕著な病理である、パラノイア・神経症的な強迫観念の詰め合わせセットのような最終曲。
「赤ずきん」の童話を下敷きに、戸口に潜む狼がありとあらゆる種類の脅迫の言葉を投げかけてくる。
現代は詐欺と脅迫の時代だ。オレオレ詐欺、投資詐欺、霊感商法、フィッシング詐欺にランサムウェア、損害保険の不正請求、警察を名乗る逮捕詐欺。いつ何時、見知らぬ人間がSNS上の限られた友人しか知らないはずの個人情報をもとに本人や家族を脅してくるかわからない。
詐欺が本当に許されない犯罪なら、なんでそれがこんなに野放しに蔓延っているんだ?
彼(彼女)が閉じこもったまま出てこれない家は、我々の疑心暗鬼な精神状態そのものなのかもしれない。

最後に

このライブ・アルバムのリリースによって、”Hail To The Thief”というアルバムは初めて正当な評価が可能な作品になったのかもしれない。

それは同時に、この22年前の作品で取り上げられた問題が少しも解決していないこと、その当時以上に差し迫った問題として世界を覆っていることに嫌でも目を向けさせられることを意味している。

抵抗に意味はあるのだろうか。大きな流れを前にして個人の考えが何の力を持ちうるだろうか。
すでに起こったことはすでに起こったことだし、まだ起こっていないことはまだ起こっていない。それならば、あれこれ悩んだり心配したって時間の無駄なのではないだろうか。
誰よりもそれを自問自答し、答えを探し続けているのがRadiohead 、そしてトム・ヨークという人なのではないだろうか。

秋の夜長に、そんな彼らの悩みを共有してみるのも悪いことではないのかもしれない。


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