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僕が「この子は伸びる」と思ったのは、上手かったからじゃない

小学生の頃、特別に上手い選手ではなかった。
少し運動能力は高かったと思う。
でも、誰が見ても「この子はすごい」と思うようなプレーをする選手ではなかった。
それでも、僕はその子の成長が楽しみだった。
理由は、頭がよく働く子だったから。
僕は普段から、子どもたちに答えを教えることはあまりしない。
「ここではこうしなさい」と正解を伝えるのではなくて、周りを見ること。
体の向きを変えて、できるだけ広く周りを見ること。
そして、自分がこれからしようとしているプレーが、本当に成功するのかを考えること。
そういうことをかなり大切にしている。
その子は、そこがすごく上手かった。
僕が何かを伝えると、それを理解して、次のプレーから変えることができる。
これって、簡単そうに見えて、実はなかなかできない。
言われたことを聞くことと、それを自分のプレーに落とし込むことは、別のことだから。
ある日の試合でも、その子のそんなところがよく出た。
僕たちは、ゴールキックを遠くに蹴らせない。
近くの選手につないで、そこから前進していく。
もちろん、最初からうまくできるわけじゃない。
相手が前からプレッシャーをかけてくれば、そこでボールを失ってピンチになることもある。
点を獲られることもある。
負けることだってある。
それでも、僕たちは続ける。
できないからといって、すぐにやり方を変えるのではなく、できるようになるまでやる。
いつか、できるようになるから。
その日の相手は、かなり強烈なハイプレスをかけてくるチームだった。
いつものように近くにつなごうとしても、なかなか前進できない。
相手のプレスにはまってしまう。
そこで、そのとき練習していたフリックを使うことを伝えた。
ただ「フリックを使え」と言ったわけではない。
どこに動くのか。
いつ動くのか。
どのタイミングで使うのか。
そういうことを伝えた。
すると、その子は次のプレーで、それを見事に使った。
相手のハイプレスを抜け出した。
僕は、そのプレーを見て嬉しかった。
でも、本当に嬉しかったのは、その後だった。
その子の中に、フリックという新しい選択肢が増えた。
それまでなら、相手のプレスを受けたときに選べるプレーが限られていた。
でも、このプレーができるようになったことで、
「こういうときは、これもできる」
というものが一つ増えた。
そして、その後は仲間と打ち合わせまでしていた。
「こういう時はこうするから!」
自分から仲間に説明していた。
僕はそれを聞いて、すごく嬉しかったのを覚えている。
僕が教えたことを、そのままやっているんじゃない。
自分の中で理解して、自分の選択肢にして、今度は仲間と共有している。
それが、その子にとっての成長だったんだと思う。
初めてフリックが成功した試合が終わったあと、その子が嬉しそうに言った。
「やば!ほんまにいけた!」
その顔は、今でも覚えている。
たぶん、こういう瞬間があるから、僕は子どもたちを指導することが楽しいんだと思う。
教えたことができたから嬉しいんじゃない。
その子自身が、
「できた」
と感じる瞬間を見ることが嬉しい。
その子はその後、中学生になってからも僕のところでサッカーを続けてくれた。
ボランチとして中心選手になって、チームを支える選手になった。
小学生の頃から考えると、本当に大きく成長したと思う。
でも、僕が今振り返ってみても、最初からその子に特別な才能があったとは思っていない。
もちろん、運動能力は高かった。
でも、それだけじゃない。
僕が「この子は伸びる」と思ったのは、
自分に入ってきたものを理解して、
それを自分のプレーに変えることができたからだと思う。
子どもを見ていると、どうしても今できることに目がいく。
今どれくらい上手いのか。
今どれくらい速いのか。
今、試合でどれくらい活躍しているのか。
もちろん、それも大切だと思う。
でも、それだけを見ていると、その子のこれからは分からない。
今は普通に見える。
今はまだ試合で目立たない。
今はまだ、すごいプレーをするわけじゃない。
それでも、
「この子は、これからどれだけ変わっていくんだろう」
と思わせてくれる子がいる。
僕は、そういう子を見るのが好きだ。
子どもの今の姿だけを見るのではなくて、その先を見る。
今どれだけできるかではなくて、
これからどれだけできるようになるのか。
指導者として、そんなところを見ていたいと思っている。
そして、そんな子どもたちが、
「やば!ほんまにいけた!」
って笑う瞬間に立ち会えること。
それが、僕がこの仕事を続けている理由の一つなんだと思う。

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