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落語『犬の目』演:春風一力。


久しぶりにやってきました大須演芸場。

先の東京旅行で、浅草の寄席に行った記事を書きましたが、地元にも寄席がある。貴重な定席。昔は時々来ていたんだが最近ご無沙汰だった。
前回来たのは何年前? 廃業するとかしないとか言ってた、そのちょっと前だから……あっ、考えるのはやめましょう。

十一時開演、ということで十時四十五分ぐらいに入場したのだけど、もう高座は演っていた。
あれ? もう始まってるの? めくりの名前は「篭登」と。ポスターによれば、開演は十一時、最初の演者は春風一力……どういう事? 以前はどうだったっけ?
首をかしげながら、入場の際もらった小さいチラシを見ると、一力の前に「前座(交互)旭堂左燕・登龍亭篭登」と、小さい字で書かれている。
ああ……前座ってこういう扱いなんですね……芸道というのは厳しいモノですなあ……
我が推しのVtuber、儒烏風亭らでん氏は、春風亭一門に弟子入りしており、前座どころかその見習いだそうで。

やっぱり色々と厳しいのかしら。いじめられてないかしら。
なんだかスッゴク心配になってきちゃった。
……ちなみに彼女のファンには「親目線のオッサンが多い」らしいです。そんな奴までいるなんて、ますます心配……

(……いいかいみんな さんはいせえの「おまえだー!」)

落語『十徳』演:登龍亭篭登。

高座の若いお兄さん、盛り上がってきたところだった。
……「ようだ」と「ようだ」で「やあだ」……
『十徳』は、台本がキッチリ決まっていて、アドリブとか入らない。そのかわり、声の出し方だのキャラの演じ分けだの、基本的なトコがシッカリできてないとすぐばれる。そういう系統の噺。
篭登さん、言葉もハッキリ、所作もキビキビしてる。イイ感じじゃないですか。なにより、良く通って気持ちいい声だ。色々とキチンとしていて、安心して聞いていられる感じなのは、根が真面目な人なのかな? 前座噺の後ろ半分だけじゃこの程度の感想しか持てない。
もっと早く来ればよかったなあ。本当は、最初から観れたんだけど……ついつい、大須商店街をフラフラしちゃったんだよなあ……これはしたり。

ライブなら、放送やネットではできないネタもOK?

寄席がなかなか流行らなくなったってのは、色々理由はあるでしょうが、まあTVとか、娯楽が増えたと言うのが大きいんでしょうね。最近はYouTubeとかもあるし。
もちろん生の舞台というのは、格別なものだけど、それだけじゃあ……というワケで、TVやYouTubeじゃできないネタもチョイチョイ出てくるわけです。
幸い、古典落語ではヤバめのネタに事欠かない……放送やネットでは爆発炎上草一本残らず焼野原、それどころかコロニー落としレベルの大災厄間違いなしなんてヤツから、まず大丈夫だけど、敏感な人はアレッと思うかもしれない……そんな程度のモノまで、よりどりみどりいまそかり。

もっとも今回は、そこまでじゃない。人間に動物の体の一部が移植されるだけ……こう書くと、ヤバみが抽出されたみたいになるけど。
目を悪くした男、眼医者に行って、眼玉を抜いて洗ってハメなおす、という治療を受ける。しかし戻す前に、洗って干しておいた目玉が犬に食べられてしまい、代わりにその犬の目玉をハメる、というお話……あんまりヤバくないかな。肉体をいじくりまわす系の古典落語では、大人しい方です。

人体改造ネタはカラッとやる。

この眼医者、男や犬の目玉を引っこ抜くのもハメるのも、まるで壁の画鋲を抜き差しするような感覚で、サラリとやってしまう。男も男で、眼鏡を代えているような気楽さ。
まあそこが笑いどころと言えばそうなんだけど。

なんか既視感があると思っていたら……ドラえもんかな?
『手足七本目が三つ』というお話で「つけかえ手ぶくろ」というひみつ道具がでてくる。文字通り、この手袋をはめれば人体のパーツを外したりくっつけたりできる。「人体とりかえ機」というのもあったなあ。コレは任意の相手と同じパーツを交換するだけ。大きい機械だし、どこにでもいくつでもくっつけられる手袋の方が、技術的にははるかに上だろう。

筒井康隆の『馬は土曜に蒼ざめる』では、馬に人間の脳が移植される。タイトルは覚えてないけど、動物の臓器を移植された人間というのは、複数の作品で登場していたような……
人間の身体をバラバラにするのは、赤塚不二夫ほか、ドタバタナンセンス漫画の定番のギャグだった。真面目にやるのは『ブラック・ジャック』ぐらい。

ブラックなネタに絶妙のサジ加減!

かなり攻めたネタだとは思うのだけど、それに気づかせないくらい、カラリと仕上げている。上手いなあ。
「男の目を犬が食っちゃった」って、人間の肉を動物が食ったワケで、そう考えるとかなりエグイけど、わかんないうちに流されちゃう。ハイテンションなテンポのよさを、終わりまで一切緩めない。終始明るくハキハキした語り口で、笑顔を絶やさないけど、決して平坦じゃない表情の作り方。
これ以上、軽くなりすぎてもいけない、ちょうどいい感じ。
これは、放送やネットではできないなあ。炎上の危険があるネタ、という以上に、この絶妙にバランスが成り立っている雰囲気は、モニターを隔てていては作れない。
二つ目だというけど、こんなにこなれているものなのか。

尤も、この噺も前座の『十徳』と同じで、噺家がいじる部分はあんまりない、台本がちゃんと決まっているタイプ。
しかし『十徳』よりも、雰囲気作りがはるかに重要、というのはここまで述べたとおり。
やはりコレが、前座と二つ目の違いって事なのかな。

うん……次は、前座も最初から観られるよう、早くこよう。

次の出演はこちら。

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