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落語『宮戸川』演:春風亭三朝。

前回はこちら。


押しかけ女房タイプのラブコメ?

夜遅くまで出歩いていて家から閉め出された半七、伯父さんの家に転がり込んだら、どういうわけか、同じように閉め出された幼馴染のお花と一緒に、伯父さんの家の二階に上がる事になって……というお話。

ついてこようとするお花を、必死で追い返そうとする半七、伯父さんは、若い男女が一緒にいると、すぐくっつけようとする厄介カプ厨だと。そんな言葉は使わないが。
まだ結婚なんてとんでもないと、半七は弱りながら拒み続けるんだけれど、お花の方は、それでもちっとも構わないと、むしろくっつけられたがってる様子。

半七はお花を拒むといっても、伯父さんは早とちりでおせっかいで、本当に困るよとか、女房もらうなんてまだ早いとか、そういう話。色々言うんだけど、決してお花自身のことは、悪く言わない。伯父さんは隣近所の若い者をあらかたくっつけちまって……などと、関係ない事まで持ち出すのは、やっぱりお花を傷つけるような事を言わないためなのかな? そんな気がしてくる。

お花はお花で、そんな半七の内心が分かっているのか、やたら積極的。ひとつ間違えばしつこいだけなのに、困ったなあ、まいったなあと思いながらも、拒み切れなくなるような魅力がある。かといって、艶めかしいとかそういうのではなくて、小動物にじゃれつかれているような無邪気さ。しかし、まるっきり子供っぽいわけでもなく……男女の事に興味津々というか……

なんか少年サンデーあたりのラブコメっぽいけど、れっきとした古典落語。
お花半七のお互いの気持ちが、それぞれの態度や言葉に現れたり隠れたりする。押し引きされてグイグイ変化する距離感にドキドキする。上手いなあ。

伯父さんと伯母さんのキャラ立てについて。

そんなこんなで、二人とも伯父さんの家に到着する。
半七がさんざん、早合点で世話焼きで困ると評した伯父さんが「半七が来た」と言うと、伯母さんは「半鐘が鳴った」と聞き違えて、位牌を持ち出して逃げようとする。この女房にしてこの旦那あり。伯母さんの慌て者っぷりの後で、伯父さんが、お花半七の二人をデキてると勘違いして見せても、全く違和感がない。それどころか、伯母さんもアレでは、もう誰も止める者はいないという、コレは覚悟を決めさせるシーンだ。
そして何より、ああやっぱりコレは古典落語だったと一安心させる部分。若いお花半七の痴話喧嘩と、ジジババな伯父さん伯母さんという対比で、グッと世界観が広がる。広がったところで見渡せば、馴染のある古典落語の舞台という。

ちょっと話がそれますが。

……なんて安心していたら、次は、お花半七が二階で二人っきりというシーン。伯父さんは妙な気を回して、布団が一組しか出してくれない。
布団を半分ずつ使って寝るしかないと、半七は、敷布団の真ん中にシワを寄せて、お互いココから出ないようにしようと提案。
シワ程度じゃ、パーテーションの効果ないのでは?
これってひょっとして、1934年のアメリカ映画『或る夜の出来事』の、ジェリコの城壁のパロディかしら?

イイトコのお嬢様と、スレたブン屋が、成り行きから安宿の一室に泊まる事になって……というストーリー。ベッドを二分割するようにヒモをかけてシーツを吊るして壁にするシーンが有名。その布一枚の壁を、旧約聖書に出てくる難攻不落の要塞にたとえて「ジェリコの城壁」と呼ぶ。

コレ当時はかなり流行った話で、時は流れて1990年の映画『ボクが病気になった理由』第三話『ハイパーテンション・ロード』でもネタにされている。大竹まことだったかな?
古典落語でも、色々と流行りを取り入れる事は多い。しかもこの噺、昭和十六年から終戦まで、この国家の非常時に不謹慎だと叩かれ、演じる事を禁じられている。

空白の後、再演される際に、色々と改変されていたとしてもおかしくない。米兵受けを狙ったアメリカ映画ネタとか。進駐軍のGIが寄席に来ていたどうかは分からない。

これなんてエロゲ?

でもアメリカ兵にも受けただろうな、というのは、ここからちょっと……というか、かなり……エッチな展開になる。
若い男女、二人きり、一つ布団の中、何も起こらないはずはなく……
エッチは国境を超える。まして布団のシワなど意味もなく。

幼馴染とはいえ異性と体を寄せ合って眠れるはずもなく、折しも降り出した雨は激しさを増し、ついには雷まで鳴り始め、ゴロピカドーンと落ちれば、きゃあ怖いとお花は半七にすがりつき、着物の裾はあられもなくはだけ、夜目にも白く滑らかなふくらはぎが……

このあたり、ネッチョリ語るのがまた、噺家の力量とかセンスとか、相当要求されるなあ。三朝氏上手いです。
下品さやいやらしさは全然ないのに、生々しくて色っぽくてゾクゾクする。いいのか? まだ昼だよ? 夜噺の時間じゃないよ?
禁止されるわけだわコリャ。
そんな風に、ドキドキがこらえ切れなくなったタイミングで、三朝氏、スッと姿勢を正して深々とお辞儀をし、
「宮戸川、お花半七のなれそめでございます」
と〆られた。
ホッとしたような残念なような、なんとも言えない心持ち。

落語の構成は色々ある、ということ。

後で調べたら、この後お花半七は夫婦になって、怪談じみた話になる。でもそれはずいぶん残酷な展開なので、今回みたいに前半分だけ演じられる事が多いとか。
起承転結なんか関係ない、十分楽しめたんなら、美味しいトコだけで終わらせる、というのは、ライブが基本の演芸ならではなんだろうなあ。
台本にキチッとオチがあって、その通りにやれば落語としての体裁は整う、というのではなくて、美味しいシーンを十分に楽しませることで〆とする、なんていう、全面的に噺家の技を楽しむもの。
前座噺とは全く違う、真打だからこその演目ですね。

次の出演はこちら。

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