本音と交わした約束
三代目として会社を継ぐ。
それは、何を継ぐことなんだろう。
祖父がはじめて、父が広げ、そのあとを継ぐ立場になったとき、ずっと、その問いがあった。
祖父の時代、運送業は、汗と気合の仕事だった。
朝は早く、夜は遅い。
土も埃も浴びながら、家にいる時間も、ほとんどない。
それでも、祖父は、どこか誇らしそうだった。
小さな会社を、ゼロから立ち上げた誇りがあった。
父の時代、業界は大きくなった。
トラックの数が増え、社員の数が増え、売上も伸びていった。
父も、よく働いた。
休みなんて、ほとんどなかった。
それでも、家族を守り、社員を守り、会社を守っていた。
そして、そのあとを継ぐ頃、時代は、少しずつ変わりはじめていた。
人手は足りなくなる。
燃料代は上がっていく。
若い人は、トラックに乗らなくなる。
「もう、同じやり方では続けられない」
そんな感覚が、心の中にあった。
でも、まわりは言う。
「もっと雇え」
「もっと広げろ」
「もっと働け」
それが、運送業の“正解”だと。
だから、悩む。
父と同じ道を進むべきなのか。
それとも、自分たちの時代のやり方を選ぶべきなのか。
ある夜、ふと、気づく。
本当に継ぐべきなのは、“やり方”ではない。
“本音”なんじゃないか、と。
父は、本当は、何を望んでいたのだろう。
社員を増やすこと?
売上を上げること?
会社を大きくすること?
たぶん、それだけじゃない。
家族を守りたい。
社員を幸せにしたい。
お客様に喜んでもらいたい。
誇れる仕事をしたい。
そこにあったのは、“形”ではなく、“願い”だった。
だから、「雇わない経営」という形を選ぶ。
それは、反抗ではない。
むしろ、本音を、今の時代に合う形で受け継ぐための選択だった。
やり方は、時代によって変わっていい。
でも、本音は、引き継いでいける。
継承とは、形を真似することではない。
本音を、受け渡していくことだ。
形だけを受け継いでも、本音が抜け落ちていたら、それは、ただのコピーになる。
逆に、形が変わっても、本音がつながっていれば、それは、立派な継承なんだと思う。
そして、いつか、次の世代へ渡す日が来たとして。
次の世代が、まったく違うやり方を選んだとしても、それでいい。
ただ、本音だけは、渡していきたい。
「人を大切にしなさい」
「自分の機嫌は、自分で取りなさい」
「運を送る人になりなさい」
形は、時代に合わせて変わっていく。
でも、本音は、世代を越えて、生き続ける。
受け継いできたものは、何だろう。
形だろうか。
それとも、本音だろうか。
形は、いつか古くなる。
でも、本音は、時代を越えて、人の中に残り続ける。
本当に受け継ぐべきものは、案外、目には見えないのかもしれない。
