おくり人〜栞〜|綴13 『 やっぱ、苦いや… 』
※本作品には、葬儀に関する描写が
含まれています。
ご遺体、告別式、供花など、
死に関連する場面が登場します。
※本作品は創作です。
登場する人物、団体、施設、企業は
すべて架空のものであり、
実在する人物、 団体、施設、企業とは
一切関係ありません。
※本作品は、
毎週 火・木・土 更新予定です。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
おくり人 〜栞〜
綴13『 やっぱ、苦いや… 』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
辺りは、すっかり暗くなっていた。
住宅街を抜ける頃には、
空に残っていた夕焼けも消えている。
街灯が一定の間隔で並び、
車のフロントガラスへ淡い光を映していた。
栞は無言のままハンドルを握る。
カーオーディオは消したままだった。
エンジン音だけが、
小さく車内へ響いている。
老女の家を出てから、
どれくらい経っただろう。
十分?
いや、三十分。
もしかすると、
一時間経ってたのかもしれない。
時間の感覚が曖昧だった。
途中で…
コンビニへ寄ろうと思った気もするし、
どこかへ行こうと考えた気もする。
でも結局……
気付けば車は見慣れた道を走っていた。
(私……何してるんだろ)
何度目か分からない言葉が頭を過る。
確かに、辞めると言った。
あんな勢いだったけど、
自分の口から出た言葉だった。
それなら、そのまま家へ帰れば良かった。
誰にも会わず、明日のことも考えず。
布団を頭から被って寝てしまえば
良かったはずだ。
なのに……
栞の車は会社へ向かっていた。
…理由は分からない。
戻ろうと思った記憶もない。
だけど…気付いたら、
見慣れた景色が目の前に現れていた。
やがて車は作業場の前へ辿り着く。
エンジンを切る。
静かになった車内で、
栞はしばらく動かなかった。
窓の向こう。
作業場の灯りが見える。
事務所も明るい。
まだ皆残っている…のかな。
こんな時間なのに。
いや……
こんな時間だからこそかもしれない。
友引明けで、ただでさえ忙しい日。
栞が居なくなったところで、
仕事は止まらない。
むしろ、皆の負担は増えたに違いない。
何故か胸の奥が少しだけざわついた。
そして、締め付けられる。
(帰ろうかな……)
でも身体は動かなし、
ハンドルに置いた手も離れない。
何をしたいのか…
何を確認したいのか…
自分でも分からなかった。
「はぁ〜〜〜」
バタン。
夜の空気は少し湿っていた。
遠くで虫の声が聞こえる。
車から降りた栞は、
ぼんやりと灯りのついた事務所を見る。
仄かに煙草の匂いが鼻をつく。
「お帰り、お嬢ちゃん。
迷子にならなかったかい?」
暗闇でも分かる金髪が、風で揺れてる。
ゴクッ。
何故か喉を鳴らす栞は、
無意識に拳を握りしめてる。
「さっき、竹下さんか電話あってさ、
お嬢ちゃんを長く引き留めてごめんって」
竹下さん。
花束を届けた、老女の事だった。
「あの……夏帆さん…」
「まぁ、お嬢ちゃん。
長旅だったろうから、
とりあえず入んなよ」
そう言って事務所の扉を開ける夏帆。
「おぉ!栞!
戻るの遅くないか?
突っ立てないで看板チェックしてくれ」
束になった供花の札を捲りながら、
べーさんが扉の前に立つ栞に声を掛けた。
「あの……べーさん…私ーー」
「悪かったな。
俺も、栞に押し付け過ぎた。
でもな、栞にしか頼めないんだよ」
べーさんはそう言ってトイレの扉を
指差した。
ザザザーー…。
ガチャ。
ぬぼっと、トイレの扉の隙間から、
山本の顔がのぞいた。
「あーー!しおちゃん!!
もぉー!遅いよ!
お陰で、配達もセッティングも、
ぜ〜んぶ、俺が走ったんだぞ」
「おめぇーが普段から動かねぇからだ」
べーさんは、山本の頭を用紙の束で、
ペシッと叩いた。
「あの…山ちゃーー」
「ごめんよ。
彼氏出来ないなんて言って」
柄にもなく、小さく縮こまった山本は、
頬をポリポリ掻きながら言った。
「おーおー、男ども!
ウチら帰るから、
明日の段取りしときなよ!」
そう言って、夏帆は栞の背中を引っ張った。
「えーー!!」
叫ぶ山本の声が、扉の向こうで響く。
事務所の外には、栞と夏帆だけになった。
ポケットから煙草を取り出し、
それに火を付ける夏帆。
その仕草が…
栞には、なんだか久しぶりに感じる。
「なぁ、お嬢ちゃん」
「…はい」
「コーヒー飲む?」
「はい?」
「まぁ、飲みなよ」
「……苦手……です」
俯く栞を余所に、
夏帆は自販機のボタンを押す。
ガタ、ガタ、ガタン。
「はいっ」
半ば、押し付けられるように、
ブラックコーヒーが栞へ渡された。
プシュッ。
ふーー。
白い煙が空へ溶けてく…。
「あの…夏帆さん。
なんで、
皆…何も言ってくれないんですか?」
「ん?何を?」
「だって、私。
あんな事を言って、
飛び出したんですよ?」
ふーー。
夏帆から白い煙が吐き出された。
「なぁ…お嬢ちゃん」
「…はい」
「形にしすぎ」
そう言って、夏帆は自分の車へ乗った。
ウィーーン。
車の窓が降りて、
夏帆の右腕がニョキっと出る。
親指が立てられた手と共に…
白い煙が車外へ漏れた。
「…」
プシュッ。
夏帆の乗った車が見えなくなったあと、
栞は、貰った缶コーヒーを開けた。
ゴクッ。ゴクッ。
「……うゲェ〜。苦い!!」
珈琲は、相変わらず口に合わない。
だけど、今回は吐かなかった…。
むしろ、口の中で広がる苦味に含まれた、
鼻へ抜ける珈琲の香り……。
何故か、それが心地良く感じられた。
ゴクッ。ゴクッ。
はぁ〜。
「やっぱり…不味いや」
自分の言葉に、
思わずクスッと笑ってしまう。
おもむろに、ポケットからスマホを
取り出した栞は、花奈へメッセージを打つ。
『ごめん。
やっぱり、まだ一緒には働けないかも。
私自身、よく分からないけど…
ここに居たいって感じてる』
送信したスマホを、ポケットへしまい…
栞は空を見上げて呟いた。
「…ホント、わけ分かんないや」
その横顔には、
晴れやかな表情が浮かぶ。
丁度、空には……
雲から覗き込む満月が輝いていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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