おくり人〜栞〜|綴12『私…辞めます』
※本作品には、葬儀に関する描写が
含まれています。
ご遺体、告別式、供花など、
死に関連する場面が登場します。
※本作品は創作です。
登場する人物、団体、施設、企業は
すべて架空のものであり、
実在する人物、 団体、施設、企業とは
一切関係ありません。
※本作品は、
毎週 火・木・土 更新予定です。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
おくり人 〜栞〜
綴12 『 私…辞めます 』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
朝から作業場は慌ただしかった。
『友引明け』
季節の変わり目には、
何故か亡くなる人が多い。
栞達の葬儀会社には…
容赦なく仕事が流れ込んだ。
「おーい!栞!
これ終わったら、次の準備な!」
「はい!」
べーさんの指示に返事をしながら、
栞は“オトシ“を用意する。
その隣では山本が煙草を咥えながら、
供花の菊枠を挿していた。
「山ちゃん!煙草落ちる!」
「あっぶね」
灰が供花へ落ちそうになり、
慌てて払う山本。
「もぉーー!
煙草咥えながら作業しないで!」
「大丈夫、大丈夫」
山本の着けてるエプロンは、
煙草の“それ“で穴だらけになっている。
全然大丈夫じゃない。
栞は深い溜息をついた。
その時だった。
ポケットの中で何かが指先に触れる。
ー名刺ー
昨日受け取ったブライダル会場の店長の
名刺だった。
無意識に触れていたらしい。
栞は慌てて手を離した。
「どうした?」
相変わらず煙草を咥えたままの山本が聞く。
「別に」
「顔怖いぞ」
「山ちゃんに言われたくない」
「はぁ?どう言う意味だよ」
ふーーっと、山本は栞に煙を吹きかけた。
栞は、その煙を手で祓いながら咽る。
「臭い!最低!!」
怒る栞の姿を見て、山本は笑った。
その笑い方が少しだけ腹立たしい。
……少しだけ。
……本当に少しだけ。
でも、なぜか昨日までより引っ掛かった。
「栞!供花の追加入った!
それ準備出来たら、札のチェックしてくれ」
「はい!」
「あと、プランCの花も用意してくれ」
「はい!」
次々に、べーさんから指示が飛ぶ。
返事をしながら手を動かす。
走る。
挿す。
運ぶ。
なのに…栞の意識は、どこか別の場所にいる
感覚だった。
白いチャペル。
楽しそうな花奈。
優しくてイケメン店長。
滑らかな質感の名刺。
『急いで決めなくていいよ』
繰り返し、頭へ響く言葉。
思いに耽ろうとした栞を、
べーさんの声が“今“へ引き戻す。
「栞!」
「はい!」
「聞いてるか?」
「聞いてます!」
聞いている……ちゃんと聞いている。
手も動いているし、作業も出来ている。
……でも。
何だろ?この感覚……。
「お〜。盛り上がってんなぁ」
作業場に漂う煙の濃度が増した。
金髪を頭の後ろで束ねた夏帆が、
煙を吐きながら入って来たからだった。
「ふ〜ん。供花…全部で30基ね」
ホワイトボードへ、ふーっと煙草の煙
が吹き付けられる。
いつもの光景だった……のに、
栞の胸の中で、弾けそうな熱い感覚が
湧き出た。
「夏帆さん!」
気付いた時には大声で叫んでいた。
「ん?」
「なんで、遅刻してきて
そんなに悠長に出来るんですか!!」
「ん〜。知らん」
「は?知らんって何ですか」
「何だろうな。
それより、手ぇ止めてて大丈夫なの?」
そう言って地面へ灰を落とした。
落ちた灰とは逆に、
栞の頭へ、胸元から首を駆け上がる強烈な
“何か“が言葉として吐かれる。
「いい加減過ぎます!
適当過ぎます!!
なんで、
べーさんは何も言わないんですか!!」
少し離れた場所で、こちらの様子を
伺っていたべーさんにも言葉が向けられた。
「栞ー!後で夏帆さんに話しとくから、
今は準備を急ごうか」
何故か栞から視線を逸らして話すべーさんの
態度に……頭の内側から膨らんでいく感覚が
止まらない。
「しおちゃ〜ん。
プリプリ怒ってたら、彼氏出来ないよ」
ヘラヘラ顔の山本が放った、何気ない一言。
頭の内側から膨らんでた何かが弾けた。
「私!辞めます!」
「は?」
さっきまで視線を逸らせてたべーさんが、
栞へ視線を戻した。
山本は、口をパクパクするだけで言葉が
出ない。
エプロンを脱いで畳出す栞の姿に、
べーさんは頭を掻きながら近づいた。
「なぁ、栞さぁ。
イラって来たのは分かるけど、
せめて仕事を終わらせてからにしねぇか?」
「私だけに言わないで下さい!
仕事してる振りの人とか、
気ままに仕事する人にも言って下さい」
「あ〜はいはい。好きにすれば」
そう言って背中を向けたべーさんの姿に、
栞は言いようのない胸の感覚と、
泣きそうになる衝動を感じた。
「なぁ、お嬢ちゃん」
不意に背中から夏帆の声が掛かる。
「この花束を届けてくんない?」
夏帆の手には、お供え用の花束と
届け先が書いたメモがあった。
「嫌です!
自分で行ったらいいじゃないですか!
それに、私はもう辞めるんです!」
「まぁまぁ、どうせ帰るだろ?
ならついでに、ね?」
半ば押し付けるように夏帆は栞へ
花束とメモを渡した。
それをもったまま、
足速に事務所の出口へ向う。
「なぁ、お嬢ちゃん。
それ届けたら、そのまま帰っても…
戻ってくるのも任せる」
背中へかけられた夏帆の言葉に、
一瞬歩みを止めそうになる栞。
しかし、振り返らずに事務所を出た。
バタン!
自分の車に乗り込んだ栞は、
深い溜息をつく。
自分でもよく分からない。
いつもならやり過ごせてたやり取りや光景。
……だけど、今日はやけにザラつく。
頭に血が上る。
呼吸が早くなって、苦しく感じる。
時々、背筋に電流が走るような感覚…。
(私……怒ってる?)
一気に押し寄せた感覚へ名前をつけようとしても…何故か、しっくりこない。
は〜〜〜〜。
車内に重い溜息が落ちる。
助手席に乗せた花束から、百合の甘い香りと
菊のパリッとした匂いが鼻をつく。
花束と共に渡された、
届け先のメモを眺めた。
(もう…辞めたのにね)
車のエンジン音が鳴り響く。
同時に、いつも聴いてる音楽が再生された。
いつもは、気分を高めてくれる曲なのに…
今は、聴いていられない。
ザラついた何かを、余計逆立たせる…
ピッ。
無音の車内に百合の仄かな甘い香と、
菊の鼻をつく匂いが入り混じる。
花束を助手席へ放り投げるように置いた
まま、栞はしばらく車を発進させなかった。
フロントガラスの向こうでは、日差しが
アスファルトを白く照らしている。
(届ける必要あるのかな…)
もう辞める。
確かに、そう言った。
だったら…
この花束だって届けなくていいはずだ。
そもそも、なんで私が…なんで最後まで。
そんな言葉が頭を巡る。
けれど…。
助手席に置かれた花束を横目で見る。
淡い紫と白を中心に束ねられた花は、
派手じゃないのに、妙に目を引く。
ふーっと、栞は大きく息を吐いた。
「これで最後だからね…」
住宅街の一角。
小さな平屋の前で車を停める。
見覚えのある家だった。
表札を確認する。間違いない。
以前、葬儀をした故人の家だった。
ピンポーン。
しばらくして玄関が開いた。
「あら」
小柄な老女だった。
栞の顔を見ると、少し目を細めた。
「あらまぁ。お花屋さん」
栞は軽く頭を下げる。
「こんにちは。お花を届けに参りました」
「あらあら」
老女は花束を見ながら、懐かしそうに
微笑んだ。
「立ち話もなんだから、お茶でもどう?」
老女にそう言われてけど…
断ろうと思ったし、本当は帰りたかった。
でも…
何故か言葉が出なかった。
代わりに、ニコッと笑って見せる。
老女に案内され、家に入った栞は、
縁側の見える居間へ通されていた。
湯呑みから立ち上る湯気。
風鈴の音。
仄かに香る線香。
時間だけがゆっくり流れている。
「お仕事、大変?」
「まぁ…」
栞は曖昧に笑う。
「今日は休みなんですけどね」
「それなのにお花届けてくれたの?」
「まぁ…色々ありまして」
栞は苦笑いしながら、差し出された湯飲みを
口へ運んだ。
老女は、それ以上聞かなかった。
だけど、ニッコリ微笑んで静かに頷いた。
そして、ゆっくりと老女の視線が仏壇へ
向いた。
そこには遺影が置かれている。
「あの人ねぇ…
最後まで不器用だったのよ」
老女の言葉に合わせるように、
栞も写真を見る。
穏やかな顔だった。
「幸せだっんですかね…」
呟いた栞は、失礼な言葉だったと思い、
バツの悪そうな表情になる。
そんな栞の言葉を気に留めないかのように
老女は優しく微笑んだ。
「どうかしらねぇ。
私も未だに人生の意味を見つけられないの
ましてや、自分以外の人生に意味なんて…
ね?」
老女はお茶を一口飲んだ。
「私は、幸せだった時もあったし…
そうじゃない時もあった。
そうじゃない時の方が多かった気もする
けどね。
あの人、頑固で意地っ張りだったから」
老女は笑った。
遺影に写る主人が、少し困った表情に
見えた。
「若い頃はね…
もっと凄い人生があると思ってたの」
「凄い人生?」
「テレビに出る人とかね。
偉い人とか。有名な人とか…
そういう人と比べたら、
うちの人の人生なんて、ちっぽけよ」
栞は黙って聞く。
「毎日働いて…帰ってきて。
ご飯食べて…
不味いだのなんだの言い出して…
喧嘩して。
また仕事行って…
休日は家でゴロゴロして…
それだけ」
老女は肩をすくめた。
「私ね。
パートを終えて…子育てして、
家事洗濯までこなして、ご飯作って…
それを、休みなくしてるのに。
なのに…
主人はちゃんと休みの日は休んでる。
正直ね、とても腹立たしかったわ」
老女は、遺影の主人の額を人差し指で
コンっと突いた。
「でもね…今だから感じるの」
遺影を両手で持ち上げた老女は、
そっと胸に遺影を抱きしめた。
「何か大切なものが、そんな何気ない日々に
紛れてたかもしれないって…」
栞の胸に、トクンっと小さな音が響く。
「意味なんてね…
本人が見つけるものかもしれないし
もともと無いものかもしれない」
仏壇へ遺影を戻して、手を合わせる老女。
そのまま話を続ける。
「残された私が、あの人の生きた意味を
つけてあげることはできるけど…
あの人のが自分で付けた人生の意味は、
多分…あの人しか分からない…
いいえ、
あの人も分からないかもしれない」
スッと栞へみかんの入った竹籠が
差し出された。
「このみかんね。
うちの庭で育てたものなの。
主人が、この家が立った時に植えたもの
生前に主人が言ってたわ。
このみかんは、俺の人生の味だって…ね」
栞は差し出されたみかんの皮を剥いて…
口へ放り込んだ。
苦みが広がる。酸っぱい。
そこ中に、薄っすら広がる甘み。
正直に言って、不味い。
でも、
なんだか、この味に浸っていたい……。
栞の食べる様子を眺めてた老女は、
優しく微笑んで、話しだした。
「私もね。
正直、人生が育てたみかん…
不味いって感じてたの」
「ゴホッ!ゴホッ!
す…すみません」
内心を老女に言い当てられたようで、
栞は激しくむせ込んだ。
「ふふふ。
…でね、手間暇かけてまで育てる意味が
わからなかったわ。
そんな暇があるなら、子供達の世話や
家事の手伝いをして欲しかった。
みかんなんて、そこらで安くて
美味しいものが売ってるんですもの」
老女は、竹籠からみかんをとって、
皮を剥き、一房口へ運んだ。
「でもね…。
今なら、別の見方もできるわ……。
確かに、
これが人生なのかもしれないって」
栞には老女の話す意味がボヤけてた。
だけど…
胸と頭に広がっていたモヤモヤは、
いつの間にか、温かで穏やかな波のように
感じられている。
仏壇の遺影に写る主人の顔は、
光に照らされて見えないが、その口元は
少し微笑んでいるように感じられた。
◇ ◇ ◇ ◇
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