適応障害で絶望した私が、退職日に「少し高めのアイス」を買えるようになるまで
はじめは辞めたくなんかなかった
適応障害と診断され休職することになった日、私の心は2割の安心感と8割の早く復帰しなきゃという気持ちでごちゃごちゃになっていました。
心機一転、新たな場所で看護師をはじめて半年が経った頃でした。
ICUでの勤務ということもあり、はじめは大変さや緊張感を感じながらも、やりがいをもって働くことができていました。
しかし、働き始めて数ヶ月経つと、お局的な看護師の存在がわかりはじめますよね。そのお局の前で1回ミスをしてしまったことで目をつけられてしまいました。
私にだけ挨拶を返してくれなかったり、質問しても「自分で考えて?」と教えてもらえず、わからないなりに調べても結局「違う!」と怒られ。その人が近くにいるだけで頭が回らなくなってしまい、さらにミスが増えてしまいました。
毎日毎日、「今日はあの人と勤務一緒になりませんように」と願っていました。
師長にも相談はしていたのですが、やはり日勤で顔を合わせないようにすることは難しく、だんだんとやりがいよりも「どうしたら怒られないで済むか」という思考になっていきました。
適応障害と診断され
そんな状況になり数カ月が経過し、ついに仕事に行けなくなってしまいました。
はじめに書いた通り、適応障害と診断されたとき、安心感よりも「これからどうしよう」という気持ちでいっぱいでした。私は社会人2年目ですでに2回も転職しており、「これ以上短期離職を繰り返して経歴に傷をつけたくない」という思いと、「応援してくれた親への申し訳なさ」がとても大きかったです。
(私の経歴についてはじめてのnoteにざっくりと書いてあるのでよければ読んでください)
1つめの職場を辞めたときも、次に転職したクリニックが倒産したときも、1番心配してくれたのが両親でした。抑うつ状態も相まって、「自分には価値がない」「親に嫌われるかもしれない」と本気で思ってしまっていました。
休職期間中の仕事への気持ち
はじめは早く戻らなきゃと思っていました。それは前向きな気持ちというより焦りが強かったです。
師長に相談し、はじめは2週間療養したら戻ると決めていました。ですがみるみる体調は悪化していき、2週間で復帰することはかないませんでした。
今思えば、私には向いていない仕事・環境だったのかなと思います。
結局3か月ほど休職することになりました。
休職してから1か月するとだんだんと体調が回復し、マイナスな思考もいくらかよくなってきました。その頃は外出できるようになったり、親に休職していることを告白できたりと、自分にとってプラスになるきっかけがあり、だんだんと元の自分を思い出すことができるようになってきました。
外に出て季節の変化を感じてみたり、両親から定期的に暖かいメッセージが届いたり、そういった積み重ねのおかげで自分の中で大きくなっていた「早く復帰しなきゃという焦り」も自然と消えてもうこの場所で頑張る必要はないのかもしれないと思えるようになれました。
そして休職してから3か月経ち、自分をちゃんとリセットしたいと思い、退職を決意しました。
退職した日
知ってる人に会いませんようにと願って深く帽子をかぶり、3か月ぶりの職場へ向かいました。本当に緊張しました。
手続きのため部屋で待っている間、「本当に自分は社会の中でちゃんと働いてたんだなあ…」と少ししみじみしてしまいました。
退職の手続きは意外とすんなり終わりました。
職場を出て、外の空気を吸って、頑張った自分へのご褒美に少し高めのアイスを買っていったのを覚えています。
適応障害と診断されたときは絶望感が大きかったです、しかし、退職した日は「私はこれからいろんな可能性があるのかもしれない…」と、少しハイになっている感じが否めませんがとても前向きな気持ちでした。
(いろんな可能性を信じ、なにかやらなきゃと焦った結果、退職したあといろいろ迷走しました。よければ笑ってくれると嬉しいです)
ここまで読んでくださりありがとうございました。
同じように仕事で苦しんでいる人に、「辞める」という選択肢もあっていいんだと思ってもらえたら嬉しいです。
これからも自分の経験談や失敗をもとに記事を書いていく予定です😊
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