人を一面だけで見ても、悪くないのかもしれない
その人は、私が長く追ってきた人ではない。
ある人のインタビューを読んでいて、その人への興味がすっと薄れた。
私には、今の自分こそ本当の自分だと言い切っているように読めた。本人がそう感じているなら、それは本人の感情なのだと思う。ただ、私はまだ何も決めずに、その人を眺めていたかった。
これから自分の受け取り方が変わるかもしれないのに、先に答えを置かれたようで窮屈だった。
まあ、この人とは合わないのだろう。今はそう見えた。それだけだ。あとで違って見えても、まあいい。
また始まった。
私はまた、自分の反応に理由をつけようとしている。どうして一つの言葉だけで興味が薄れたのか。人を一面だけで見てしまったのではないか。もう少し知れば、別の見方ができるのではないか。
でも、距離のある人を一人ずつ深く理解しようとしていたら、時間も気力も足りない。少し気になったからといって、その人について最後まで考える義務はない。
自分の中に生まれた感情を、全部意味のあるものにしなくてもいい。好き嫌いに立派な理由がなくてもいい。私は自分の感情まで、毎回公平に整えなくていい。
そこまで意味のある感情でもないだろう。人なんて矛盾ばかりだし。誰も私の好き嫌いなんて、そこまで気にしていない。この感情は、もう雑に捨てる。攻撃しなきゃ、もうそれで十分だろ。
普通に疲れた。
自分自身を一つのタイプで説明した時の違和感についても、書いています。
私が「典型的INFJ-T」と違うところ
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