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『The growing up train』の最後の「時間だ」は、何を意味していたのか

『The growing up train』を聴き終えたあと、最後の「時間だ」だけが、なぜか終わったように聴こえなかった。

最初から国立競技場のことを考えていたわけではない。ただ、曲は終わっているのに、藤吉夏鈴さんの声だけが少し先に残っているような感覚があった。

少し上ずって、気持ちより言葉の方が先へ出ていくような「時間だ」。

それは力強く区切りを宣言する声というより、「ああ、もうその時間が来たんだ」と、自分自身に言い聞かせているように私には聴こえた。

言葉は前を向いているのに、声だけが少し後ろを振り返っているようだった。

ただ、もともと藤吉さんの声にある特徴と、「時間だ」という言葉が、今回は強く重なって聴こえた。

ライブでこの曲を見ると、その感覚はさらに強くなる。

観客に余韻を残して終わるというより、藤吉さん本人の中にまだ何かが残ったまま、曲だけが先に終わってしまうように見える。

では、何が終わりきっていないのだろう。

そこから後になって、私は国立競技場のことを重ねるようになった。

MVの終盤、藤吉さんが光に包まれていく姿が、国立で観客の光に包まれる景色と重なって見えた。

秋元康さんが、この曲を国立競技場へ向かう櫻坂46や藤吉夏鈴さんへのあて書きとして書いた、と明言しているわけではない。

それでも私には、国立を控えた櫻坂46と、そのセンターに立つ藤吉さんに重ねて書かれた曲のようにも聴こえた。

そう考えたとき、最初に感じていた「終わった感じがしない」という違和感が、自分の中ではかなり腑に落ちた。

「時間だ」は、国立へ向かう時間が来た、というだけではない。

国立へ着くことで、ここまでの時間が一度終わる。

そんな気づきのように聴こえた。

国立は、国内で活動するアイドルにとって最大級の到達点の一つだと思う。

夢が叶う場所でもある。

でも、少し変な言い方をすれば、夢が「叶ってしまう」場所でもある。

大きな目標に辿り着いたあとには、誰にでも少しだけ、次がまだ決まっていない空白が残るのではないか。

藤吉さんにも、そんな時間があるのかもしれない。

欅坂46の二期生として加入してから、ここまで長い時間が流れている。

だから私は「時間だ」を、過去の自分に区切りをつけて、ここから先へ進もうとする言葉として聴いてしまった。

でも、そこでまた少し引っ掛かった。

私はこの曲を、少し乱暴に「過去を切り離して進む曲」のように読んでしまっていたのかもしれない。

時間は前へ進む。

それでも、今までの自分まで消えるわけではない。

過去を切り離して先へ進もうとするように聴こえた「時間だ」と、過去の時間も今につながっているはずだという感覚は、私の中では完全には一致していない。

でも、今はそのズレを無理に解消しなくてもいいと思っている。

2026年5月31日の藤吉さんの公式ブログを読んだときにも、似たことを感じた。

そこには、櫻坂でいられることへの誇りや、ここまで来られたことへの安心と同時に、櫻坂という存在がこれからも続いてほしいという思いが書かれていた。

もちろん、これは卒業を示す文章ではない。

ただ私はそこから、藤吉さんが「今ここにいる時間」を、永遠に続くものとしてではなく、どこか有限なものとして見ているようにも感じた。

アイドルを見ていれば、多くの人が一度くらいは、その人がいつか卒業する日のことを考えると思う。

藤吉夏鈴さんにも、いつかその区切りは来る。

それを考えると、やはり少し寂しい。

ただ、アイドルとしての時間が終わることと、その人自身の時間が終わることは全く違う。

私は以前、『言い訳Maybe』の最後に前田敦子さんが歌う「好きだ」について書いた。

前田さんの「好きだ」は、終われない感情が声からこぼれてしまったように聴こえた。

藤吉さんの「時間だ」は逆だった。

感情がこぼれるより先に、言葉の方が前へ進もうとしている。

終われない「好きだ」と、終わらせようとする「時間だ」。

性質は全く違うのに、どちらも最後の一言がきれいに収まりきらないところが、私には残った。

そして前田さんを見てきたからこそ、アイドルでなくなったあとも、その人への関心まで一緒に終わるわけではないことも知っている。

すでに櫻坂の外では映画『踊る大捜査線』への出演も決まっているけれど、将来も表現者であり続けるのか、アイドルを離れたあと何を選ぶのか。それは今の私には分からない。

分からないからこそ、その先にはまだ余白がある。

『The growing up train』にも、いつか終点はある。

アイドルとしての藤吉夏鈴さんにも、いつか終点は来る。

でも、そこで藤吉夏鈴さん自身まで止まるわけではない。

国立という大きな区切りを越えて、その先がどこにつながるのかはまだ分からない。

それでも藤吉夏鈴さんは、また次の時間へ進んでいく。

その先にも、まだ時間は続いている。


藤吉夏鈴の声の揺れについては、最後の「好きだ」を聴いた記事でも書いています。
最後の「好きだ」の揺れを物語化してみた

櫻坂のMVやライブ、歌声について書いた記事は、こちらにまとめています。
櫻坂46の映像とパフォーマンスを読む

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