経理引き継ぎが失敗する原因は属人化です
はじめに
経理の引き継ぎが失敗している会社は、例外なく属人化しています。
そしてこの状態は、会社の義務が持続的に遂行できなくなる直前の状態です。
3500社以上のバックオフィスを見てきて、この結論に辿り着きました。
問題は前任者の能力でも、後任者の理解力でもありません。
「引き継げる状態に業務が設計されていなかった」という、業務の設計の問題です。
仕事が回っているように見えても担当者が変更されても持続的に仕事が回っているのか、で判断しなければいけません。
退職の現場で何が起きているか
引き継ぎ期間は多くの場合2週間から1ヶ月です。10年勤続のベテラン経理が蓄積してきた業務知識を、この期間ですべて渡すことは物理的に不可能です。
結果として、次の状態が発生します。
振込口座・支払サイト・取引先との個別慣習が記録されていない。
月次決算の判断基準が担当者の頭の中にある。
3ヶ月に1度しか発生しないイレギュラー処理の手順が存在しない。
税理士とのやり取りが担当者の個人チャットで完結している。
何かを効率的にやっているが、その効率的にやっているためのポイント・ノウハウが共有されない。
担当者が退職をした瞬間、これらのノウハウは後に引き継がれず、消えます。会社の財産・資産として何も残りません。
会社の義務(支払い・申告・数字確定)が遂行できなくなります。
売上計上の遅延で営業部が動けず、支払遅延で取引先との関係がこじれ、給与計算のトラブルで従業員の信頼を失います。バックオフィスの停止は、会社全体の停止です。AIによって便利になるのは確かですが、AIはこれらのリスクに対して何ら補填をしません。責任をとりません。このため最終的には人の判断・確認が不可欠となります。
後任として新しい担当者を採用しても、その担当者が前任者と同じように業務を抱え込みます。1年後に再び同じ問題が発生します。引き継ぎ失敗は、一度きりの事故ではなく、再発し続ける再現性の問題です。
なぜ引き継ぎが失敗するのか——前任者×後任者の構造
引き継ぎの現場では、2つの構造が同時に重なります。
前任者は「言えばわかるだろう」と省略します。 10年かけて身につけた判断基準は、本人にとって当たり前すぎて、言語化の必要性を感じていません。「この業務は簡単だから」という言葉が現場では発生しています。これは悪意ではなく、誠実さから来ています。
後任者は「また聞いたら迷惑」と黙ります。 申し訳なさから質問できず、曖昧なまま業務を進めます。「簡単だから質問をするまでもないのか・・・」というバイアスもかかります。
この2つの構造が重なると、何も伝わらないまま引き継ぎが終わります。
「この仕事は簡単です」
この一言が出た時点で、引き継ぎは成立しません。
「簡単」という言葉が残り1割のイレギュラーの存在を隠します。業務の件数でいえば通常業務が9割・イレギュラーが1割です。しかし業務時間の配分は逆転します。イレギュラー対応に9割の時間が費やされます。
「簡単と言われたのに」と後任者は相談できなくなります。そしてイレギュラーが発生した瞬間に、会社の義務が遂行できなくなります。
簡単かどうかの判断は後任者がするものです。前任者がすることではありません。
3ヶ月に1度しか発生しない業務が最も危険
誰も覚えていない。記録もない。前任者もいない。
この瞬間に業務は再現できなくなります。
これは例外ではありません。必ず発生します。
3ヶ月に1度しか来ない業務こそ設計しなければ、必ず積み残しになります。イレギュラー対応ほどドキュメント化されず口頭調整になります。得意先とのイレギュラーは営業部と口頭調整。仕入先とのイレギュラーは調達部と口頭調整。決算のイレギュラーは税理士や社長と口頭調整。これらは記録されず、担当者の頭の中に蓄積されます。担当者が辞めた瞬間に消えます。
マニュアル化やチェックリスト化の罠
よく現場でミスや間違いが起きたときに、マニュアルを作っていないかった、チェックリストを整備していなかった、という原因特定になることがありますが、これは間違いです。
マニュアルに記載されても更新されていない
マニュアルは作って満足するケースが多く、その後、新しいシステムを入れたとき、やり方を変更したときには更新されていないーケースが多い。結果として実態とマニュアルが乖離しているケースは多く見受けています。
マニュアルに記載されても見ない
一度覚えた業務についてもマニュアルは見ません。またマニュアルを見るより体で覚えた方が早いという方もいます。また目の前の仕事をこなすことが一杯一杯であり、マニュアルを振り返っている暇がないということもあります。このためマニュアルがあるからといって十分に見られないケースは多く見受けています。
チェックリストに記載されてもチェックリストが十分に機能していない
担当者は作業をすること、作業をこなすことで一杯一杯です。このため作業終了したら、終わった、という気持ちでいっぱいになり、振り返ることはあまりしません。とにかく目の前の仕事を期日内に終わらせなければいけないというプレッシャーがあるのです。このためその後のチェックを詳細に行う、という意識までなかなか迎えません。また期日がタイトである場合は、チェックリストによるチェックが十分に機能しないケースも多くあります。
解決策|業務の設計から始める
マニュアルを作るだけでは解決しません。
見なくても動ける仕組みにする必要があります。
① 業務を分解する
「簡単」という言葉が出た業務は、必ずもう一段階分解します。
何の資料を使うのか
どこを確認するのか
いつやるのか
どこから取得するのか
どこに保存するのか
「今月分」「先月分」という相対表現は使いません。「2026年4月分」と具体的な月を明示します。
② 判断基準を言語化する
手順ではなく判断を書きます。
どんなケースがあるのか
そのときどう判断するのか
なぜそう判断するのか
この3つを記録しない限り、属人化は再発します。3ヶ月に1度しか発生しない業務こそ最優先で記録します。
③ チェックまで設計する
事前チェック→処理→事後チェックがセットです。チェックを省略した仕組みは半製品です。
推移によるチェック(前月・前年同月との比較)が最も有効です。「この数字は正しいか」ではなく「この数字は自然か」で判断します。
またチェック担当者は作業担当者と分けることも基本です。
④ 引き継ぎは1度で完成しないと設計する
「1回説明した」は引き継ぎの完了ではありません。引き継ぎの開始です。
実際に業務が発生して初めて「わからない」に気づきます。繰り返しを前提に業務の設計をします。
最後に
引き継ぎはイベントではありません。
状態です。
これは例外ではありません。必ず起きます。
これは理想ではありません。設計しなければ必ず失敗します。
「いつ誰が抜けても会社の義務を遂行できる状態を作り続けること」——これが引き継ぎの完成基準です。この状態を作らない限り、属人化は必ず再発します。
問題は人ではありません。業務の設計です。そして属人化は業務の設計でしか解決できません。
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筧 智家至
公認会計士・税理士
BackofficeForce株式会社 代表(12年・3500社以上支援)
