なぜバックオフィスの属人化防止のためにイレギュラーは設計しなければならないのか——営業と根本的に違う理由

バックオフィスの属人化はイレギュラー事項を放置したときに必ず発生します。

はじめに——「失敗しながら覚えてください」が通用しない仕事がある

新しい担当者が入ったとき、多くの会社でこう言います。
「最初は失敗してもいいから、やりながら覚えてください」
これが通用する仕事と、通用しない仕事があります。
バックオフィスは、通用しない側です。
私は公認会計士として22年間、3500社以上のバックオフィスを支援してきました。その中で確信していることがあります。
バックオフィスのイレギュラー事項は、事前に設計しなければならない。
なぜか。今日はその構造的な理由をお伝えします。


バックオフィスは「減点主義」の世界

営業と、バックオフィスには根本的な違いがあります。
営業は加点主義です。
売れれば評価される。多少の非効率や失敗は、成果でカバーできる。「失敗から学べ」が成立する。
バックオフィスは減点主義です。
給与計算を間違えた。税務申告が漏れた。社会保険の手続きを誤った。
これらはすべてペナルティに直結します。
・従業員の給与が間違っていれば、信頼を失う
・税務申告に誤りがあれば、追徴課税が発生する
・社保手続きのミスは、法令違反になる
ミスをしなくて当たり前。できていても褒められない。でも一度でも失敗すると、会社・従業員・取引先に直接ダメージが及ぶ。
これがバックオフィスの本質的な構造です。
だから「失敗しながら覚える」が通用しない。だからイレギュラーの判断を事前に設計しておくことが、バックオフィス運営の必須条件なのです。


9割・1割の法則——なぜイレギュラーだけが属人化するのか

ここに、バックオフィスの属人化を理解する上で最も重要な法則があります。
業務の件数でいえば:
通常業務 9割 / イレギュラー業務 1割
でも業務時間の配分は逆転します:
イレギュラー対応 9割 / 通常業務対応 1割
通常業務は誰でもできます。手順書があれば回る。マニュアルがあれば引き継げる。
問題はイレギュラーです。
件数としては全体の1割に過ぎない。でもその1割の対応に、業務時間の9割が費やされている。そして、そのイレギュラー対応の知識はすべて、特定の担当者の「経験と記憶」に依存している。
だから担当者が辞めると会社が止まる。
通常業務が止まるのではありません。イレギュラーが来たときに誰も判断できなくなるのです。
3500社支援で見てきたミスのパターンがあります。バックオフィスのミスは、発覚するまでに時間がかかることが多い。気づいたときには複数月分の誤りが積み重なっている。修正コストは、最初から設計していたコストの何倍にもなります。

そしてこのイレギュラー事項は非常にやっかいなことがあります。これは毎月、毎日発生しないことです。3カ月に1度発生するものもあれば、1年に1度発生するものもある。100社のうち1社だけ、3カ月に1度発生すること(たまに発生することがある)。
このときバックオフィスの担当はどのように対処をするかというと、その時の営業担当や購買担当など、自分以外の人に話を聞きに行きます。そうすると別部署の担当は「この取引は、○○という取り決めが事前に行われたから、この時だけこのような処理になったんだ」ということを説明してくれます。バックオフィスの担当はこれをもとに通常とは異なる処理を行います。ただこの取引は今後もたまに発生することになります。毎回毎回聞いて処理をし続け、気づけばその処理をしていたバックオフィス担当が退職をし、後任担当がなぜこの処理をしていたのかが不明になる。後任担当は引継ぎの過程で引き継がれた業務をスケジュール通り行うことで一杯一杯でイレギュラー事項を後回しにする。結果として積み残しが出てしまい。日が経ってから子の不明点を調査する。その時には誰もわからない状況になっている。

設計すべきは通常業務の手順ではなく、イレギュラーの対応パターンです。


引き継ぎが失敗する本当の理由

「前任者から3日で引き継いだ」——こういうケースを何度も見てきました。
でも3日で何が伝わるのか。
ここに、引き継ぎが必ず失敗する構造があります。
前任者は言います。「これを見ておいてください」と資料を渡す。
でも人間はそんなに細かく読みません。ポイントがどこかわからないまま文章を読んでも、頭に入ってこない。前任者は「引き継いだ」という認識になる。後任者は「引き継がれた気がしない」「何がなんだかわからない」という状態のまま残る。
それにもかかわらず、前任者が後から「引き継ぎましたよね?」「前にも話しましたけど?」と言う。
こう言われるから、後任者は質問できなくなる。
9割はわかる。でも残りの1割——実際の業務でどう判断すればいいかが、いまいちわからないまま残る。
その1割が、イレギュラー対応の9割を占めています。
結果として業務が炎上する。
引き継ぎの失敗は、説明する側の質の問題ではありません。判断基準が言語化されていなかっただけです。
そしてもう一つ重要な視点があります。これは皆様の経験があり、私も経験がありますが、業務の説明を細かくすることは多くの時間を割くことになるので、説明を省略したがります。なんとかして短い時間で説明を済ませようとします。これは私だけではなく普通の人にもおきえる人間の心理なんだと思います。そうなるとどうなるか。結局、端折った引継ぎ説明になるので細部にわたるまでに引継ぎが行われません。そうすると上司や依頼者が期待するような業務がすべて実施できるわけではなくなります。前任者はできていたのに、後任ができない、というのはこのような事象によるものです。
また引継ぎの際の言語化も非常に難しいポイントです。引継ぎの際に「これをここまでやる」という説明をしたとしても、後任担当者は「どの資料のどれを」、「何日までにやるのか」、「やるというのは1部だけやるのか、全部やるのか、8割やるのか」ということがわかりません。


「第三者が理解できる状態」が唯一の完成基準

引き継ぎ書の完成度を判断する基準は、一つだけです。
その業務を知らない第三者が読んで、理解できるかどうか。
頭のいい前任者だけがわかる引き継ぎ書は、引き継ぎ書ではありません。「前任者の記憶の補助ツール」に過ぎません。そのドキュメントを見た別の人は、何もできません。つまり、何も引き継がれていないのと同じです。

❌ 前任者が見てわかる → 引き継ぎ書ではない
❌ 上司が見てわかる → 引き継ぎ書ではない
✅ 業務を知らない第三者が読んでわかる → 初めて引き継ぎ書になる

この基準で作られたドキュメントだけが、担当者が変わっても業務を止めません。
さらに重要なのは「言葉の定義を統一する」ことです。
例えば「売上の資料を確認してください」と言われたとき——前任者は「売上管理表」と呼んでいた。別の担当者は「売上実績表」と呼んでいた。同じ人でも気分によって呼び方を変えることがある。
業務をほとんど知らない後任者は、「売上管理表」と「売上実績表」は何が違うのだろう、と混乱します。同じものなのか、別のものなのか。確認しようとしたら「前にも言いましたけど」と言われる。
曖昧な言葉は、曖昧な業務を生む。言葉の定義を揃えることが、設計の第一歩です。


「採用基準」の誤解が属人化を加速させる

属人化が必然的に起きてしまう、もう一つの構造的な理由があります。
バックオフィスにおける「優秀な人」の定義が間違っているからです。
「何でも知っている、何でも処理できる人」を採用しようとしていませんか。
これをやると、業務の設計がおろそかになります。なぜなら、その人が日々あわただしく業務をこなす中で、自分でやったほうが著しく速いからです。
優秀な人ほど「自分で考えて解決できてしまう」。他人に説明する、他人にやらせるよりも自分でやったほうが早い。できない人を見て「なんでこんな簡単なことができないのか」と感じてしまう。そして言語化をせずに日々が過ぎ去っていく。
悪意はまったくありません。高い能力と会社への貢献意欲から生まれています。
「自分でやったほうが早い」の積み重ねが、20年分のブラックボックスになる。
本当に必要なのは「処理できる人」ではなく、「仕組みを構築できる人」です。業務の設計に意識を向けなければ、将来リスクは必ず顕在化します。退職・病気・突然の離脱——そのとき初めて「設計がなかった」と気づく。しかし、そのときはすでに手遅れです。


イレギュラー設計の3ステップ

では、どうすればいいのか。シンプルです。
Step1:イレギュラーをリストアップする
過去に発生した例外ケースを書き出す。「こんな請求書が来たことがある」「この取引の仕訳で迷った」「社保でこういう特例があった」——すべて書き出す。完璧じゃなくていい。まず存在を可視化することが出発点です。
Step2:判断基準を言語化する
「このケースが来たら、こう判断する」を文書化する。手順書ではなく判断基準書です。「なぜそう判断するか」の文脈まで書けると、第三者が読んで理解できる状態に近づきます。
Step3:言葉の定義を統一する
社内で使う資料名・用語を一つに決める。「売上管理表」と「売上実績表」どちらかに統一する。「そこを入力して」ではなく「○○シートのB列に入力して」と書く。曖昧な言葉をなくすことが、引き継ぎを成立させる前提条件です。


まとめ——バックオフィスの属人化は「設計の欠如」から生まれる

属人化は、担当者の能力の問題ではありません。
バックオフィスが減点主義の世界であること。イレギュラーの1割が業務時間の9割を占めること。引き継ぎは第三者が理解できて初めて成立すること。
これらの構造を理解せずに「優秀な人を採用すれば解決する」と考え続ける限り、同じ問題が繰り返されます。
強い会社は、優秀な人に依存しない。設計に依存する。
イレギュラーの設計こそが、バックオフィスを止まらない組織に変える、最も重要な一手です。

## 関連記事
バックオフィスの属人化についてはこちらの記事でも解説しています
バックオフィスの属人化が起きる会社の特徴5選——問題は人ではなく業務の設計にある|筧 智家至|バックオフィス仕組み化
   
次回は「属人化を解消した会社が実際にやった3つのこと」を書きます。


筧 智家至(かけひ ちかし)
公認会計士・税理士
BackofficeForce株式会社 代表
12年間・3500社以上のバックオフィス支援実績

いいなと思ったら応援しよう!