【ケースレポート3】「自転車に乗りたい」を叶えるロジック:目標の主権と評価の物差し
理学療法士として10年のキャリアの中で、私が最も大切にしてきたことの一つに、「本人の夢を、リハビリテーションという名の具体的なプランに翻訳する」という作業があります。
今回は、小脳梗塞を患い、激しいめまいと闘いながら「もう一度、二輪の自転車に乗りたい」という高い壁に挑んだあるパートナーとの歩みを紐解きます。
1. 目標の主権はどこにあるか:セラピストは究極の「助手」である
リハビリテーションにおける「ゴール」を決めるのは、医師でもセラピストでもありません。それは、あくまで患者さん本人であり、そのご家族です。セラピストの役割は、その目的地に向かうためのお手伝いをする「プロの助手」であるべきだと考えています。
かつて、私は担当したパートナーにこう伝えました。
「なんでも言っていいんですよ。ゴールを決めたら、それに向けたプランを立てますから」
明らかに身体にとって不都合であったり、理不尽な内容でない限り、私はどのような目標に対しても医学的なロジックでサポートできる自信がありました。この揺るぎない「伴走者のスタンス」こそが、リハビリの第一歩となります。
2. 三輪車の提案と「自律性」:文明の利器をどう捉えるか
訓練の過程で、私は一度「最新型の三輪車」を提案したことがあります。
現代は便利なツールが溢れています。家の中なら「アレクサ」が助けてくれ、買い物なら宅配スーパーが自宅まで届けてくれます。それらと同様に、転倒リスクがあるなら三輪車という選択肢も、合理的で安全な「戦略的代償手段」の一つです。
しかし、彼女はその提案を即座に「却下」しました。
外見への配慮もありましたが、それ以上に「自分の足で二輪のバランスを取りたい」という彼女の強い意志を確認できたことは、大きな収穫でした。便利さに頼るのも一つの正解ですが、本人が望む「自律性」を尊重し、あえて困難な道にプロとして伴走すること。そこに理学療法の真髄があると感じています。
3. なぜ「ストイックな教官」になったのか:評価基準のロジック
初回の走行訓練を終え、彼女は晴れやかな顔で「自己評価は80点!」と言いました。しかし、私はあえて「評価が高いですね……」と、ストイックな教官として振る舞いました。
彼女と私の間には、リハビリの達成度を測るための「点数の付け方」に決定的な違いがありました。
まず、パートナーである彼女の評価スタイルは、いわば「減点式(引き算)」です。めまいが生じたことや、疲労を感じたことなど、今の自分に「できなかったこと」を基準にし、理想の状態から点数を差し引いて現状を捉えていました。
対して、ロジカルPTを自負する私の視点は、一貫して「加点式(足し算)」です。これまでの過酷な訓練で積み上げてきた身体機能が、実際の場面でどれだけ正確に発揮されたか、そして「安全性」という目に見えない価値がどれほど着実に積み上がったかを評価の軸に据えています。
私にとっての「100点」は、単に自転車に乗れることではなく、公道という複雑な環境下で、血圧や疲労までも完璧にコントロールし、安全を担保し続けられる状態を指します。彼女の喜びを尊重しつつも、プロの伴走者としてあえて厳しく「加点」の精度を求めること。それが、彼女を本当の意味での自由へ導くためのロジックなのです。
彼女の喜びを否定するのではなく、その先にある「本当の自由」を掴むための課題を提示すること。それが、プロの伴走者としての責任です。
結び:次の「100点」へ向けて
現在は、より出力の強い電動自転車という「新しい重力」に身体を適応させていくフェーズにあります。
ロジカルPTとして、私はこれからも彼女の「80点」を「100点の安全」に変えるためのロジックを提供し続けます。しんどい訓練の先にしかない、風を切って走る喜びを、確かなものにするために。
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