教育は芸術だけでよいーAI時代の教育論
野口悠紀雄さんが指摘するように、資格試験の勉強や情報処理的な知識の習得は、すでにAIで代替できる時代になった。
では、これからの時代に「人間が人間を教えるべきもの」とは何だろう?
私は、それは芸術であると考える。
これからの人類は、極論すれば、芸術だけを学べばよいのだ。
芸術家しか教育者になれない時代へ
芸術はAIには教えられない。それは人間が人間にしか伝えられないもの、つまり「生きた営み」だからだ。
芸術教育の担い手は芸術家に限られる。これからは教師というより、「創造する者」しか教育に携われない時代が来るだろう。
私の提案は、その第一歩としての小文である。
1. 国語 ― 文学という芸術
国語は、文学作品を通して学べばよい。
歴史も文学だ。翻訳も文学だ。
教科書に載っている断片的なテキストではなく、分厚い小説を、1冊ずつ読むべきだ。
国語教師は「作家」でなければならない。
プロでなくてもいい。五流でも構わない。自分でも書こうとした人間だけが、言葉の重みと選び抜かれた文の美しさを伝えられるからだ。
「本なんて、自分の好きなものを読めばいい」と思う人もいるだろう。
まさにその通り。だがそれならなぜ、学校には「国語の教科書」があるのだろう?
「読まなければならない文」が存在しているのだろうか?
ならば、本当に読むべきものだけを教科書にしてしまえばよい。
高校卒業までに、人類の文学の至宝をすべて読み尽くすカリキュラムを作ればいい。
そのためには、毎日読書の時間が必要になる。小学生には児童文学の傑作を、中学生からは本格的な文学を。
漢籍の素読は小学生から。『三字経』から始めよう。古文は中学生からでよい。
旧字体・旧仮名遣いに戻すべきだ。それは懐古趣味ではなく、本来の日本語の豊かさを守るための改革である。
✒︎文学全集を教科書に
以下は、当然教科書に含めるべき作家・作品群である。すべて原文で読む必要はないが、すべてに触れるべきである。
日本文学
夏目漱石全集/森鷗外全集/芥川龍之介全集/堀辰雄全集/太宰治全集/立原道造全集/三島由紀夫全集 など
世界文学(翻訳でも可)
イリアス/オデュッセイア/ギリシア悲劇/レ・ミゼラブル/ジャン・クリストフ/にんじん/車輪の下/初恋(ツルゲーネフ)/戦争と平和/アンナ・カレーニナ/悪霊/白痴/カラマーゾフの兄弟/失われた時を求めて/若きウェルテルの悩み/ファウスト/若草物語/風と共に去りぬ/秘密の花園 など
中国古典
『大学』『論語』『孟子』『中庸』/『史記』『十八史略』/漢詩全般
日本古典
『源氏物語』/『万葉集』ほか
これを読めば、「国語」がどれほど大変で、どれほど豊かで、どれほど価値のある営みかがわかるはずだ。
言語は思想をつくる。
英語よりもまず、母語を徹底的に鍛えなければならない。
2. 数学 ― 論理という芸術
数学は、国語の次に重要な科目だ。
数学は、論理と構造を扱う芸術である。だが今の教育では、数学の面白さは、ほとんど伝わっていない。
なぜ高校数学はこんなにつまらないのか?
「数学者が増えると社会にとって都合が悪いので、面白くしすぎないでください。」
——そんな言葉を、私の恩師(世界的に活躍した数学者の一人)が、ある飲み会でぽつりとこぼしたことがある。
もちろん公式な文書などない。だが、私は思わずうなずいてしまった。
あれほど美しく、自由な学問が、なぜ学校教育でこれほどまでに歪められているのか。
それは教育が、「知ることを愛する心」を育てるのではなく、「知ることを諦めさせる」制度として機能しているからかもしれない。
大学数学を前倒しせよ
高校までの数学は面白くない。それは事実だ。
だが、大学3年レベル以降から、数学はとてつもなく面白くなる。
高校でもできるだけ大学内容まで先取りすべきだ。たとえば:
線形代数、微分積分
ベクトル解析、常微分方程式、複素解析、集合と位相
抽象代数学、測度論、トポロジー、多様体論、偏微分方程式、確率論
これらを1つ学ぶのに、1年はかかる。数学は、本当に難しい。
法律書や医学書が1日で読めるとしても、数学は違う。
1行に数日かかることが、普通にある。
それが、数学という名の思考の芸術だ。
お互い、焦らず、一歩ずつ、頑張ろう。
3. 音楽 ― 感性の芸術
音楽もまた、AIには教えられない。
今や音大卒はあふれている。だからこそ、公教育でこそ、一人一人に楽器を。
ピアノは、誰でも音が出せる楽器だ。基礎的な鍵盤練習と楽譜読解を、全員に課してみてはどうか?
楽譜を読むことは、極上の脳トレになる。音を聴く力が育てば、外国語の音の吸収も段違いになる。
実際、私の外国語習得法は、文学作品の音読CDをひたすら聴き、最初から最後まで耳で覚える、というものだった。
音楽家にとって、これは自然な学び方だ。
音楽は、世界と言葉の豊かさを、身体ごと受け止める芸術である。
おわりに ― 学びとは、生きることそのもの
「勉強はつらいもの」「教育は成績のための道具」
そんな常識を、私たちはいつのまにか信じ込まされてきた。
だが、芸術だけが残る未来を想像してみてほしい。
そこでは、人間が人間にしか教えられないことだけが、次の世代に伝えられる。
教育とは、生きた芸術を手渡すことなのだ。
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メッセージはschool.sanda.contact@gmail.comへ。応援していただけるととてもうれしいです!芸術以外の教育は不要。文学・数学(本物の)・音楽。本気で教育を変えたいです。全額法人口座に入ります。人生ネタ化中の五流数学者・指揮者・詩人より。