【痕跡探訪】妙法ヶ岳の妙法 (後編)
妙法ヶ岳での体験は、ただの登山や観光ではなかった。下山後の私を包んだ感覚は、朝とはほんの少し違う人になったような感じであった。振り返ってみれば、一日のすべての出来事が象徴に満ちた「巡礼」だったように思う。
朝の脱出劇は、日常から聖域へ向かうための通過儀礼であった。奥さんとのやり取りの中で「ウサギの餌を諦める」という選択をしたことは、世俗的なこだわりを手放す小さな生け贄であり、その放棄によって旅の門が開かれた。
門前町は衰退していたように見えた。しかしそれは単なる衰退ではなく、俗と聖をつなぐ結界としての本来の役割を取り戻した姿だった。人の賑わいが減ったことで、かえって「祈りのための静けさ」が蘇り、私の心も巡礼の準備を整えることができた。
何度も襲いかかるヒルは、ただの害虫ではなく、浄化の使者であった。彼らは私の体から血を吸い出し、同時に心の澱みを引き取っていったのだろう。血が止まらないほどに流れ出たのは、「不要なものをすべて流し去れ」という大規模な浄化であり、禊ぎ(みそぎ)の象徴だ。それは、新しいステージに入るための大きなリセットだ。下山後、帰宅して寝るまで血が止まらなかったことは、浄化が続いていた証である。
満願堂や登山道、奥の院で出会ったトカゲたちは「再生と復活」の象徴である。特に尻尾を再生中の姿は、失っても再び立ち上がる生命力を映し出していた。 「失ったものを取り戻す力」「新しい自分に生まれ変わる力」 に思える。彼らは奥の院や霊山を守りながら、私に「再生と復活」の暗示を授けた。
苦しい登山の途中、「下山するか、それとも登るか」で迷ったことは、人生における大きな選択の象徴だ。そこで「心に従い山頂を目指した」ことは、直感=魂のナビゲーションを信じたことを意味する。これは「困難の中でも魂の声に従えば道が開かれる」という体験を身体で刻んだといえるだろう。
岩から絶え間なく滴る水は、仏法の妙なるはたらきを象徴していた。建物は朽ちても、水は途切れることなく流れ続ける。形あるものは壊れても、真理は生き続ける。これは大いなるメッセージであった。
妙法ヶ岳の山頂に展望はなかった。期待していた景色は存在しなかったのだ。しかし見上げれば、青空はどこまでも広がっていた。外に探しても得られないが、心の中にこそ展望は開ける。この気づきこそが「妙法」の体験であり、この日最大の収穫だった。
帰り道も苦難は続き、腰や膝は痛み、ヒルが再び足に喰らいついた。駐車場でソックスを脱ぐと血が驚くほど流れ出した。それでも私は「心に従って本当に良かった」と思えた。これは「苦しみを抱えたままでも心に従えば満足を得られる」という教えだった。私は普段、奥さんの病の対応に追われ、日々制約のある生活を送っている。それでも心は「自分の魂の自由」を求め、祈りの場へ導いた。華厳寺(けごんじ)は、私にとって「苦しみを抱えたままでも、満願に至れる場所」だったのだ。
特筆すべきは、登山口から山頂の往復において「人に一人も会わなかった」ことだ。これは大きな意味を持つ。巡礼は本来「自己との対話」であり、純粋に自分と向き合う時間となる。誰もいなかったのは「今回の修行は私ひとりのために用意された特別な道」だったと解釈できる。
山や奥の院にはそもそも俗世と隔てる結界がある。人がいなかったのは、外界とのつながりを断ち切り、神仏と一対一で向き合わせるための状況だったともいえる。それは御本尊の十一面観音や岩屋の不動明王が、私を直接導こうとしていたのだ。
苦しい道中、もし人がいたら支え合えたかもしれない。楽しい時間になったかもしれない。けれどあえて誰もいなかったことで、「自分の力と心だけで越える」体験が与えられた。
こうして一日を振り返ると、朝、「心のナビ」が華厳寺を示した理由が見えてくる。すべてが私に「心を信じよ」と語っていた。外のナビではなく、心こそが真のナビゲーターである。そしてその心は、あの山頂で見上げた青空のように澄み渡り、どこまでも広がっているのだ。
華厳寺は門前町から仁王門、本殿、奥の院、妙法ヶ岳と「奥へ奥へ」と進んでいく構造を持っている。これは「心の奥」「魂の最深部」への旅を象徴する。私の心が華厳寺を示したのは、外の世界ではなく自分の内奥を探りに行くべき時期だったからにちがいない。
今回の体験は、まさに「魂の浄化と再生の巡礼」であった。つまり、この登拝は私が今までの古い殻を脱ぎ捨て、新しい自分へと生まれ変わるための大きな通過儀礼だったのだ。ヒル=「浄化」、トカゲ=「再生」、滴る水=「法妙(普遍の真理)」、展望なき山頂=「内なる展望」、これらすべての象徴が用意されていた場所が、まさに華厳寺の奥だった。私の心は「そこに今の私への答えがある」と知っていたのだ。
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