頑張るのをやめた日。心に「空白」を迎え入れたら
古い文机から離れ、寝室へ向かうたびに、ずっと私の視界の端に引っかかっているものがありました。それは、寝る場所の窓ガラスのくすみ。毎晩、布団に入るたびに「汚れているな」と気になっていたのです。
以前に調べたとき、窓掃除は「曇りの日、あるいは晴れた日の夕方」が良いと書いてありました。けれど、一日の終わりにそんな気力は残っていません。ずっと気になりながらも、放置されたまま。
今日の天気は、朝から一面の曇り空。どうやら近くを台風が通過しているらしく、一日中このままのようです。
直感が「やろうかな?」と言っている
……ふいに訪れたその囁きに、私はいつもなら優先するはずの「やるべき仕事」を、そっと横に置きました。
改めて検索してみると、教えてもらった方法なら10分で終わるらしい。クエン酸水、重曹水、そして数枚の雑巾。それらを用意して、気になっていた寝室のガラス窓の前に立ちました。
外側のガラスには、クエン酸水を吹き付けて。雑巾を滑らせていくうちに、だんだんと頭の中の雑音が消え、静かな空白が広がっていきます。
ふと「動的瞑想」という言葉が、曇り空へ溶けるように浮かんできました。
クエン酸水で拭いて、水拭きして、乾拭き。集中して次々と手を動かします。内側のガラスは重曹水で、同じように拭き進めていきました。
けれど、なぜか白いスジのような拭き残しが消えません。不審に思ってもう一度スマートフォンで検索してみると、そこには残酷な一言が。
「クエン酸水の、かけ過ぎの可能性があります」
なんですと!? 早く言ってよ……。
料理初心者がクックパッドを見ても一発で美味しく作れないように、私もまだまだガラス拭きとしては初心者なのでした。
さて、ここからどこまで綺麗にするか。
完璧に仕上げたい執着と、もう投げ出したい妥協。それでも、少しでも透明な世界が見たいという淡い希望。頭の中で落としどころが決まらないまま、時間だけがとうに10分を過ぎていきます。
結局、「よし、ここまで!」と自分に言い聞かせて、道具を片付けました。
そのあとです。
畳にごろりと横になり、昼寝をしながら何気なくその窓を見上げました。
窓の外に見えるのは、切り取られた空と、いつもの隣の家。
そこには、私が残した不格好なスジが、いくつも白く浮かんでいます。
けれど不思議なことに、毎晩私を焦らせていた「掃除しなきゃ」という重いノイズは、もうどこにもありませんでした。完璧ではないけれど、やりきった。その事実だけで、心に心地よい隙間ができていたのです。
拭き残しの不格好なスジの向こう側で、台風の風に煽られた雲が、びゅんびゅんと驚くほどの勢いで流れていくのが見えました。
それは完璧な透明さよりも、ずっと私を惹きつける、生々しくて美しい世界の姿でした。
理屈を捨てて「なんとなく」を選んだとき。世界はいつも、不完全な私たちのために、小さな幸福を用意して待ってくれている気がするのです。
『大日月地神示』には、このような言葉があります。
「癖手放せよ」
いつもなら無視してしまう、小さな直感。
それを取りこぼして「やらなければ」と自分を追い込んでしまうのは、わたしの古い心の癖だったのかもしれません。
癖を手放し、ただ直感に従ってみる。
そうしたときに、世界がどれほど優しい変化を顕(あらわ)してくれるのかを、今回は身をもって体験させていただきました。このような体験をさせてもらえて、お計らいに感謝致します。
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