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50代、衣替えをやめた。減らしたのは服ではなく組み合せ。

朝晩の風が、少しだけ乾いてきた。

去年までなら、この風を感じた週末に、私は押し入れの前で膝をついていた。衣装ケースを引きずり出して、夏物を畳んで、冬物を出して。半日かけて、部屋じゅうを服だらけにして。そして夕方には決まって、ぐったりしていた。

膝が悪いのに、その日だけは、半日ずっと床に膝をついていた。

今年は、やらない。というより、去年からやめた。衣替えという行事そのものを。


「衣替えは、季節の節目を感じる大切な習慣」。たしかに、そう言われている。私も長いこと、そう思っていた。

でも、あの半日で私がやっていたことを正直に書き出すと、こうだった。

  • 去年着なかった服を、また畳んでしまう

  • 「まだ着られる」と思って、決断を先送りする

  • 服の量は変わらないまま、場所だけを入れ替える

季節を感じていたわけじゃなかった。先送りを、年に二回、きれいに畳み直していただけだった。


先に、正直に書いておきます

この手の記事は、たいてい「10着まで減らしました」と書いてある。

私は減っていない。全部で18枚ある。

  • 白のカットソー 3枚

  • 黒のカットソー 3枚

  • スウェットのカーディガン 3枚

  • レギンス 4本(ヨガ用2・綿素材2)

  • ロングスカート 3枚

  • ワンピース 2枚

それでも、朝クローゼットの前に立っている時間は、数秒だ。

減らしたのは、服の数ではなかった。組み合わせのほうだった。

私は、パンツを履かない

私はパンツを履かない。膝が良くないので、レギンスで膝まわりを固定して、その上にスカートかワンピースを重ねる。これが、いちばん一日を穏やかに過ごせる形だった。

好みで選んだわけではない。体が決めた。

長いこと、それを不便だと思っていた。お店に並んでいる服の半分は、はじめから私のものではない。試着室に持ち込む前に、選択肢が半分に減っている。

でも制服化を考えはじめてから、見え方が変わった。あれは制限ではなく、もともと引かれていた境界線だった。私はそこに、自分で線を引き足せばよかっただけだ。

型は2つ、色は2色

18枚のクローゼットにあるのは、実は服のリストではない。たった2つの型だ。

型①:レギンス+ロングスカート+カットソー
ふだんの日。寒ければ、スウェットのカーディガンを一枚。

型②:レギンス+ワンピース
それだけ。組み合わせを、ひとつも決めなくていい日のための型。

そして色は、白と黒しかない。

だから朝の私が決めているのは、「どっちの型か」と「白か黒か」の二回だけ。18枚あっても、コインを二回投げるのと同じ回数しか、頭を使っていない。

これが、私にとっての制服化だった。

クローゼットを開けた瞬間の、あのざわつき

なぜ、そこまで固定したのか。

クローゼットを開けた瞬間の、あのざわつきが苦手だからだ。たくさんの色と柄が一度に目に飛び込んできて、まだ何も着ていないのに、少し疲れる。

刺激を求めるHSSの私と、刺激に参ってしまうHSPの私。HSS型HSPと呼ばれる私の中では、「新しい服が欲しい」と「もう何も見たくない」が、同じクローゼットの前で同時に起きる。

だから私にとって、クローゼットは収納ではなく、毎朝いちばん最初に通る「ノイズの部屋」だった。

衣替えが憂鬱だったのも、作業量のせいじゃない。年に二回、そのノイズと半日、正面から向き合わされるからだった。

ワンピース2枚は、避難経路

型②のワンピースは、おしゃれ着ではない。

前の日に人と会いすぎた朝。よく眠れなかった朝。理由もなく、今日は無理だな、とわかる朝。そういう日に、上と下を合わせるという判断が、どうしてもできないことがある。

その日のために、ワンピースを2枚だけ置いている。

決めなくていい日を、あらかじめ用意しておく。仕組みの中に、避難経路をひとつ通しておく。制服化でいちばん効いたのは、枚数を減らすことではなく、これだった。

私の衣替えは、レギンスの厚さが変わるだけ

レギンス4本の内訳は、ヨガ用が2本、綿素材が2本。

ヨガ用は、そのまま土曜のヨガに使う。着替えのために一日を止めなくていい。綿素材は、肌が敏感になっている日用。肌ざわりのほうから、その日の自分を選べるようにしてある。

そして季節で本当に入れ替わっているのは、この4本のうちどれを手に取るか、それだけだった。

スカートも、ワンピースも、カットソーも、去年と同じものが同じ場所に掛かっている。私が「衣替え」と呼んで半日かけていたあの作業の正体は、レギンスの厚さを一段変えるための、壮大な前置きだった。

膝を守るために選んだ形が、そのまま、いちばん身軽な形だった。

いまの私のクローゼットに、ニットは一枚もない

秋冬の話をしているのに、白状します。

この18枚の中に、ニットが一枚もない。コートもない。押し入れの奥にも、ない。去年の冬に袖を通さなかったものを、そのまま見送ったからだ。

だから私の秋は、押し入れから出すことでは始まらない。迎えることで始まる。

年に一度、ここだけは全力で迷う。型を動かさないと決めているからこそ、その一枚を選ぶ時間が、私にはごほうびになった。

そして今年の日付は、もう決まっている。9月11日。

そこで迎えるのは、ニットを2枚と、モッズコートを1枚。ニットの色は、黒と、紺。

白と黒しかない私のクローゼットに、紺が一枚だけ入る。たったそれだけのことを、私はもう一週間、考えている。刺激を求める側の私が、久しぶりに前のめりになっている。

土台が動かないから、そこで冒険しても着地できる。制服化は我慢ではなく、安心して飽きるための仕組みだった。

衣替えの日にやること(15分)

やめたのは「入れ替え」であって、季節の節目そのものは残している。ただし、やることはひとつだけ。

この一年、一度も袖を通さなかった服に、お礼を言って見送る。

入れ替えないから、迷いようがない。ハンガーの並びを見れば、着ていない服は一目でわかる。10分か15分で終わる。押し入れは開けない。膝もつかない。

ただし順番がある。買ってから見送るのではなく、迎える前に、見送る。三着迎えるなら、先に、送り出す。

これをやらないと、制服化はかんたんに崩れる。型が2つのままでも、その中身が4枚、6枚と増えていって、また衣装ケースが要るようになる。私は一度それをやりました。

だから今週末、私はハンガーの前に立つ。9月11日より前に、空きをつくっておくために。


今朝も、クローゼットの前に立っていた時間は数秒だった。今日は型①。黒のロングスカートに、その下は綿のレギンス。

季節は、服を入れ替えなくても、ちゃんと変わってくれる。
変えるのは、レギンス一枚と、これから迎える三枚だけでいい。


もしよかったら、教えてください。
あなたのクローゼットに、一年着ていないのに手放せない一着、ありますか。その理由のほうに、私はすごく興味があります。


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