愛を最期まで ー母のことー | エッセイしりとり るぴなすさんの「空から届いた愛」に母の愛を想う
るぴなすさんから、「エッセイしりとり」のバトンをいただきました。
「エッセイしりとり」というのは、マイキーさんの夏祭り企画のこと。
バトンを渡して下さった方の記事タイトルの最後の一文字を受け取り、その文字から始まるタイトルでエッセイを書いて、次の人へバトンをつないでいく企画です。
るぴなすさんの記事は、「空から届いた愛」。
この空は世界と繋がっていて、青い空の向こうから、たくさんの優しさや愛が届いていることに気づかせて下さる、感動的な記事でした。
るぴなすさん、ありがとうございます😊
私が受け取った一文字は「愛」です。
❤️愛を最期まで ー母のことー
愛と聞いて、真っ先に思うのは母のことです。
なので、母のことを書こうと思います。
私はいわゆる母子家庭で育ちました。
6歳で父を亡くし、
7歳で姉を亡くし、
その後、結婚して家を出るまでの18年間は、
母一人、子一人の二人家族。
おそらくたくさんあったであろう感情を眠りに就かせ、
“明るさ“だけが目を覚ましているような日々。
母もまた同じだったのでしょう。
人生の途中で立て続けに最愛の人を亡くし
泣き言も言わずに私を育ててくれた。
時々ちょっとワガママなところもあったけれど、
ワガママを言うときに見せる母の人間っぽさが
私は嫌いではありませんでした。
そういう時でさえも母は
どこか可愛らしくあったからです。
元号が令和に変わる年のある夜、
母から入院したという電話があり、
私は翌朝の新幹線で病院へ急ぎました。
そこで医師から下されたのは3ヶ月の余命宣告。
さらに、追い打ちをかけるかのように
母の容態が急変し、
言葉を発することができなくなってしまったのです。
前の夜、病室を出る私に何度もありがとうと言って、
笑って見送ってくれた母。
今思えば、あれが私が聞いた母の最後の言葉でした。
入院するまで、一人で全てをこなし暮らしてきた母。
その母が、たったの一晩で何が変わったというのだろう。
目の前の母を見るだけで涙が止まらない。
掛けようとする言葉全てが嗚咽で消される。
ごめんなさい。
こんな私を見たら、母はきっと気にするだろうし、
心配をかけて申し訳ないと思うだろう。
母の目が私を捉え、
母の耳が私を感じようとしているのが分かるから、
私も声を起こして話しかけようとするのだけれど、
声よりも先立つ思いがボタボタと床に落ちて行くのでした。
それから私は、
母の側にいることを選びました。
二人の間に残された時間の中で、
母が一番気掛かりにしていた家のことや
避けては通れない今後の準備、
それらに向き合う覚悟を決めました。
❤️とても大切なこと。
私の周りにある「愛」に気づいたのもこの頃です。
休職を許してくれた職場。
母親である私の不在を
丸ごと受け入れてくれた私の家族。
仕事のあと、
部活のあと、
家族で分担しながら家事をこなし、
元気が出る歌まで送ってくれました。
心配してくれる友や周りの人の温かさ、
懐深く包んでくれるふるさと、
帰り道に見た夕陽にさえ愛がいっぱい。
その一つ一つに、母の愛が宿っていると感じました。
親子とはつくづく不思議なものだと思います。
私だけが一方的に話しているように見えて、
母はいつも私の話を聞いてくれていました。
私は生まれてから今日までの、
私の記憶にある母とのことを、
思い出せる限り話し続けました。
母が帰ってくると嬉しかったこと。
お祭の夜に買ってもらった赤い飴玉の思い出。
怖い夢を見た夜に、手をつないで寝てくれたこと。
カニカマの笑い話。
理不尽に叱られ、布団を被って泣いた話も。
この頃、母は笑い話をすると笑ったり吹き出したりするようになっていました。
看護師さんは科学では解明できないことが起きている!
と驚いたけれど、それからも何度か笑ってくれました。
「幸せだね」と言ったら、頷いてくれた母。
私は一所懸命に生きた母への一生分の感謝と
あるだけの愛の言葉を伝えることができました。
それでもう充分でした。
母の夢を見た翌日のこと。
奇跡のようなことが起こりました。
神父様の祈りにじっと耳を傾けていた母が、
突然目を開けて私を見たのです。
ずっと待ち望んでいた母の優しい眼差し。
母の目から涙が溢れていました。
私は母が泣いていることが嬉しかったのです。
大丈夫。
母も泣いていいんだよ。
こんなぐしゃぐしゃな顔でしか言えないけれど、
ありがとう。
大好きだよ。
母は最後まで母親でした。
震えが止まらない私の手を
温めてくれたあたたかい手。
気持ちが整わない私に、
1日も欠かさず母の友人が側にいて支えてくださったことも、
母が私を一人にしないようにと
神に祈ってくれたからなのだと思います。
「愛とはこういうもの」と、言葉ではなく、
生き方そのもので、愛することを教えてくれた母。
母からもらった愛は、今も私の中にあります。
愛は受け取って終わるものではなく、
なくなるものでもありません。
誰かから誰かへ、手渡されていくもの。
母から私へ。
そして、子どもたちや周りの人たちへ。
私が誰かを大切に思うとき、
誰かの声にならない声を聴くとき、
誰かの幸せを願うとき、
そこにも母からもらった愛が流れています。
それを忘れずにいたいと思います。

母の夢を見た。
扉の向こうからすれ違いに出て行く母を
私が見送った。
その日の夕方、
オレンジ色に光り輝く空から
幾筋もの光が降りて来て
あぁ やっぱり
母はいってしまうのだと分かった。
きっと神は この光の階段を降りてくる。
こんなに美しい空へ連れられていくのなら
何の心配もないだろう。
私も神に全てを委ねようと 心を決めた。
そして、
母は与えられた人生の歩みを終え、
主の御許に召された。
私を産んでくれてありがとう。
愛をありがとう。
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❤️次の方へバトンをお渡しします!
と、言いたいところですが、
締切間近(8/31💦)の無茶ぶりになってしまいそうなので、ここでバトンを置いてしまうことをお許しください。
楽しい企画を考えて下さったマイキーさん、
私にバトンを渡して下さったるぴなすさん、
この記事を最後まで読んで下さった皆さま、
エッセイしりとりで出会って下さった皆さま、
心からありがとうございます💕
