いい人なのに疲れる理由
「いい人なのに、なぜか疲れる」──そんな相手、いませんか?
誠実で、やさしくて、責任感がある人。でもその人の“感情”まで、あなたが引き受けてはいませんか。
このエッセイは、「いい人」との境界線に疲れた人のための、優しさの整理術。
やさしくすることと、自分を守ることは、きっと両立できるから。
職場に、「とてもいい人」と呼ばれる先輩がいる。
誠実で、優しくて、困っている人を放っておけないタイプ。
他部署の若手社員がうっかり失敗したときも、
「俺も一緒に頭を下げに行くから」と声をかけていた。
けれど、その夜。
彼は予定を調整しながら、何度も何度もオロオロと動き回っていた。
正直、その姿を見て、私は心の中でこうつぶやいていた。
「それ、あなたの仕事じゃないですよね?」
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彼の行動の動機は、きっと“やさしさ”だ。
誰かの責任をなかったことにするためじゃなく、
「自分の言葉の足りなさが、誤解を生んだかもしれない」
そんな気持ちが、心のどこかに引っかかっていたのだと思う。
その気持ちは、私にもよくわかる。
でも──
「責任を引き受けること」と「気持ちを背負うこと」は、違う。
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誰かの“未処理の感情”を、そのまま家庭や別の場所に持ち帰って、
「なんとなく辛くて…」「ちょっと落ち込んでて…」と、輪郭のないままこちらに差し出してくる人がいる。
それが“いい人”であっても、いや、むしろ“いい人”だからこそ、しんどいことがある。
私は、人の気持ちを感じ取りすぎてしまうところがある。
言葉にされなくても、声のトーンや沈黙の重さで、「何かあったな」と気づいてしまう。
そして、相手がまだ言葉にできていない感情を、代わりに整理してあげようとしてしまう。
でも、それを続けていると、
相手の“見えない依存”に、知らず知らず巻き込まれていく。
気がつけば、自分で抱えるべき感情までこちらに流れ込んできて、
私はいつの間にか、疲れ果てている。
「なにがあったの?」と聞けば、少しずつ話してくれるけれど、
話しながらもなお、自分の責任を過大に背負い続けていて、
「でも俺がもっとちゃんとしていれば…」と繰り返す。
そんなとき、私は彼の誠実さに胸打たれるどころか、
その誠実さがどこまでも“自分ごと”にしてしまうことに、静かに疲れていくのだ。
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境界線は、冷たさではない。
むしろそれは、信頼のかたちだと思う。
「ここから先は、私の責任じゃない」
「それは、あなたの判断で整理してほしい」
そう言えることは、自分を守るだけでなく、
相手を大人として信じることでもある。
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だから私は、もう何も言わずに受け止めることはしない。
ただ沈黙の中で気配を読むのも、もうやめたい。
ちゃんと聞く。ちゃんと向き合う。
でも、引き受けすぎない。
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優しさを理由に、線をぼかさないでほしい。
誠実だからこそ、どこまでが自分の役割で、どこからが違うのか、
その線を引ける人であってほしい。
私が疲れているのは、
そのやさしさの“カタチ”に、いつも少し無理があるからだ。
⸻
「いい人なのに、疲れる理由」
それはきっと、責任の所在を明確にできないまま、気持ちだけが流れてくる関係に、
こちらが気づかないうちに“受け皿”にされてしまっているから。
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まだ、その人の誠実さを嫌いになれないから。
まだ、言葉の奥にある気持ちを理解したいと思っているから。
私は、疲れながらも、その関係を続けてしまう。
でも、せめてこれだけは、心に置いておきたい。
私は「いい人」より、「境界線を引ける人」のそばにいることを選びたい。
もしあなたが“疲れてる側”なら、もうそろそろ、背負わなくていい感情を降ろしてもいいかもしれません。
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読んでくれて、ありがとう。
あなたが、ここにいてくれてよかった。
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still.
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