掌編小説『波の音』【シロクマ文芸部】
杏色の地平線を、波の音がなだらかに縁取っている。
「なあ。結婚、してくれない?」
「うん。いいよ」
寄る白波が夕陽と交わり、儚げに瞬いた。
「ほんとうか?」
「嘘。あなたとは、結婚しない」
「え?」
波の音が、沖合に消えていく。
「それも嘘。私でよければ、お願いします」
「おい……こんな時にからかうなよ」
彼女は、夕陽と影のコントラストを羽織って、こちらを向いて微笑んだ。
「寄せては引いていく、波の音。表現してみたくなって」
「寄せるのは大歓迎だけど、引くのは心臓に悪いから、やめてくれ」
彼女はくくっと意地悪く笑った。
結婚はひたすらに現実だ。甘い幻想はない。
互いに身を寄せ合える日もあれば、離れていく日もあるだろう。
けれど、足元の波跡のように、思い出は残っていく。
重なっていく。交わっていく。何度でも。
それを忘れない限り、きっと、大丈夫だ。
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