見出し画像

【第11話】『蠍(さそり)の毒と、蝶の羽音』(歴史王国編)


【前回までのあらすじ】
悠(はるか)が教えた日本語の「音読み・訓読み」が、この世界の100年越しの封印を解く鍵となった。典言王国の配下・翠(みどり)は、自分の名に含まれる「すい」という音を聞いた瞬間、忘却の彼方にあった100年前の記憶――消された「無限王国」の配下の彩(さい)と親友であった自分を思い出す。
それは、彼女と雪也(ゆきや)が共に歩んできた「現在の時間」すら疑わせる、魔法王・尚秋(なおあき)による凄惨な歴史の改ざんだった。かつての親友・彩が魔法王国の「鈴」として人形にされている可能性が浮上する。
奪われた100年の人生と、愛する者の記憶を取り戻すため、雪也は激しい怒りとともに尚秋への反撃を誓う。一行はさらなる真実を求め、文字の深淵が眠る典言王国へと舵を切る。

前回のお話はこちら






1. 祝祭のあとの静寂:人形への「おしおき」


魔法王国(マギステル)の喧騒が遠のき、クリスタルのシャンデリアが冷たい光を放つ玉座の間。


悠(はるか)たちが歴史王国へと引き揚げた直後、そこには凍りつくような沈黙が降りていた。


「……鈴(すず)。さっき、テラスで悠に何か吹き込んだのかい?」


国王・尚秋(なおあき)の声は、低く、鼓膜を這うような不気味な甘さを帯びていた。
彼は、微かに震える鈴の顎を細い指先で掬い上げる。

40代の男の円熟味と、少年のような残酷さが同居するその瞳には、一滴の慈悲もなかった。


「……いいえ。何も」

「嘘は感心しないな。僕の『おしおき』が必要かな?」


尚秋が指を鳴らした瞬間、鈴の首元に巻き付いた青い鎖が、彼女の神経を逆撫でするような鋭い電光を放った。

「っ……あ……っ!」

鈴はその場に崩れ落ち、声を押し殺して悶絶する。

記憶も、本来の姿も奪われ、ただの「人形」として時を止められた彼女にとって、この激痛だけが、自分がまだ生きていることを実感させる唯一の感覚だった。


「可愛いね、鈴。
君のその苦悶に満ちた表情は、100年前から少しも変わらない。
……僕の大切なコレクションなんだから、勝手な真似は困るよ」


尚秋がさらに鎖の力を強めようとした、その時。
重厚な扉が開き、絹が擦れるような妖艶な衣擦れの音が響いた。


「――そこまでになさい、尚秋。
あなたの大切な配下(こ)をこれ以上傷つけるのは、趣味が悪いわよ」

現れたのは、典言(てんげん)王国の国王、揚羽(あげは)だった。

40代特有の、熟しきった果実のような色香を纏った美魔女。
彼女の背後には、揚羽蝶の翅(はね)を模した薄衣が、夜風に揺れて幻想的な影を落としている。

2. 緋色の女王と、美しき独裁者


「おや、揚羽。
……一旦中止だ。鈴、別室へ行っておいで」

尚秋は退屈そうに指を弾き、鎖の光を消した。

鈴はふらつく足取りで、一度も振り返ることなく、深い影の中へと消えていく。


「……相変わらず冷酷ね。
そんな男のどこがいいのか、自分でも嫌になるわ」

揚羽は吐息をつきながら、尚秋の懐へと迷いなく滑り込んだ。

尚秋はその豊かな身体を抱き寄せ、彼女の項(うなじ)に鼻先を寄せる。
その仕草は恋人同士のそれだが、二人の間にあるのは信頼ではなく、捕食者と被食者のような歪な共依存だった。


「揚羽。わざわざ出向いてくるなんて、よほど伝えたいことがあるんだろう?」

「……ええ。報告よ。
翠(みどり)の様子はどうかって、あなたが聞きたがっていたでしょう?」


揚羽の言葉に、尚秋の口角がわずかに上がった。

翠――かつて尚秋の側近であり、100年前の戦いで最も信頼されていた魔法使い。
けれど、尚秋は彼女から忘却の魔法ですべての記憶を奪い、その強力な魔力さえも封印し、歴史の彼方へ放逐した。


3. 奪われた100年:翠(みどり)の現在


「彼女……翠は、私が拾った時のままよ。
魔法の使い方も、自分の本当の名前も、100年前の凄惨な光景も
……何一つ思い出していないわ」


揚羽の声には、微かな罪悪感が混じっていた。

今の翠は、魔法の代わりに「力」による武術を磨き、典言王国の配下として、文字の解読にその身を捧げている。
かつての「翠(すい)」としての鋭利な魔法の輝きは、尚秋の手によって完全に封じ込められていた。


「雪也(ゆきや)の元へ送り込んだのは正解だったわ。
あの子は今、歴史王国のあの堅苦しい書庫で、元気にお使いをこなしている。……あなたの計画通りよ、尚秋」


「素晴らしい。雪也は『記録』という目に見えるものしか信じない。
足元に転がっている『最大の偽り』に、あいつが気づくことはないだろう」


尚秋は揚羽の顎を指でなぞり、満足げに微笑んだ。

翠を記憶喪失のまま他国へ放り出し、それを愛人である揚羽に拾わせ、再び自分の監視下に置く。

100年という時間を弄ぶ尚秋にとって、翠の人生さえも退屈しのぎのゲームに過ぎなかった。

4. 裏切りの代償:溺れる蝶


「……ねえ、尚秋。いつまでこのお遊びを続けるの?」


揚羽が、尚秋の胸元に顔を埋めて問う。

「私は、あなたが翠を恐れているから、彼女を遠ざけたのだと思っていたけれど……。本当は、ただ壊して楽しんでいるだけじゃないの?」


尚秋は答えず、ただ彼女の長い髪を指に絡めた。

揚羽は知っている。

この男が、かつて無限王国を滅ぼした時、どれほど冷徹に他人の人生を書き換えたかを。

そして今、自分がその片棒を担いでいることも。

(……翠、ごめんなさい。でも、私はこの男から離れられない)


揚羽の瞳に、悲しい色が宿る。
彼女もまた、尚秋が放つ抗いがたい毒に侵された犠牲者の一人だった。
利用されていると知りながら、自ら情報を差し出し、彼の腕の中で安らぎを求める。


「揚羽。君は僕の最高の協力者だ。
……次は、翠に『ある言葉』を届けてもらおうかな。雪也たちが最も疑わない方法でね」


尚秋の囁きが、揚羽の耳元で甘く響く。

祝祭の終わった魔法王国の夜。
二人の王が交わす密約は、まだ何も知らない悠たちの運命を、
さらに深い絶望の淵へと引きずり込もうとしていた。


続きが気になる方は『スキ』やフォローをお願いします♪

#創作次世代 #ファンタジー小説 #異世界転移 #歴史王国 #魔法王国 #二人の王の密約 #ダークファンタジー #美魔女 #連載小説 #スキしてみて

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集