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【第10話】『翠(みどり)』と『翠(すい)』重なる名前​(歴史王国編)


【前回までのあらすじ】
魔法王国での危機を乗り越えた歴史王国(ヒストリア)に、隣国・典言(てんげん)王国から伝令役の少女・翠(みどり)がやってくる。文字の魂を保存することを使命とする彼女は、冷静沈着な国王・雪也(ゆきや)が唯一「素」の自分を見せる恋人でもあった。
二人の仲睦まじい様子に驚く悠(はるか)だったが、翠が文字の専門家であることを知り、自らの「13点のテスト用紙」に秘められた謎を解く希望を見出す。
重い使命を背負う王たちの間にある人間味あふれる絆に触れ、この世界をより身近に感じ始めた悠。文字のプロフェッショナルである翠の協力を得て、13点の記録から「消された歴史」を読み解く新たな挑戦が始まる。

前回のお話はこちら




1. 典言王国の謎解き


雪也と翠が私室から戻ってきた頃、
地下書庫のテーブルには揚羽(あげは)様から届いたという書状が広げられていた。


そこには、この世界の共通語とは異なる、けれど私には見慣れた「漢字」が並んでいる。


「これ、典言王国の古い暗号なの。
揚羽様でも解読に時間がかかるって言ってて……」

​翠が首を傾げる。


私はその書状を覗き込み、思わず口をついて言葉が出た。

​「……これ、読めるよ。音読みと、訓読みを使い分ければ」


「オンヨミ? クンヨミ?」

雪也と翠が同時に目を見開く。


私はペンを手に取り、一つの漢字を指差した。

「例えば、この文字。一つの漢字には、中国から伝わった響きの『音(おん)』と、その文字の意味を表す日本独自の響き『訓(くん)』の二つの読み方があるんです」

​2. 名前の中に隠された「音」


私は説明のために、翠さんの名前を紙に書いた。


【翠】


「翠さんの名前もそうです。この字を『訓』で読めば、あなたが名乗っている『みどり』。カワセミの羽のような、美しい緑色のこと」


翠は嬉しそうに微笑んだ。

「へぇー! 私の名前、そんなに素敵な意味があるんだ」

「でも」

私は、その横に別の読みを書き加えた。


「この字を『音』で読めば……『すい』とも読みます」

3. 剥がれ落ちる忘却の殻


「……すい?」


その瞬間、書庫の空気が凍りついたように静まり返った。
翠の笑顔が、指先から血の気が引いていくように消えていく。


「……すい……翠(すい)……」

​「……知ってる。この、音……。誰かが、私をそう呼んでいた。
……でも、『みどり』じゃない。私は……私は、翠(すい)……」


翠の呼吸が荒くなる。


彼女の脳裏には、今の彼女が知るはずのない、けれど魂に刻まれた「残像」が流れ込んでいた。

「……彩(さい)……?」

​翠の口から、知らない名前が漏れた。

「彩って……誰?」

私の問いに、翠は脂汗を流しながら、断片的な記憶を繋ぎ合わせようともがく。

「……私と、一緒。……同じ、立ち位置で。
……すごく、親しくしていた……。
……配下? ……そう、無限王国の……配下だった……」


「無限王国……」

雪也の表情が険しくなる。
ついに、この国で禁忌とされている名前が、翠の口から語られた。


「……じゃあ、翠。無限王国の国王の名前は?
親しくしていた『彩』が仕えていた王は、誰なんだ」


雪也の静かな、けれど切実な問いかけに、翠はさらに顔を歪める。


「……お、う……。王の名前……。……だめ、思い出せない……。
……すごく、優しくて……強くて……。
……でも、名前が……霞んで……っ!」

​4. 繋がる違和感


翠は、そのまま崩れるように雪也の胸に顔を埋めた。


天真爛漫だった彼女の心に、尚秋が植え付けた「忘却」の毒。

それが、私の教えた「音」によって今、激しく解け始めていた。


(……鈴さんと、彩さん。
そして、翠(みどり)さんと、翠(すい)さん……)

​名前が重なり、記憶が交差する。

尚秋は、この二人の「配下」に何をしたのか。


そして、翠が思い出そうとして思い出せなかった「無限王国の王」とは、一体何者なのか。


「……雪也。私、怖い。……自分が自分でなくなるみたいで……。
でも、あの『彩』って子を、助けなきゃいけない気がするの……」


​雪也は、震える翠の背中を強く、壊れ物を扱うように抱きしめた。


「大丈夫だ、翠。君が忘れてしまったものは、僕たちが必ず取り戻す。
……悠、君の言葉が、この国の閉ざされた扉を叩き始めている」

​5. 決意の夜明け:時間軸の迷宮


翠の呼吸が落ち着くのを待って、地下書庫に重苦しい沈黙が降りた。


私は、自分の記した【翠】と【すい】の文字を見つめ、ある矛盾に気づき、心臓が跳ねた。

「……ねえ、雪也。さっき、翠さんは言ったよね?
親しくしていた『彩』は『無限王国の配下だった』って」


雪也の顔が、かつてないほど蒼白になっていた。

歴史を司る彼が、最も触れてはいけない禁忌の数式に触れてしまったかのような顔だ。


「……ああ。無限王国が滅亡したのは、今から100年以上も前のことだ。
魔法王国によって、地図から、そして人々の記憶から消し去られた
……はずの国だ」


私は翠を見た。
若々しく、天真爛漫な牡羊座の少女。

雪也の恋人として、今この時を一緒に笑っている彼女。


「……じゃあ、翠さんは。
100年以上も前から、ずっとこの世界にいたっていうこと……?」


私の問いに、翠は力なく首を振った。


「わからない……。私の記憶は、揚羽様に拾われる数年前からしかないの。でも、あの『音』を聞いたとき、私は確かに見た。
100年前の、あの燃え盛る宮殿を……」

雪也が、震える手で翠の肩を抱きしめる。

「……そんな、馬鹿な。翠、君は僕と出会い、共に時を重ねてきたはずだ。それなのに、君の魂は100年前の闇に縛られたままだったというのか。
尚秋は……あの男は、一体どれだけの時を歪めてきたんだ」


100年以上、若さを保ったまま記憶を書き換えられ、放逐された翠。

「……悠。歴史は単なる記録じゃない。命そのものなんだ」

​雪也の瞳に、静かだが激しい怒りの炎が灯った。


「100年分の人生を奪い、弄び、なかったことにする。
そんな傲慢な魔法を、僕は絶対に許さない。……翠、君が何者であっても、君の失われた100年を僕が取り戻してみせる」

地下書庫の深い闇の中で、私たちは確信した。


私たちが挑もうとしているのは、一人の王ではない。


100年という時間を食いつぶし、自分に都合の良い「偽りの現在」を創り上げた、巨大な歴史の怪物なのだ。

夜明けの光が差し込む頃、私たちは決意を新たにしていた。


『彩』が使えていた無限王国の王の名。
そして、翠がかつて仕えていた王は誰なのか。


現在尚秋の配下として人形のように沈黙を守る「鈴」。


すべてのピースが揃うとき、私たちは本当の意味で、魔法王が歪めた100年の時を解き放つことになる。


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