【第13話】『百年の孤独、消された王』(歴史王国編)
【前回までのあらすじ】
悠(はるか)の言葉によって封印が解け始めた翠(みどり)の記憶。彼女は夢の中で、100年前の「無限王国」の黄金の輝きを思い出す。そこには親友・彩(さい)と、彼女が愛した王・遼(りょう)の穏やかな日常があった。
しかし、その幸福は尚秋(なおあき)の青い炎によって焼き払われる。目の前で彩を奪われ、自身も記憶を書き換えられた絶望の光景。目覚めた翠の頬には、失われた100年分の熱い涙が伝っていた。
天真爛漫な「みどり」の仮面は剥がれ落ち、そこには尚秋への激しい殺意を宿した魔法使い「翠(すい)」の魂が蘇る。親友を救い出すため、彼女は残酷な真実を抱えたまま、反撃の決意を固めるのだった。
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1. 剥がれ落ちる「みどり」の皮
歴史王国の地下書庫に、悠の声が静かに響いたあの日から、
翠(みどり)の世界は一変した。
悠が教えた『翠』のもう一つの読み
――「すい」。
その、鋭く冷たい氷の礫のような響きが、翠の脳内にあった忘却の氷壁を粉々に砕いたのだ。
「……思い出した。
私は、揚羽様に拾われた可哀想な子なんかじゃなかった」
翠の声は震えていた。
彼女の瞳からは、いつもの天真爛漫な輝きが消え、代わりに100年分の重すぎる絶望が宿っている。
「私は、魔法王国 国王尚秋(なおあき)の元配下……。
あいつの隣で、魔法の力を振るって、逆らう国を力でねじ伏せてきた……。
雪也、私はあいつが狂い始める前から、ずっと側にいたの。
彩(さい)の国が滅ぼされる時だって、私は何もできなかった……。
歴史を壊すあいつを止められなかった、共犯者なんだよ……!」
膝をつき、自分の手を汚物でも見るかのように見つめる翠。
当時は「国を豊かにするため」と信じて振るっていた魔法が、
結果として尚秋の暴走を許し、無限王国の滅亡と、
その後の『忘却の魔法』による歴史の蹂躙を招いてしまった。
その悔恨が、彼女の心を鋭く切り裂いていた。
2. 消された王の名「遼(りょう)」
翠の記憶の断片が、濁流となって一つの形を結んでいく。
それは、100年前に尚秋が最も憎み、その存在さえも世界から消し去った「無限王国」の光景だった。
「遼(りょう)様……。
あの方は、感情を一切排した冷徹な『氷の王』だった。
けれど、誰よりも世界の行く末を案じ、最後まで彩を守ろうとしていた……」
翠の脳裏に、圧倒的なカリスマを放つ若き王・遼の姿が蘇る。
そして、その隣で幸せそうに微笑んでいた、慈愛の配下・彩(さい)。
「彩は、遼様を心から慕っていた。
私は……そんな二人の、不器用だけど温かい恋を、
側で応援するのが大好きだった。
尚秋は、遼様が持つ『無限の魔法』の力だけでなく、
二人の絆そのものを妬んだんだわ……」
尚秋は無限王国を滅ぼした直後、自らの罪を隠し、
遼の存在を消すために初めて大規模な『忘却の魔法』を発動させた。
さらに翠と彩の「絆」さえも嘲笑うように、
翠からは記憶を、彩からはその姿を奪ったのだ。
3. 揚羽の動揺:密告者の孤独
その頃、典言王国(てんげんおうこく)の玉座で
揚羽(あげは)は震える手で「監視の魔法具」を見つめていた。
警告音は、翠の封印が解かれたことを冷酷に告げている。
「……翠、思い出したのね。
ああ、これで尚秋様は、あなたを『壊れた玩具』として処分してしまう……」
揚羽の瞳に、絶望の涙が溜まる。
彼女は尚秋が無限王国を滅ぼしたあの凄惨な過去を知っている。
自分が単なる「情報の仕入れ先」として利用されていることも。
けれど、100年前から変わらぬ彼の美しさと、心に深く突き刺さる毒のような色香から、彼女はどうしても逃げられなかった。
恩よりも、良心よりも、尚秋という「愛」を選び続けてきた己の業に、彼女は身を焦がしていた。
4. 決断:愛か、恩か
そこへ、魔法王国の紋章が刻まれた緊急の書状が届く。
『翠を、僕の元へ連れてきなさい。壊れた玩具は、処分しなきゃね♡』
翠を死地へ送れば、自分はこれからも彼の側にいられる。
けれど、翠を失えば、自分の中に残っているわずかな「正義」も完全に死に絶える。
揚羽は震える手で、返信の羽ペンを握った。
「……ええ、わかりました。すぐに向かわせます、尚秋様」
彼女は独り言のように呟き、返信を送った。
その頬を伝う一滴の涙は、果たして愛への誓いか、
それとも救いようのない自分への弔いか。
5. 雪也の誓いと、新たな旅立ち
歴史王国の地下。
泣き崩れる翠の肩を、雪也は強く、そして優しく抱き寄せた。
「翠、僕を見て。
100年前、君が何を選択し、何に苦しんできたのか、すべて話してほしい。
……君が悔やんでいることも、救えなかった痛みも、
僕がすべて『歴史』として受け止め、共に背負う」
雪也の瞳には、揺るぎない覚悟が宿っていた。
「悠(はるか)、行こう。
魔法で書き換えられた偽りの歴史を、僕たちの手で終わらせるんだ。
氷の王の真実をこの世界に刻み直すために」
悠も力強く頷いた。
拓夜も静かに剣を構える。
四人は、揚羽が待つ典言王国へと、ついに足を踏み出した。
100年の沈黙を破り、消された王の名を取り戻すための、
最後の旅が始まろうとしていた。
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