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【第15話】『緋色の女王と、偽りの誓い』(歴史王国編)


【前回までのあらすじ】
典言(てんげん)王国の国王・揚羽(あげは)と、配下・翠(みどり)の100年に及ぶ因縁が明かされる。かつて尚秋(なおあき)によって心身を壊され、荒野に放り出された翠を救ったのは揚羽だった。二人は母娘のような強い絆で結ばれ、文字を守る「典言王国」を建国する。
 しかし、揚羽は尚秋の甘い誘惑と孤独という毒に絆され、彼への歪んだ愛に溺れてしまう。翠を守るためという口実のもと、尚秋の監視役として彼女の情報を流し続けてきた揚羽。
 愛への依存と、翠への恩。二つの感情の間で壊れてしまった緋色の女王が待つ典言王国へ、悠(はるか)たちはついに足を踏み入れる。100年の裏切りの幕が、今、残酷に上がろうとしていた。

前回のお話はこちら



1. 典言王国の罠:消えた活気

歴史王国から馬を飛ばし、悠(はるか)たちは翠(みどり)の典言(てんげん)王国へと足を踏み入れた。


しかし、いつもなら多くの書記官たちの羽ペンが鳴り響き、
活気に溢れているはずの宮殿は、不気味なほどの静寂に包まれていた。

「……おかしいわ。誰もいない」

翠が不安げに呟く。


一行が玉座の間へ進むと、
そこには緋色のドレスを纏った女王・揚羽(あげは)が一人、
冷徹な仮面を被って座っていた。


「……遅かったわね、雪也。それに、翠も」


揚羽の瞳には、いつもの美魔女らしい余裕はない。
その視線は氷のように冷たく、一同を射抜く。


「翠。尚秋(なおあき)様がお呼びよ。
……大人しく私と一緒に来なさい」

2. 揚羽の叫び:愛という名の「猛毒」


翠は雪也の背後に隠れることなく、毅然と一歩前に出た。
記憶を取り戻しつつある彼女の瞳が、育ての親とも言える揚羽を見つめる。


「揚羽様……。
私を可愛がってくれたのは、全部尚秋への献身のためだったの?
私を拾ったのも、彼に報告するためだけの『仕事』だったの……?」


その問いに、揚羽の冷徹な仮面が、音を立てて砕け散った。

「そうよ! 悪い!?」

揚羽は玉座から立ち上がり、なりふり構わず叫んだ。
その姿は、40代の女王というより、恋に破れ、狂った少女のようだった。


「私はあの人のためなら、世界だって裏切れる!
揚羽蝶が火に飛び込むように、あの人の毒に焼かれたって構わない。
あなたを差し出せば、尚秋様はまた私を抱きしめてくれるのよ! 私の100年の孤独を、誰が分かってくれるっていうのよ!」

剥き出しの依存。
あまりにも無惨で、あまりにも切実な叫びに、悠たちは言葉を失った。

3. 悠の言霊:『揚羽』の翼が守るもの


悠は、揚羽が震える手で握りしめている「尚秋からの指令書」に目を留めた。
その紙は、揚羽の指の跡が深く刻まれ、彼女が流した涙でじっとりと湿っていた。

「揚羽さん……。その紙、ボロボロじゃないですか」

悠は一歩、揚羽に近づいた。


「尚秋さんに言われるがまま翠さんを渡したいなら、
そんなに苦しそうに紙を握りしめる必要なんてない。
……本当は、翠さんを渡したくないんでしょ?」


「……何を知ったようなことを!」


悠は揚羽の制止を無視し、書記官が残していった紙とペンを手に取った。
そして、大きくその名を書き記す。

【揚羽】


「あなたの名前……私の世界でも同じ漢字を使います。
『揚』は、高くあげること。『羽』は、空を飛ぶ翼。
……揚羽さん、あなたは誰かに縋(すが)って、地に這いつくばって生きる人じゃないはずです」


悠の真っ直ぐな瞳が、揚羽を射抜く。

「誰かの色に染められるんじゃなくて、自分の翼で、
大切なものを守るためにその名前がある。
……あなたは、翠さんを愛してる。そうでしょ?」


悠の言霊が、尚秋の毒で麻痺していた揚羽の良心を、鋭く突き動かした。
揚羽の肩が、激しく震え始める。

4. 偽りの誓い:女王の最期の賭け


その時、宮殿の入り口から魔法王国の使者が現れた。
翠の引き渡しを催促しに来たのだ。

揚羽は一瞬、魔法王国の空を向き、次に翠と雪也を見た。

「……ええ。準備はできたわ」

揚羽の声から、迷いが消えていた。
彼女は不敵な笑みを浮かべ、魔法王国の使者に告げる。


「翠を連れて行きなさい。
ただし、私の『典言の魔法』で、彼女の記憶と力を完全に封印してからよ。壊れた玩具を尚秋様に届けるわけにはいかないもの」


揚羽は翠の前に立ち、呪文を唱え始めた。

それは使者の目には「封印の術」に見えたが、
翠の耳には別の言葉が届いていた。

揚羽は密かに、翠の掌へあるものを託したのだ。


(……翠。これは尚秋の監視を掻い潜るための『偽装の術式』よ。
私の魔力を込めてあるわ)

揚羽は翠に目配せをし、雪也に向かって静かに微笑んだ。

5. 決別の夜:死地への旅立ち

揚羽は、自らが「囮」となることを決意した。
翠に変装した幻影(身代わり)を連れ、尚秋の待つ本陣へと自ら乗り込むというのだ。

「雪也……翠を幸せにしなさい。
あの子の奪われた100年を、今度こそ本物の歴史にしてあげて。
……いいわね?」


そして揚羽は、悠の方を向き、意地悪そうに、けれど慈しむように目を細めた。

「……生意気な小娘ね。でも、嫌いじゃないわ。
私の心を読み解くなんて、百年早いのよ」


緋色のドレスを翻し、揚羽は魔法王国の使者と共に、闇の中へと消えていった。
その背中は、尚秋という光に焼かれることを覚悟した蝶のようでもあり、
愛する者を守り抜く女王のようでもあった。


「……行こう。揚羽さんが作ってくれた、たった一度の隙だ」

雪也の号令と共に、一行は魔法王国の深部へと潜入を開始した。

女王の命懸けの「嘘」が、100年の封印を解くための門を、
今、こじ開けようとしていた。


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