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【第5話】『白紙の記憶と、青い招待状』(歴史王国編)


【前回までのあらすじ】
語り部となった悠(はるか)は、織田信長の「天下布武」と、その理想の裏に潜む犠牲について語る。歴史の「光と影」に触れた悠に対し、国王・雪也(ゆきや)は、この世界でも魔法王・尚秋(なおあき)の手によって、都合の悪い歴史が「忘却の魔法」で抹消されている事実を告げる。

消された国「無限王国」の謎。魔法の影響を受けない外の世界の住人である悠は、自身の知識が真実を照らす光になる可能性を感じ、地下書庫に眠る微かな記録の断片を調査することを決意する。

13点のテスト用紙を握りしめ、悠は傲慢な守護者・拓夜(たくや)と共に、隠蔽された世界の真実を暴くための第一歩を踏み出す。

前回のお話はこちら


城の最下層へ向かう階段を下りるたび、空気の温度が一段ずつ下がっていくのがわかった。
松明の火が揺れ、私たちの影が湿った壁に長く伸びる。


「……ここが、地下書庫?」


拓夜(たくや)が重い鉄の扉を押し開けると、そこには言葉を失うほどの
静寂が広がっていた。
見上げるほど高い棚が幾重にも連なり、数万冊、あるいはそれ以上の古文書が、淡い魔法の灯火に照らされて眠っている。


(学校の図書室とは、全然違う……)

放課後の図書室には、ページをめくる音や、誰かの話し声、西日の温かさがあった。


けれど、ここは違う。

まるで、語られることを許されなかった「生きた記憶」が、何千年も閉じ
込められている巨大な檻(おり)のようだった。


「おい、あまりキョロキョロするなよ」

拓夜の低い声が、静寂を切り裂くように響いた。

彼はいつになく険しい表情で、棚の合間に視線を走らせている。


「……何かあるんですか?」


「いいか、深入りしすぎるな。ここにあるのは、ただの古い本じゃない。
魔法国王・尚秋(なおあき)の『忘却』に触れた書物も混ざっている」


拓夜が、一冊の表紙が焼け焦げたような本を指差した。

「忘却に触れた書物は、読む者の心まで削り取るって噂だ。
文字を追っているうちに、自分が誰だったのか、何のためにここに来たのかさえ忘れて、そのまま『本の一部』になっちまった奴もいる」

背筋に冷たいものが走った。

歴史を守るはずのこの国で、歴史そのものが牙を剥くことがあるなんて。


「……それでも、調べなきゃいけないんです。
雪也(ゆきや)も言っていた『無限王国』の謎を。信長が変えようとした
日本の歴史と同じように、この世界でも何かが『なかったこと』にされて
いるなら……」


私は、自分の胸元に手を当てた。
ポケットの中には、あのクシャクシャになった「13点」のテスト用紙が入っている。


「……わかったよ。どうしても行くってんなら、俺の側を離れるな。
お前が自分の名前を忘れそうになったら、俺が叩き起こしてやるからな」

ぶっきらぼうな拓夜の言葉に、少しだけ救われた気がした。


私たちは、一歩、また一歩と、歴史の深淵へと足を踏み入れていった。


地下書庫の奥深く、特定の年代――「無限王国」が存在したとされる時期の記録棚に、私たちは辿り着いた。

雪也から「ここなら何かがあるはずだ」と託された、
重厚な革表紙の古文書。


期待に胸を躍らせて、私はそのページをめくった。

けれど、そこにあったのは。


「……えっ?」

指先が触れたのは、冷たく乾いた、真っ白なページだった。
一文字も、一行も、墨の跡さえない。
次のページも、その次も。


「白紙……? 乱丁か何かじゃないの、これ」


「……いや。乱丁じゃない」

隣で棚を睨みつけていた拓夜が、地を這うような低い声で言った。

彼の拳は、白く染まったページを破らんばかりに固く握りしめられている。


「これは『消された』んだ。魔法国王・尚秋によってな」


私は、真っ白な紙面をじっと見つめた。
日本で習った、織田信長が最期を迎えた本能寺の変。
あのとき、多くの貴重な資料が炎と共に灰になったと言われている。


(……本能寺みたいだ。
でも、もっとたちが悪い。火で焼いた跡さえないんだから)


そこには確かに、誰かの人生があり、愛があり、営みがあったはず。

それなのに物理的な破壊すら伴わず、
「最初から存在しなかったこと」にされている。

この徹底した静かな消去に、私は言いようのない恐怖を覚えた。


「歴史を、何だと思っていやがる……」

拓夜の声が、震えていた。

歴史王国の配下として、王と共に記録を積み上げてきた彼にとって、
この「空白」は自分の存在を根底から否定されるような、耐え難い屈辱なのだ。


「……許せない」

思わず、言葉が漏れていた。
島根で感じていた、自分の存在が消えてしまいそうな孤独感。
それが今、この白紙のページと重なって、私の胸の奥で小さな火を灯した。


「拓夜。私、尚秋って人が怖かった。
でも今は、あいつがやってることが、たまらなく嫌い」


「……ああ。お前もそう思うか。俺もだ。
歴史を弄ぶ奴に、未来を語る資格なんてねえ」



二人の間に、重く、静かな決意が共有されたその時だった。

背後で、書庫の重い扉が再び開く音がした。


「二人とも、そこまでだ」

現れたのは、険しい表情をした雪也さんだった。

その手には、不気味な青白い光を放つ一通の書状が握られている。


「……雪也、どうしたんですか?」


「魔法王国からだ。尚秋本人の紋章が入った招待状が届いた」

雪也の声は、冷たく引き締まっていた。


「悠。君がこの国で『日本の歴史』を語り始めたことが、
どうやらあちらの耳に入ったらしい。
魔法国王・尚秋が、君を自分の国へ招待したいと言ってきた」


「私を……?」


白紙のページが広がる静寂の書庫に、新たな嵐の予感が漂い始める。

尚秋は、私の何を知り、何のために私を呼ぶのか。


歴史の「空白」の正体に触れようとした瞬間の、
あまりにタイミングの良すぎる招待状。


それは私たちが踏み込んではいけない領域に、
もう片足を突っ込んでしまった証拠でもあった。



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