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【第3話】『覇王の革命と「13点」の空白 〜信長が夢見た理想の果て〜』(歴史王国編)


【前回までのあらすじ】
島根での日常に絶望し、異世界「歴史王国(ヒストリア)」へ転移した女子高生・悠(はるか)。彼女が手元に持っていたのは、皮肉にも自分を苦しめていた「13点の歴史のテスト用紙」だった。

しかし、歴史そのものが価値を持つこの国で、その紙は「家一軒」に匹敵
する国宝級の財産として迎えられる。さらに悠が語る、日本語の「愛(あ)で始まり、恩(をん)で終わる」という哲学や、故郷・島根に息づく「八百万の神々」の物語は、国王・雪也や守護者・拓夜の心を激しく揺さぶった。

自身のルーツに誇りを取り戻し、雪也専属の「語り部(ストーリーテラー)」となった悠。神話の風を運ぶ彼女の異世界生活が、今ここから本格的に動き出す――。

第1話はこちら


「私が話したいのは、この国の『雪也さん』とは正反対かもしれない、
一人の男の物語です」

悠は13点のテスト用紙に書かれた、ひときわ力強い筆致の名前を指さした。

「日本で最も有名な戦国武将の一人です。彼は『天下布武』を掲げ、
バラバラだった国を一つにまとめようとしました。
その根底にあったと言われるのが、『八紘一宇』という理念です」


「ハッコウイチウ……。どういう意味だい?」

雪也が身を乗り出す。


「直訳すれば、『世界の隅々までを一つの家の屋根の下に集める』と
いうこと。もともとは、世界を平和な一つの家族のようにしようという、
神話に根ざした理想の言葉でした。
……でも、信長はその理想を実現するために、圧倒的な武力と恐怖で道を切り拓いたんです」

「信長が『覇王』と呼ばれた理由……。
それは、彼がそれまでの数百年続いた『当たり前』を、
根底からひっくり返したからです」


悠は、手元のクシャクシャになったテスト用紙の、
余白部分を指でなぞりながら語り始めた。


【楽市楽座(らくいちらくざ)】

「まず、彼は『商売』の形を変えました。それまでは、寺社や有力者が『座』という特権団体を作って、商売を独占していたんです。よそ者は商売ができない、そんな閉鎖的な世界でした」


雪也が鋭く頷く。

「どこの世界も同じだね。既得権益という名の、古くて分厚い壁だ」

「信長はその壁を、力ずくで取り払いました。それが『楽市楽座』。
誰でも、どこから来た者でも、自由に商売をしていい。税も免除する。
そう宣言したんです。……その結果、彼の城下町には人と言い伝(歴史)が溢れかえり、莫大な富が生まれました」

雪也の瞳が、黄金色に輝く。

「……情報の流動性を高めて、国を豊かにしたのか。
実に見事な『歴史の更新』だ」


【鉄砲隊(てっぽうたい)】

「そしてもう一つ。彼は戦(いくさ)の『美学』を壊しました。
それまでは、名のある武士同士が名乗りを上げ、一対一で戦うのが礼儀。
でも、信長は海を渡ってきた未知のテクノロジー……『鉄砲』を組織的に
使ったんです」

「鉄砲? ……遠距離から命を奪う、あの火器のことか?」

拓夜が身を乗り出す。

「はい。当時の鉄砲は、一度撃つと次を撃つまでに時間がかかる欠陥品
でした。でも信長は、三段構え……つまり、三列に並んだ兵が交代で撃ち
続ける戦術を編み出したんです。……泥臭い修練を積んだ武士が、昨日まで農民だった男の放つ一弾で倒される。
残酷ですが、彼は『個人の強さ』よりも『システムの強さ』を選んだん
です」

「……伝統を捨てて、合理性を取ったのか」

拓夜が、自分の剣を強く握りしめる。


「八紘一宇」の闇

「自由な商売と、圧倒的な武力。
この二つを武器に、彼は『八紘一宇(はっこういちう)』
……世界を一家族のようにまとめるという理想に突き進みました。
でも、その過程で、逆らう者は寺院だろうと女子供だろうと容赦なく焼き
払った」

悠の声が、少しだけ震える。

「彼は、新しい世界を作るために、古い世界のすべてを『悪』として消し
去ろうとしたのかもしれません。
……けれど、雪也さん。
あまりに早く進みすぎた彼は、結局、その理想を形にする前に、
最も身近な人間に裏切られることになるんです」


ここで悠の口調が少し重くなる。

「……でも、不思議なんです。
私が学校で習った信長は、あくまで『革命家』としての輝かしい姿ばかり。でも、彼が消し去った本当の叫びや、彼を裏切った者たちの真の理由は、
教科書には詳しく書かれていません」


悠は、島根の古い神社で感じた「空気」を思い出す。

「私の国では、時の権力者にとって都合の悪い歴史は、しばしば『闇』に
葬られてきました。勝者が書いた歴史は、敗者の無念を塗りつぶします。
……もしかしたら、私が習った13点の知識は、誰かが私に見せたかった
『綺麗な歴史』に過ぎないのかもしれません」


語り終えた私の言葉が、静かな城内に溶けていく。

雪也の好奇心に満ちた瞳と、拓夜の戸惑うような視線。
二人の反応を見ながら、私はふと思う。


(……信長が手にしたのは、未来を拓く鍵だったのか。
それとも、すべてを焼き尽くす破滅の炎だったのか)

それは、13点のテスト用紙には書かれていない、歴史の「本当の答え」を
探すような問いだった。



「面白い……」
雪也が、獲物を見つけた猛禽類のような目で微笑む。

「悠。その違和感こそが、歴史の真髄だよ。
記録に残された文字よりも、その行間に隠された『沈黙』にこそ、
真実が眠っている。
君の知る『日本』には、まだ僕たちが暴くべき巨大な秘密がありそうだね」


私はまだ知らなかった。
自分の語る歴史が、この世界の平穏を根底から揺るがし始めることを。


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