【第6話】『魔法国王の招待状と、偽りの祝祭』(歴史王国編)
【前回までのあらすじ】
消された歴史の謎を追うため、悠(はるか)と拓夜(たくや)は城の最下層にある地下書庫へと足を踏み入れる。そこで悠が目にしたのは、魔法王・
尚秋(なおあき)の「忘却の魔法」によって真っ白に塗りつぶされた、
異世界の歴史の残骸だった。
歴史を弄ぶ暴挙に、悠は島根で感じていた孤独を重ね、強い憤りとともに「真実を暴く」決意を固める。
しかし、その時、あまりにも絶妙なタイミングで魔法王国から一通の書状が届く。
それは、日本の歴史を語る悠を名指しした、尚秋本人からの不穏な「招待状」だった。罠か、それとも――。
悠の持つ知識が、世界の禁忌を揺るがし始める。
前回のお話はこちら
雪也の手に握られたその書状は、毒々しいほど鮮やかな青い光を放って
いた。
魔法王国(マギステル)の国王、尚秋からの招待状。
地下書庫で歴史の「空白」に触れた直後のこのタイミングは、
偶然にしては出来過ぎている。
「……行くしかないわね」
私は、自分の震える指先を隠すように、クシャクシャになった13点のテスト用紙をポケットの上からぎゅっと握りしめた。
歪な楽園、魔法王国(マギステル)
数日後。
私たちは、重厚な石造りの街並みが広がる魔法王国へと足を踏み入れた。
門をくぐった瞬間、私は肌を刺すような違和感に襲われた。
街中には色とりどりの魔法の火花が舞い、空中庭園からは甘い香りが漂っている。
人々は着飾り、歌い、踊り、まるで終わらない祝祭の中にいるようだ。
けれど、何かがおかしい。
行き交う人々の笑顔は、どこか張り付いたお面のように不自然で、
その瞳の奥には深い「虚無」が透けて見えた。
「……ねえ、拓夜。
この国の人たち、みんな楽しそうなのに、なんであんなに目が泳いでいるの?」
「……『忘却の蜜』を啜ってるのさ」
拓夜は忌々しげに、道端で笑い転げる男を睨みつけた。
「嫌な記憶を魔法で消し、その場限りの快楽を上書きし続けてる。
ここは、過去を捨てた者たちの吹き溜まりだ」
歴史王国が「記録」を積み上げる国なら、ここは「消去」を美徳とする国。
雪也さんの話によれば、この国は百数十年前に突如として建国されたという。
それは、あの「無限王国」が消滅する、少し前のこと。
つまり、この国を一代で築き上げた尚秋という男は、
優に百歳を超えていることになる。
蠍(さそり)の微笑
案内された玉座の間は、一面が鏡のように磨き上げられていた。
そこにいたのは、威圧感とは無縁の、驚くほどフランクな男だった。
「やあ、君が他の世界から来た子だね。……可愛いね♡」
見た目は40代前後。
大人の余裕を感じさせる整った顔立ちに、仕立ての良い漆黒のローブ。
けれど、その肌は不気味なほど瑞々しく、シワ一つない。
魔法で時を止めている証拠だ。
彼こそが、この国の絶対君主であり、歴史の破壊者――尚秋。
「……はじめまして。悠です」
思わず一歩引いてしまう私を、尚秋は面白そうに眺めている。
その瞳は、深紅の宝石のように冷たく、狙った獲物を決して逃さない蠍の
猛毒を秘めているようだった。
その傍らには、一人の少女が彫像のように佇んでいた。
名は、鈴(すず)。魔法王国の配下だ。
感情の読み取れない無表情な瞳。
彼女は一言も発さず、ただ私や拓夜の動きを冷徹に観察している。
人形のように美しいが、その内側には何の温もりも感じられなかった。
王たちの静かなる開戦
「尚秋。……お手柔らかに頼むよ。
この子はまだ、この世界に来て間もないんだ」
雪也が、私の前に一歩踏み出し、低い声で釘を刺した。
いつもの穏やかな笑顔はない。
二人の王の間に、物理的な重圧を伴うほどの沈黙が流れる。
「そんな人聞きの悪い……。
俺があの子に何かをするような言い方だな、雪也」
尚秋は肩をすくめて笑ったが、その声には一切の温度がなかった。
「俺はただ、興味があるだけさ。
この世界の理(ことわり)に縛られない、外の世界の『記憶』にね。
……ねえ、悠ちゃん。君のいた世界では、歴史はどんな風に消えていくのかな?」
尚秋が、音もなく私の隣に並んだ。
微かに香るのは、甘ったるい百合の花の匂い。
「ここみたいに、美しく、鮮やかに……人々の心から消し去られるのかい? 苦しみも、悲しみも、全部なかったことにしてあげるのが、本当の救いだと思わないかい?」
その問いかけは、あまりにも優しく、そして傲慢だった。
島根での学校生活。
友人への不信。
親との断絶。
確かに、すべてを忘れてしまえたら、どんなに楽だろう。
一瞬、私の心が揺らぐ。
「……いいえ」
私は、尚秋の深紅の瞳を真っ直ぐに見返した。
「私の世界では、歴史は勝手に消えたりしません。
誰かが、必死に守り続けているから。
たとえそれが、苦しい13点の記憶だったとしても……
それを消すのは、救いじゃなくて、その人の人生を奪うことだと思います」
尚秋の口角が、わずかに吊り上がった。
「ほう。……奪う、か。それは面白い解釈だ」
彼はパチンと指を鳴らした。
すると、ホール全体にさらに華やかな音楽が鳴り響き、
祝祭の第二幕が始まった。
「いいだろう。なら、今夜の祝祭を楽しんでいってよ。
この国が提供する『完璧な忘却』が、君のその固い意地をどこまで守れるか……楽しみだね」
祝祭の光に照らされた彼の横顔は、
やはりどこか、鋭い針を隠し持った蠍に見えた。
私は確信した。
この男こそが、無限王国の記憶を奪い、
鈴という少女から「心」を奪った、この世界の最大の闇なのだと。
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