#風まかせ文芸部【想像より小さい】
それが何の匂いなのか、最初は分からなかった。
歩いていると、ふいに甘い香りがした。
花のような、けれど花とは少し違うような匂い。
一度気づいてしまうと、どうにも気になる。
どこから来ているのだろう。
香りの強くなる方へ歩いてみた。
角を曲がる。
少し進む。
また香りが濃くなる。
見えないものを追いかけていることが、なんだか不思議だった。
やがて、道沿いの植え込みに小さな黄色い花を見つけた。
近づいてみる。
思っていたより、ずっと小さい。
あれほど遠くまで香っていたのだから、もっと大きく、華やかな花を想像していた。
スマートフォンで調べる。
金木犀。
これが、あの香りの正体だった。
名前を知ると、少しだけ親しくなったような気がした。
けれど、それ以上に驚いたのは、その小ささだった。
指先でそっと触れただけでも、花びらが落ちてしまいそうだった。
こんなに弱々しく見える花が、こんなにも強い香りを放っている。
そのとき、ふと思った。
私たちは、見えないものを勝手に大きくしてしまうことがある。
誰かの声だけを聞いて、その人を想像する。
短い言葉だけを読んで、その人のことを分かったつもりになる。
もちろん、目に見えるものがすべてではない。
けれど、見えないものを想像するだけでも、それはまた真実とは少し違う。
香りを辿らなければ、この花には出会えなかった。
花を見なければ、この香りの強さも分からなかった。
香りも本当だった。
花も本当だった。
ただ、どちらか一方だけでは足りなかった。
帰り道、また香りがした。
今度は、その正体を知っている。
けれど私は、少しだけ立ち止まった。
もしかすると、私は人についても同じことをしている。
見えないものから、大きな何かを想像して。
見えたものだけで、小さな何かを決めつけて。
そう考えたら、急に怖くなった。
金木犀が小さかったのではない。
私の想像が、大きすぎたのだ。
#風まかせ文芸部
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