#2 スーパーセンシティブ〜自分を殺すのはやめました〜(加筆修正版)
これは私、白山まひるの体験談です。
散々な人生を送りましたが、巣鴨にあるヨガスタジオ「サットヴァスタジオ」との出会いによって、不安障害を克服し、育児放棄をやめて、離婚も回避しました。
このスタジオに通うことで劇的に人生が良い方に変わったので、あえて「サットヴァスタジオ」と実名を出します。
なお、報酬などは一切もらっていません。
純粋に同じような体験で苦しんでいる人に知ってほしいという気持ちで自分の体験を書いているので、興味のある方は先を読んでほしいです。
ですが、「散々な人生」のくだりには性の描写やバイオレンスな内容が含まれます。苦手な方はブラウザバックしてください。
↓「サットヴァスタジオ」HP
↓この続きです
■つかの間の安定
私はもともと依存体質で、精神的にもろく不安定な部分がある人間でした。
上司の前で取り乱したあの日以来、だんだんと布団から出られなくなって会社にも行けなくなり、毎日得体の知れない何かに怯えながら過ごしていました。
この時期は家族すら目も合わせられず話も出来ずで、当時付き合っていた彼氏だけが唯一話を出来る存在で、心の拠り所でした。
このままではほんとうにおかしくなりそうだったので、彼氏に付き添ってもらい心療内科も受診しました。
診断結果は「全般性不安障害」。
得体の知れない何かに名前が付きました。
この後私は、彼氏の昼夜問わない献身的なサポートで、なんとか社会復帰を果たしました。
復帰先は知人の働く会社で、私の病状を理解したうえで受け入れてくれたのです。
社会復帰をしたと言っても不安定な精神状態は続いており、会社についてすぐに帰宅することも多くありました。
ひどいときは部屋に入れず、トイレから会社に電話して帰宅させてもらうことも少なくありませんでした。
それでも根気強く私を見守ってくれた当時の会社の仲間たち・家族・そして誰よりも献身的に支えてくれた彼氏には、本当に感謝しています。
■再発の兆し
そしてまた全般性不安障害が悪化したのは26歳の夏。
いまの主人との結婚生活が大きな要因となりました。
「何事も口にしなければ伝わらない」とはっきり主張する主人と、「ケンカになるくらいなら私が我慢すればいい」とする私の相性は最悪でした。
「彼に嫌われないように」
依存体質な私にとって、主人との関係はぜったいに壊してはいけないものでした。
自分の気持ちを押し殺し、主人の意見を通す。
「主人が最優先」の結婚生活を2年経て、夏に長男を出産したのです。
この一見幸せしかない状態が私の世界を壊すきっかけになるなんて、夢にも思いませんでした。
#3に続く
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