【小説・ヴィーナス症候群】(番外編64)week end
西土浦にある国立先端医工学研究センターのリハビリテーション部の金曜日。
その一角で、義肢装具士の平浜優はデスクの電話機を耳に当てていた。
「優ちゃん、筑豊義肢から電話入ってる」
「あ、ありがとうございます。お電話代わりました、平浜です」
受話器の向こうから、聞き覚えのある親しげな声が聞こえてくる。
「この前は出張に来てくれてありがとね。爆発事件、大変やったろう?」(番外編14話)
「ああ……はい、本当にびっくりしました」
優は頭の中で当時の光景を思い返した。
出張で筑豊義肢のオフィスを訪た日、その会社の前で爆発事件があったのだ。
原因は、連夜の爆音に耐えかねた地元住民が、深夜に集団走っていた暴走族へ向けて手榴弾を投げ込んだという嘘のような本当の事件だった。
「それでね、ちょっとお願いがあるんやけど。そっちで戦時中の義足とか、歴史的な資料をたくさん保存しとるやろ? 今度こっちで福祉展に参加することになってさ、いくつか貸してもらえんかいなと思って」
「なるほど、傷痍軍人記念館の資料ですね」
この研究センターの敷地内には、歴史的な資料を収蔵した記念館がある。
本来であれば、その管理を一手に引き受けている学芸員の冨手小春に取次ぎ、正式な手続きを踏むべき案件だった。
しかし、事務的なやり取りを間に入れるのもかえって手間だと感じた優は、受話器を握り直した。
「分かりました。担当に確認して、こっちで対応しときますよ」
通話を終えた優は、離れにある記念館へと向かった。
元を辿れば、この国立先端医工学研究センターは戦前・戦中に傷痍軍人の療養所として設立された施設が前身だ。
時代の変遷とともに最新の医工学研究機関へと姿を変えたが、敷地の奥にひっそりと佇む木造の旧療養所棟だけは、今も「傷痍軍人記念館」としてその役割をひっそりと全うしている。
もっとも、「記念館」とは名ばかりで、平日に訪れる客などほぼ皆無に等しい。
たまに賑わうとすれば、夏の平和学習の時期に地元の小学生が団体で見学にやって来て、並べられた義足や義手を前に「こわーい!」と声を上げて走り去っていく時くらいのものだった。
静まり返った木造の廊下を歩き、展示室の重い扉に手をかける。
すると、室内からアップテンポなディスコ調のベースラインとブラスセクションの音が漏れ聞こえてきた。
「すみません、小春さん……」
声をかけながら足を踏み入れた優は、目の前の光景に思わず足を止めた。
薄暗い展示室のガラスケースの中には、幾多の年月を耐抜いてきた木製や金属製の古びた義足が整然と並んでいる。
その重々しい空間の中央で、小春はスマホでYouTubeを大音量で流しながら、義足でノリノリでステップを踏んでいた。星野源だろうか。
そして何より優を硬直させたのは、彼女の装いだった。
普段の落ち着いたスーツではなく、鮮やかな水色のジャケットに、膝上丈の短いプリーツスカート。
頭にはチョコンと小さなピルボックス帽を載せ、手には白い手袋。
まるで昭和のバスガイドか、かつての航空会社のスチュワーデスのようなレトロで華やかな衣装を身にまとっていた。

「こ、こ、小春さん!?」
思わず素の声を張り上げた優に、ステップをピタリと止めた小春が跳ね上がるように振り向いた。
一瞬で顔を真っ赤に染め上げ、慌ててスマホの音量を下げる。
「え、ちょ、ちょっと何!? 何しに来たの!?」
「いや、『何しに来たの』じゃないですよ! 出張で前に行ったことのある会社から連絡があって、展示用に古い義足を貸してほしいって頼まれに来たんです」
「あ、あ、ああ……そういうことね。木箱に入った予備が倉庫にあるから、あとで取ってくるよ。……っていうか、それなら別に電話で頼んでくれても良かったのに!」
「それはそうなんですけど……」
優は視線を上から下へとゆっくり動かし、改めて小春の全身をまじまじと見つめた。
「でも、その格好は一体何なんですか?」
「あ、これ……? どうせ平日の昼間だし、誰も来ないと思って……。星野源の昔のライブツアーで、バックダンサーの衣装を真似してみたの」
照れくさそうに帽子の位置を直す小春に対し、優はふっと口元を緩めた。
「いやぁ……小春さんのミニスカ、眼福すぎますわ」
「……男子高校生みたいなこと言わないで」
小春は赤くなった耳を隠すようにプイと横を向き、スカートの裾を少しだけ気まずそうに直した。
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