Vol.51 健診を受けたのに、なぜ見つからなかったのか。「健診の落とし穴」。
以前にも似たような話題でコラムを書きましたが、「健診」という用語はとても有名で、知らない人はいないと思います。
ところが、その具体的な「中身」となると、途端に曖昧になります。少し極端に言うと、今日、健診を受けに来た方が100人いたとして、その100人が受けている検査項目は、突き詰めれば100通り、全員違うのです。
何の健診なのか、人間ドックなのか、どこの健保組合なのか、何歳なのか、性別、選んだコース、追加したオプション——これらの組み合わせで、検査の中身は一人ひとり違います。「みんな同じ健診を受けている」という前提は、実のところ成り立っていません。
制度そのものが「健診」を一つに定めていない
まず大前提として、日本には「健診」という一つの統一された制度は存在しません。Vol.14 「職場の健診を受けているから大丈夫」は危険な思い込み。|ドクターO でもお話ししたように、日本の健診は複数の法律に分かれた縦割りの仕組みになっています。
会社で受ける定期健康診断は労働安全衛生法、40〜74歳が対象の特定健診は高齢者医療確保法、市区町村のがん検診は健康増進法——根拠となる法律も、管轄する省庁も、実施する義務を負う人も、それぞれ違います。
さらにVol.16 「健診」と「人間ドック」は何が違うのか。|ドクターOで整理したように、集団全体の利益を目的に設計された「対策型健診(いわゆる職場の健診や市町村の健診、学校健診など)」と、個人が自費や福利厚生で受ける「任意型健診(いわゆる人間ドックやオプション検査)」とでは、そもそも検査を組み立てる思想が異なります。
この縦割りと設計思想の違いが、日本の健診制度の複雑さの土台です。私はこれを、日本の健診が抱える最大の構造的問題だと考えています。一部の企業だと「職場の健診」として「人間ドック(任意型健診)」が提供されていたりするので、ますます複雑です。
ただ、ここまではいわば「制度と制度の間」の違いの話です。今回お伝えしたいのは、その先——同じ制度の中、同じ施設の中、さらには同じ「人間ドック」という言葉の中でさえ、項目は揃っていない、という話です。
「会社の健診」も一律ではない
繰り返しになりますが、あなたがイメージしている「会社の健診」の中身は、別の会社の友人の「会社の健診」とは全く違うものの可能性があります。
労働安全衛生規則第44条が定める定期健康診断の法定項目は、次の11種類です。①既往歴・業務歴の調査、②自覚症状・他覚症状の有無の検査、③身長・体重・腹囲・視力・聴力、④胸部エックス線検査・喀痰検査、⑤血圧の測定、⑥貧血検査、⑦肝機能検査、⑧血中脂質検査、⑨血糖検査、⑩尿検査(糖・蛋白)、⑪心電図検査。いわゆる会社の定期健診は、この枠組みに沿って行われています。
しかし、会社が加入している健康保険組合が、法定項目に何をどこまで上乗せしているか——いわゆる付加給付の手厚さによって、健診の中身は大きく変わります。ある健保では胃カメラや腹部エコー、腫瘍マーカーまでカバーされるのに、別の健保では法定項目に近い最小限で終わる。同じ年齢・同じ職種でも、勤め先の健保が違えば受けられる検査が違う、ということが日常的に起きています。あなたが転職して「去年より検査が減った(増えた)」と感じたなら、それはあなたの体の問題ではなく、健保の契約内容が変わったからかもしれません。
40歳を超えるといわゆる「メタボ健診」が行われますが、こちらも検査項目の中身は異なります。つまり年齢によっても項目は違うのです。
しかも最も大事なこととして、上記の二つ(一般の方が主に受ける健診)では、がん検診は網羅されていません。がん検診はまた別の枠組みの健診で、ご自身で受けに行かないといけないのです(と思えば、会社によっては元々入っていることもあるから、これもまたやっかいです)。
さらに、健診なのか人間ドックなのかによっても、中身は大きく変わってきます。Vol.16 「健診」と「人間ドック」は何が違うのか。|ドクターOで触れた通り、任意型健診の項目は施設ごとに自由に設計されています。つまり人間ドックは、受ける施設の数だけ中身の違うコースがあってもおかしくないのです。
大きな会社になると、同じ会社の人でも様々な健診施設が選択肢にあって、そこから施設を選んで健診を受けに行くことも少なくないでしょう。そのような場合、同じ会社の会社員なのに、受けに行く施設によって内容が異なったりするのです。さらに同じ施設の中でも、オプション検査などを足すかどうかで、受けた人ごとに中身は別物になります。
同じ日に隣の更衣室でドックを受けた人と、あなたが受けた検査は、おそらく中身が違うのです。
「健診を受けた」が、3者で全く違うものを指している
ここが、今回いちばんお伝えしたい点です。「健診を受けた」という同じ言葉を、立場の違う3者が、それぞれ全く違う中身として受け取っています。
ひとつ目は、受診したご本人です。多くの方にとって「健診を受けた」は、「体をひととおり診てもらって、悪いところは見つからなかった」という、かなり漠然とした安心のイメージです。実際にどの臓器のどの検査をしたのか、何をしていないのかまでは、ほとんど意識されていません。
ふたつ目は、私たち健診施設の医師です。私たちが「あなたの健診」と言うとき、それはそのコースに含まれていた具体的な項目のリストそのものを指します。受けた検査の結果は語れますが、受けていない検査については何も言えません。胃カメラを受けていない方の胃の状態を、私たちは知りようがないのです。
みっつ目は、かかりつけの主治医です。主治医が「健診で異常なかったんですね」と言うとき、その頭の中には、その医師が標準的だと考える健診項目のイメージがあります。しかしそのイメージは、あなたが実際に受けた健診の中身とは限りません。驚かれるかもしれませんが、一般的に、通常の病院の医師は健診の中にどんな項目が入っているのかを全く知らないことが少なくありません。健康診断は、通常、病院の医師がかかわることがないからです。安心のためには、ご自分の受けた健診結果を主治医に持っていくことが必要だと思います。
この3者のズレが、もっとも危険な形で現れる典型例があります。患者さんが主治医に「去年、健診を受けて異常なしでした」と伝える。主治医は「それなら大きな問題はないだろう」と受け止め、追加の検査を勧めない。ところが、その健診は法定項目中心の職場健診で、がん検診は一切含まれていなかった——というケースです。
本人は「健診で大丈夫だった」、主治医は「がんも含めて診てもらえているはず」と、それぞれ別のものを思い浮かべたまま、会話が成立してしまう。職場健診だけではがんの検査は不十分なことが多い、という話(Vol.14参照)が、まさにこの場面で効いてきます。
誰も嘘をついていないのに、結果として大事な検査が抜け落ちる。これは制度の複雑さが生む、静かな落とし穴です。
だから「何を受けたか」を、自分で把握する
本来であれば、「健診を受けてきなさい」と言われて受けた健診の中に、せめて必要最低限の項目が全部入っていれば、こんなに楽なことはないのですが、制度が縦割りであること、健保によって項目が違うこと——こうした構造そのものを、一人の受診者が変えることはできません。
私は健診を専門とする医師で、これを変えるべきだ、変えたいと思っていますが、残念ながら私個人の力でこれをすぐに変えることは、やはりできないでしょう。
ですが、自分が受けている健診の中身を正確に把握することは、今日からできます。そして、それこそが最も確実な対処です。
「健診を受けた」は、とても便利な言葉です。しかし、その中身を共有しない限り、それは安心の根拠にはなりません。あなたの「受けた」と、医師の思う「健診」を、同じものにしておく——そのための最初の一歩は、自分が何を受け、何を受けていないかを知ることです。
出典:
労働安全衛生規則 第44条(定期健康診断)e-Gov法令検索 [https://laws.e-gov.go.jp/law/347M50002000032](https://laws.e-gov.go.jp/law/347M50002000032)
厚生労働省「健康診断を実施しましょう ~労働者の健康確保のために~」[https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/anzen/120903-1.html](https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/anzen/120903-1.html)
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