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Vol.52 人間ドックを、「当たり前」と思っていませんか。


人間ドックの面談現場にいると、毎年決まって見かける光景があります。予約していたのに来ない方、来ても結果にほとんど関心を示さない方、そして「忙しいのに毎年面倒だ」と受けること自体に不満を口にする方。

仕事が忙しいのに、職場に半ば義務のように受けてこいと言われて受けさせられ、不本意なのでしょう。気持ちはわかります。ですが、そのドックがどれだけ恵まれた仕組みの上に成り立っているかを知ると、見え方が少し変わるかもしれません。


「会社の健診」には、性質の違う二つの層がある
ひとくちに「会社の健診」と言っても、実は性質の異なる二つの層が重なっています。
ひとつは、労働安全衛生法に基づく定期健康診断です。これは事業者に実施が義務づけられたもので、受ける側に費用負担はなく、受診も実質的に義務です。血圧、血液検査、尿検査、胸部X線、心電図といった、生活習慣病を中心に拾うための基本項目がここに含まれます。

もうひとつが、その上に乗っている人間ドックの幅広い検査です。胃カメラ、腹部エコー、より詳しい血液検査、施設によっては脳ドックや内視鏡——これらは法律上の義務ではなく、本来は任意で受けるものです。自費で受ければ、施設やコースによって数万円から、手厚いものでは10万円を超えることもあります。Vol.16 「健診」と「人間ドック」は何が違うのか。|ドクターOで整理した「対策型健診」と「任意型健診」の違いが、ここに表れています。


「任意型」とは本来、自分の意思で選んで受ける、という意味です。ところが大企業の中には、長い歴史の中で、従業員がこの「任意型」の部分——つまり通常の健診に上乗せする部分を「会社に補助させる」権利を勝ち取ってきた企業が少なくありません(会社側が健康経営の観点から自主的に上乗せしているケースもあるでしょう)。

そうした歴史を知らずに入社している社員の多くは、入社したときから当たり前に毎年その「任意型」健診を受けています。そして会社側の上司たちの多くも、「それが当たり前の、義務的な健診」だと思い込んでいることが少なくありません。つまり、大手企業の社員が「会社の健診」と呼んでいるものの中には、義務として無料で受けている層と、本来はお金を払ってでも受けたい上乗せの層が、混ざっているのです。


それは、誰もが等しく持てるものではない
ここで知っておいてほしい事実があります。福利厚生として手厚いドックを会社負担で毎年受けられるのは、主に体力のある企業や、付加給付の手厚い健康保険組合に加入している人たちです。

中小企業の従業員、自営業の方、非正規で働く方、扶養に入っている家族——同じ検査を受けようとすれば、多くは自費になります(注 2026年より中小企業の方も多く加入する協会けんぽでも人間ドックに対する一部補助がはじまりました)。「会社が十数万円相当のドックを毎年負担してくれる」というのは、全国民に共通する権利ではありません。

これは誰かを責める話ではありません。ただ、自分が受けているものが、実は多くの人が持っていない条件の上に成り立っている——その事実は、知っておく価値があると思います。

 
なぜ、価値を感じなくなるのか。捉え直すと、向き合い方が変わる
では、なぜこれほど恵まれた仕組みなのに、当の本人たちは価値を感じにくくなるのでしょうか。

毎年自動的に与えられ、自己負担の実感もない健診は、その価値を意識しにくくなります。また、自分のお金で身銭を切って受けた検査ほど、人は結果を真剣に見る傾向があるでしょう。理由はどうあれ、長い時間をかけて働く人の健康を守るために整えられてきた福利厚生が、当たり前になった瞬間に「面倒なもの」へと姿を変えてしまうのは、もったいないことだと感じます。

提案したいのは、視点の転換です。
「受けさせられる面倒なコスト」ではなく、「自費なら十数万円かかる検査を、会社負担で毎年受けられる貴重な機会」。同じドックでも、こう捉え直すだけで、その時間の意味は変わります。Vol.24 「やらされ健康」から卒業する|ドクターOで「やらされ健康から卒業する」という話をしましたが、それは健診でも同じです。

誰かに与えられたものを受け身でこなすのか、自分の健康のための機会として能動的に使うのか。その姿勢の差は、長い目で見れば大きな健康の差になって返ってきます。
そして、せっかく受けるなら、結果まできちんと活かしてほしいと思います。受けることがゴールではなく、結果を見て、必要な行動につなげる。そこまでが「健診を使い切る」ということです。

当たり前に見えるものほど、当たり前ではない
毎年やってくる健診の通知を、ため息まじりに眺める前に、一度だけ考えてみてください。それは、多くの人が自費を払ってでも欲しいと思う検査を、会社が肩代わりしてくれている機会かもしれない、と。
当たり前に見えるものほど、実は当たり前ではありません。その健診が一種の「特権」だと気づくだけで、来年の通知の見え方は、きっと少し変わるはずです。


出典:
労働安全衛生規則 第44条(定期健康診断)e-Gov法令検索 [https://laws.e-gov.go.jp/law/347M50002000032](https://laws.e-gov.go.jp/law/347M50002000032)

*noteの記事の内容は筆者の個人としての見解です。筆者所属の医療機関の見解とは一切関係ありません。内容の正確性には細心の注意を払っておりますが、万が一不適切な内容がございましたらご指摘いただけましたら幸いです。

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