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【読書】侵すことのできない永久の権利~勝手に応援!『ビッグイシュー日本版』(VOL.526 2026.5.1)~

『ビッグイシュー日本版』を勝手に応援する記事、第129弾です。
そもそも「『ビッグイシュー日本版』とは何か」をご説明した第1弾は、以下をご覧ください。


今号の特集は、「幸せになる”ことば”の学び方」です。


奈良県立国際高校の実践も興味深い。
「この学校ではアイヌ語や与那国語といった日本の土地のことばを含む、世界の言語を学ぶカリキュラムがあります。20以上の言語に触れた後で、5種類の言語を選んで8時間ずつ学び、それぞれの違いについても考えるというんですね」

p.11

面白い試みですね。


「オフェリア・ガルシアさんというキューバ移民の方は、英語一国主義の米国に移住してきて、ヒスパニックとして、多くの排斥を受けた経験から”トランスランゲージング”という考え方を提案しました。これは既存の○○語という境界に縛られず、言語をもっとハイブリッドなものとしてとらえることで、あらゆる言語が社会で公正に扱われることを目指す考え方です。時に英語とスペイン語を混ぜて話したり、ことばを新たに生み出したりしてもいいのではないか、というアプローチです」

p.11

トランスランゲージング、面白い考え方です。


特集以外で心に残ったのは、まずはチンパンジーの研究で知られるジェーン・グドール博士の言葉。

「私は何十年も、人間の活動によって自然が完全に破壊された場所を見てきました。しかしそのような場所でも、長い時間と多少の手間をかければ、自然は必ず再生します。まだ手遅れではありません。絶望への特効薬は、私たちが自ら行動を起こすことなのです」

p.15

DASH海岸の再生ぶりに象徴されるとおり、自然の再生力には驚かされます。もちろんDASH海岸は「多少の手間」どころではない手間がかかっていますが。


チンパンジーが「シロアリ塚の入口に藁をぶら下げて引き抜いた後、虫をすすり上げて食べ」ること、つまり「『チンパンジーも道具を使う』というこの発見は、当時の霊長類学会から無視され、『グドールが教えたのに違いない』と批判する研究者もいた」(p.14)とは知りませんでした。


「世界短信」のケニアの記事は痛快でした。

首都ナイロビのスラム街コロゴチョでも、かつて高齢女性を狙った暴力が横行していたが、それに対抗すべく、護身術サークル「ショショ・ジキンゲ(おばあちゃん、身を守れ)」を立ち上げた地元のショショ(おばあちゃん)たちがいる。
70代から100歳近くまで幅広い年齢層のショショたちが、毎朝コミュニティホールに集い、空手やカンフー、テコンドーを組み合わせた突きや蹴り、関節技などを鍛錬する。やがて「あのショショたちはただ者じゃない」という噂が地域に広まり、暴行事件は減少。

p.16

トクリュウによる事件も多い今、日本の高齢女性もこのようなサークルを立ち上げた方が良いのかもしれません。


ハンガリーの政権交代について書かれた「浜矩子のストリートエコノミクス」も、示唆に富んでいました。

経済活動は、人間を幸せにすることが使命だ。経済活動がこの使命を果たせなくなった時、経済はこの使命と決別されたことに対して逆襲する。この逆襲力が、人々の憤怒となって為政者を倒すのである。
独裁者の経済運営は、なぜ、人々を不幸にするのか。それは、独裁者は人権を侵害するからだ。人権を侵害されることこそ、人間にとっての究極の不幸だ。それを平気でやってのける者に、人間を幸せにすることはできない。かくして、経済を侮る者は、経済の鉄槌を受けるのである。人間の営みである経済活動と人権は一体だ。そのことを認識できない者たちは、かならず自滅する。

p.16


関西大学法学部教授の高作正博さんによる「『憲法』は国家権力を縛るもの。 それが機能しているか必要性と危険性の議論ないまま”改憲”を進め帝はいけない」は素晴らしかったです。

「若干の議論があるのが国民の自由と権利について述べている97条です。基本的人権を規定した第三章と内容が重なるということで、2012年の自民党の憲法改正草案はこれをごっそり削除。しかし、基本的人権が時の権力者によって勝手に制限・否定されたりしないように憲法が最高法規だと位置づけられているのだとすれば、この97条はじつは重要な規定であり、削除することはあってはいけないというのが憲法学の理解です」

p.18

97条では基本的人権を「過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたもの」としています。やはり削除してはならない条文でしょう。


今年3月に行われた日米首脳会談に際し、ホルムズ海峡への自衛隊派遣について「法律の範囲内でできることとできないことがある」と高市早苗首相は国会答弁で繰り返した。
「仮に個人的には自衛隊を派遣したかったのだとしても、9条が歯止めとなり、理解は得られなかったでしょう。いずれにしてもあの時点で自衛隊派遣が可能となる根拠になる法律はありません。人気がある政治家でも、憲法や法律の制限によってできないことがあることが可視化されたといえます」

p.18

拍手!


「日米安全保障条約の(中略)第6条では『日本の安全と極東の平和と安全のためであれば、米軍は在日米軍基地を使ってもよい』ことが規定されています。1968年の外務省発表の日米合意では、『極東ではない地域で作戦行動をする時には事前協議する』とありますが、今回は事前協議があったのか。じつは、2004年の参議院外交防衛委員会の答弁の中で『事前協議は必要ない』ということを日本政府が認めてしまった。つまり、日本から出撃していく米軍に対する歯止めというのは、その答弁をもって存在しないことになったのです」
そんな日本とは対照的に、イタリアは今回、米軍の基地使用を認めなかった。

pp.18-19

イタリア、偉い! 日本、なさけない!


「戦後の米国占領期を経て主権を”回復”した経緯を見るに、日本がいまだ主権国家として確立していないのではという疑いが残ります。まずは国家の主権を確立し、さらに国家権力を制限していく。そういう考え方が重要だと思います」

p.19

本当に!


12条には、憲法が保障する自由や権利は国民の不断の努力で確保しなければいけないと明記されている。

p.19

これが大事!


映画『LOST LAND/ロストランド』の藤元明緒監督のインタビュー中の言葉も印象的でした。

「撮影の途中で気づいたのは、かくれんぼは”見つかることがうれしい遊び”だということ。『隠されていた存在が、ちゃんと見つかっていく』ことは、ロヒンギャの人たちが置かれている状況や本作の主題と深くリンクしている気がしました」

p.21

かくれんぼの解釈に、なるほどと思いました。確かにかくれんぼは、見つけてほしくない半面、なかなか見つけてもらえないと寂しいですものね。


村長が核のごみの最終処分場選定のための文献調査を受け入れた小笠原村の南鳥島について書かれた松久保肇さんの「原発ウォッチ」は全文が以下のリンクで読めるので、引用は原則避けます。

でも1行だけ引用します。

過去、処分場候補地として名前の挙がった自治体では、受け入れ是非をめぐって住民間の深刻な分断が引き起こされてきた。

p.24

これが起きるのは最悪です。そうならないよう、村長がどうか慎重に判断してくれますように。


今号も、充実した内容でした。


『ビッグイシュー日本版』のバックナンバーは、街角の販売者さんが号によってはお持ちですし、サイトからは3冊以上であれば送付販売していただけます。


コロナ禍のあおりで、路上での「ビッグイシュー」の販売量が減少しているそうです。3ヵ月間の通信販売で、販売員さんたちを支援することもできます。


もちろん年間での定期購読も可能です。我が家はこの方法で応援させていただいています。


見出し画像は、今号の封筒に貼られていたシールです。「小商い」で発送作業をしてくださった高口さん、いつもありがとうございます。



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