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「なぜ旅をするの?」と聞かれて、その場で答えられなかった。

「なぜ、そんなに旅をしてるの?」

知人と食事に行ったとき、そう聞かれて、その場で言葉に詰まってしまった。よくある雑談なのに。「行きたいところが色々あるんだよね」というのがやっと。スルスルと言葉が出なかった自分に引っかかっていた。

即答はできなかったけれど、頭の中に最初に浮かんだのはコレだった。

行きたいと思った今、
行きたいから。


わたしも含めて人は「ああしたい」「こうしたい」と思っても、目の前の様々に忙殺されて、自分の欲求を忘れてしまうことがある。その中には自分に自信がなくて諦めることもあるかもしれない。

だがアッという間に1週間、1ヶ月が過ぎ、半年が過ぎて気がつくと1年が終わっている。そのサイクルで過ごすうちに、自然に体力は落ちて身体が思うように動かなくなっていく。そのときに「あそこに行ってみたかった」「これをずっとしたいと思ってた」と思っても叶わない。

ちょっと昔の本になるが、「死ぬ瞬間の5つの後悔」という本の中で、死ぬ瞬間に後悔することトップ5として、

「思い切って自分の気持ちを伝えればよかった」
「自分に正直な人生を生きればよかった」
「働きすぎなければよかった」
「友人と連絡を取り続ければよかった」
「幸せをあきらめなければよかった」

とあった。

自身の価値観によって、後悔することは少しずつ違うかもしれないけれど、死ぬ直前で後悔ばかりする人生は、わたしはまっぴらごめんだ。

先日美輪明宏さんがお亡くなりになったが、最期の言葉は「ありがとう」だったという。わたしも周りと自分自身に感謝して息を引き取りたい。

とはいえ、人間は生まれ落ちた時から平等に死に向かって生きていく。長生きする人、思いもよらぬことで亡くなる方、さまざまだ。わたしがこれを書いた翌日、死ぬ可能性だって無いことはない。

だから、後悔のないよう、

今の感覚を大切にしたい。

その延長に旅がある。

その思いは去年も同じようなことを書いたけれど、
今年に入ってさらに強まった。

この半年で3人の知り合いを天へ見送って、その方々の訃報で、あらためて突きつけられた。

そのうちの一人は、とても親しくさせていただいた大好きだった人生の先輩だった。

20代そこそこに出会った当初、その方は50代。
ちょうど、その方は住んでいた家を引き払い、地方へ移住するタイミングだった。大型犬を多頭飼いし、取得した土地を自ら開墾して設計した建てた家を、貸別荘として20年以上経営されていた。

その場所へ行くと、いつもニコニコと笑顔で出迎えておもてなしをしてくれた。いつも奥様の明るい笑い声であふれ、緑いっぱいの中で犬たちは気持ちよく駆け回って遊び、その中心にはその人がいた。

会社をしていた頃イベントがひと段落すると、スタッフのみんなで泊まりに行っていた。みんなその人のことが大好きになった。
あんな生き方をしてみたい!とみんな憧れた。

会社を譲渡し環境が変わってからは、ご無沙汰していたけれど、

いつでも、会えると思ってた。
その場所へ行けば。

その人の他界は、跡を継いだ息子さんが更新したSNSで知った。突然。
すでに近親者で葬儀を済ませたあと。SNSに投稿された写真には、闘病しながらも愛おしそうに愛犬を撫でる姿があった。

あまりにも突然で、
その日の夜はショックでわんわん泣いた。

だから尚更その気持ちが強まった。

後悔しない人生を過ごすんだ。

昨年とてもお世話になった方を突然亡くした夫との共通認識は、今のうちに行きたいところへ行き、見たいものを見て、知りたいことを追求する。
そんな生き方をしよう
、ということだ。

ただ、旅について語るとするなら、
わたしたちの旅は、あまりにものんびりとした工程を組んでいる。

まず、旅の計画はざっくりとしか立てない。
旅先で訪れる場所は1日3ヶ所まで。朝早くから動かないし、時刻表を綿密にみて計画を立てないし、ごはんを我慢して観光に充てることもない。

理由は、たくさん見ることより、見たものはちゃんと自分の中に落とし込むことを優先したいから。

一見、行きたいところへ行き、見たいものを見て、知りたいことを追求する。という考え方とは真逆の矛盾した考え方のように感じるかもしれないが、旅は帰ったあとも続いているから。

例えば、昨年松本で民藝みんげいに触れ、そして今年の5月、倉敷で民藝屋さんを訪れ、店主の方からいろいろなことを教わって旅から帰ってきた。その記憶が冷めないうちに、民藝のことを調べ始めた。調べ始めるとまずは「民藝運動の父・柳宗悦」という人が出てくる。

なんとなく名前は原田マハが書いた棟方志功の小説に出てきたので知ってはいたが、宗教学者だったとは知らなかった。さらに調べると、民藝の普及に当時多くのクリスチャンが協力した、という記述も出てきたではないか。思想家・内村鑑三との繋がりも出てきた。

「え?なんで?」わたしがご縁をいただいている仕事の源流に、その方の名前があるのだ

松本で民藝屋さんに入ったときには、まさか自分が信仰している宗教と民藝には深い縁があって、さらに自分自身の仕事の歴史に繋がっているなんて思わなかった。

こういうことが、旅のあとに起こる。

いやーこじつけでしょ?と、まぁ思わなくもないが、行く前には想像もしなかった場所に、旅のあとにたどり着く。知らなかった自分のルーツ、思想、歴史に、思いがけない角度から出会う不思議。それがあるから、次の旅に出たくなるのだと思う。

「なぜ、旅をするの?」

今なら、こう答えられる気がする。

生きているうちに
いろいろなことを知りたいから。
そして行くと、もっと知りたくなるから。

そのループ・オン・ロックンロール(byMJ)の中に、わたしはいる。

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禅林 真理|旅して、見仏して、○○して。 ありがとうございます。ライティングの質を上げたり、豊かさを感じる時間に使わせていただきます☘️応援していただければ嬉しいです!

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