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姉へ

※顔面神経麻痺の治療に関する記載がありますが、あくまでも私個人の体験です。



私には、3つ上の姉がいます。
幼い頃からよく一緒に遊んでいて、仲がいい姉妹だったと思います。

私が高校生の頃、姉は突然(じゃなかったのかもしれませんが)ギャル化し、
クラブでパラパラを踊りしょっちゅう夜中に帰宅したりして、
温厚な父の逆鱗に触れていました。

私はといえばその頃からすでに睡眠時間を大切に生きていたので、夜更かしする人があまり信じられず…
ただ、姉と仲が悪くなったことはなかったように思います。

私はどちらかというと真面目そうと言われる方なので、姉妹でタイプが違うのだろうなぁと他人事のように思ったこともあります。


さて・・・時はうつり、
私が顔面神経麻痺になった時の話です。

この記事にも書いていますが、当時私は妊娠中で、かつ切迫早産で入院していました。
同じ頃、姉も妊娠していたんです。
(娘の5か月後に生まれた姪っ子&うちの子は、今も仲良しです!)

切迫早産というと、おなかの張り止めの点滴を24時間しているんですよね。
副作用である、手の震え・動悸がつらくて、点滴の痕もどんどん増えて…
本当に早く退院したいなぁと思っていた時でした。
当時私は妊娠36週だったはずなので、正産期である37週まであと少し持ちこたえれば点滴を止めて出産に挑める、という状況でした。

転院先の総合病院で「顔面神経麻痺」の診断が下ったあと、
耳鼻科の先生と産婦人科の先生が話し合ってくださったようで、
治療の方針をどうするか聞かれました。

ちなみに、顔面神経麻痺はベル麻痺・ハント症候群どちらであっても、
ステロイドの点滴を可能な限り早く行うことが重要なんだそうです。

①このまま張り止めの点滴を続け、37週になってから出産→ステロイド治療開始

②即ステロイド治療開始(おなかの赤ちゃんにはおそらく影響ないだろう、とのことでした)おそらくって…。

③37週を待たず出産→ステロイド治療開始

私はこの時、思考回路がショート寸前(セーラームーン世代です!)で…
どうしたらいいのかまったく考えられませんでした。
顔の右半分が動かない、しかもどんどん動かなくなっていく…
もちろん恐怖以外の何物でもないのですが、その恐怖も自分のものではないような。まさに夢を見ているような感じでした。
そして「きっとすぐ治るんだろう」ともちょっと思っていました。
耳鼻科の先生も「ベル麻痺だろうからすぐ治るよ!」と言ってくださっていたので。

私以上にうろたえていたのがおそらく母でしたが、耳鼻科の先生の説明を聞いて少し安心したようでした。
ただ治療の方針については、難しい問題だなぁ、という感じで…
なかなか答えが出なかったんです。
(あ、ちなみに元夫には発症時に「maroはメンタル弱いからな」と突き放されたので、あまり心の拠り所という感じではありませんでした)


でもその時、ひとりだけ…

「顔は絶対大事やから、顔の治療を一番優先するべき!!」

って迷いなく言ってくれたのが、姉でした。

結果③の方針でいくことになり、張り止め中止・今度は子宮口に風船を入れて陣痛を促進することになりました。
その2日後に娘が誕生しました。めちゃくちゃ安産でした!
「早く出てきたかったんだろうなぁ…」と思うくらい、いい顔をしていました。

それからステロイド点滴を開始しました。
退院前、顔の神経に電気を通す検査の時に耳鼻科の先生が「あれ…?」みたいな感じになって。
ベル麻痺だったらかなり高い率で反応するらしいんですよね。
私は本当に反応が悪かったらしく、「おかしいな…まぁ退院でいいと思うけどね…」みたいな曖昧な感じで診察も終わり。

結局ハント症候群だったようなので(水泡ができないタイプだったみたいです)、ステロイド点滴をしておいて本当によかったんだろうなと思います。

医学的なことはあまりわかりませんが、
①だったらもっと後遺症がひどかったかもしれないし、
②を選んでいたらもしかしたら娘に何か影響があったかもしれないので💦

あの時に本当に一人で強い意志を持って助けてくれた姉に、ずっとずっと感謝しています。
私がもし逆の立場だったらどうだろう?と想像してみましたが、
おろおろしている自分の姿しか想像できません。

退院後も少し遠方の耳鼻科(顔面神経麻痺に詳しいところを何件が探してくれたのも姉でした)に付き添ってくれました。大きいおなかで。
あの時私は自分のことで精一杯だったけど、姉はきっと私のことが心配で仕方なかったんだと思います。


本当にありがとう。
おかげで、今日も母娘笑って過ごせています。


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