共生の黎明 #70 第16章 第13節:明日への手紙 連続小説
夜の静けさが、宿舎の古い窓を撫でる。
部屋の明かりは落とされ、デスクの上に置かれた端末の画面だけが、淡い光を放っていた。
女性職員は、静かに座っていた。
背筋は伸びているが、どこか力が抜けたような、けれど不思議と穏やかな姿勢だった。
彼女の手が、ふと端末に伸びる。
そこには、昨日の録音データがひとつ。
《記録されない気持ち》とラベルされた、音声ファイル。
再生ボタンを押すと、自分の声が流れた。少しだけ戸惑いの混じった、けれど確かな声。
「……これは報告じゃない。たぶん、私自身の記録。……そうしないと、見失いそうだったから。」
その声に、彼女自身が、今はそっと頷いていた。
言葉の続きが、自然と浮かんでくる。
今なら書ける気がした。
彼女は端末のメモ機能を開き、指先でゆっくりと文字を綴り始めた。
「さっき、あの人が“ユラ”を贈ってくれた。
それは通貨でも物資でもなく、……“祈り”のようなものだった。
私はまだ、それをうまく定義できない。
けれど、あのとき、ありがとうと、言えた。
あの人に伝わらなかったかもしれない。
けれど、それは確かに、私の声だった。」
言葉は、詩のようでもあり、報告のようでもあり。
でもどこにも提出されない、ただ自分のために書かれたものだった。
最後に、彼女はメモの末尾にこう記した。
「これは報告書ではない。けれど、きっと、明日の私への手紙になる。」
そして、メモを保存すると、彼女はそっと端末を閉じた。
窓の外、雲の切れ間から月の光がこぼれ落ちていた。
その光はまるで、彼女の胸に灯った小さな種火を、やさしく照らしているようだった。
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