共生の黎明 #72 第16章 第15節:あたたかみのある何か 連続小説
縁側に、風が吹いていた。
空には雲が薄くかかり、月明かりはその背後でやわらかく滲んでいた。
二人の職員は、長い沈黙のあとでようやく言葉を交わしはじめた。
声は低く、まるでこの土地に染み込むように、そっと発せられる。
「……ここに来て、何日だっけ」
「もう、1週間経ちましたね」
「ここは、いろいろと感じさせられる事があるな」
「そうですね。最初は、ただ“変わった地域”っていうレポートになると思ってたけど……今は、ちょっと違う」
女性職員の目は、まだ起きている集落の小さな明かりを見つめていた。
そこには、商店の裏口で立ち話をする住人の姿、窓越しに食卓を囲む家族、そして集会所の前に座り込んで談笑する若者たちの影が見えた。
「“制度として整備可能か”ってことを、最初は考えてました。
でも、今は……制度にしてしまったら、何か大切なものがこぼれ落ちる気がします」
「俺も……感じてるよ。最初は、ポイント制の新しい設計かと思った。でも、違うね…」
「ええ。“交換”でも“報酬”でもない。もっと、あたたかい何か」
彼は手のひらを見つめた。
そこには何も載っていない。けれど、それでも何かが伝わる気がした。
ここに来て、受け取った気持ちが、形にならずに、心に残っていた。
「君、録音……してたよね。あの日の音。まだ、持ってる?」
彼女は頷く。
そして、スマホの画面を一度だけ見つめ、小さな操作をする。
……『ああ、ありがとう。助かったよ。……気をつけて帰るんだよ』
それは、老人の静かな声だった。
もう何十回も聞いたその言葉が、今はなぜか胸に響いた。
二人は、黙った。
風が吹き、縁側の木が、きしむ音を立てた。
「記録には残らない気持ちって、あるんですね」
「……でも、それが、いちばん大事かもしれない」
月が、雲間から顔を出した。
その光は、まるで灯りのように、二人の横顔を静かに照らしていた。
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