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#不登校 遠足で骨を折られた話

ぴかぴかの1年生は、たった1ヶ月で終わった。

終わらせたのは、僕じゃなかった。
ちょっとした出来事。
入学してたった1ヶ月。1985年の春。


友だち100人できるかな

僕にも「ぴかぴかの1年生」の時代があった。

新しい道具箱に、ひらがなで名前を書く。
友だち100人できるかな、と歌いながら校門をくぐる。

そんな、ふつうの1年生だった。

そして、はじめての遠足の日がきた。


6歳。背中から突き落とされる

みんなで、木登りをして遊んでいた。

僕は、太い枝の上にいた。

下を見ると、思ったより高かった。

枝をつかむ手に、力が入った。

そのとき、うしろで悪ふざけが始まった。

笑い声。
枝が、ゆれる。

背中に、どんっ、と手のひらがきた。

「うわっ」

後ろの男の子が僕を木から突き落とした。

だいたい、3mの高さだったと思う。
真っ逆さまに落ちた。

空と地面が、入れかわった。
つぎの瞬間、地面だった。

地面に、左ひじから落ちた。
思いっきり、打ちつけた。

「いたい! いたい! いたい!」

泣いているのか、叫んでいるのか、自分でもわからなかった。

まわりの笑い声が、悲鳴に変わった。

左ひじが、見たことのない形になっていた。

病名は、複雑骨折だった。

手術と、2ヶ月の入院が決まった。

4月に入学して、5月に入院した。


病院って、意外と楽しい場所

入院生活は、さびしいものだと思っていた。

ちがった。

ギプスでも、足は動く。
病院の中を、探検してまわった。

ひとつ年上の女の子と、友だちになった。

「きょうは、どこ探検する?」

エレベーターに乗って、知らない階で降りる。

自販機の前では、炭酸のメローイエローを買ってもらった。

はじめて飲む炭酸は、のどで、ぱちぱちはじけた。

病院って、意外と楽しいところだな。

そして、病院には、勉強を教えてくれる人がいた。
看護婦のお姉さんだ。

「学校に戻ったとき、困らないようにね」

そう言って、仕事の合間に、教科書を開いてくれた。

一対一だった。

左手は、ギプスの中だった。

僕は左利きだったが、
えんぴつは、右手で持つしかない。

生まれてからずっと、左でにぎってきたえんぴつだ。

みみずみたいな字になっても、お姉さんは笑わなかった。

「だいじょうぶ。ゆっくりでいいよ」

わからない顔をすると、言い方を変えて、もう一回。

できたときは、「そう、それ!」と、僕より大きな声が出た。

「ねえ、つぎは?」

気がつくと、僕がせがむ側になっていた。

教科書のページは、ベッドの上で、どんどん先へ進んでいった。


待ち遠しくない、退院の日

やがて、退院の日が決まった。

ふつうなら、うれしいはずだ。

正直に書く。

退院の日が、待ち遠しくなかった。

病院は、けがを治す場所のはずだった。
僕にとっては、勉強が進む場所になっていた。

6歳の僕は、まだ知らない。

この2ヶ月が、このあとの人生で、何度も僕を助けることになるなんて。

そして、2ヶ月ぶりの教室で。

僕は、教科書を開いたまま、固まることになる。


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「お子さん、今日も学校に来ていません」



◆この連載について
8歳で学校をやめ、義務教育2年のみで育った著者が、40年後のいま検証する「生き抜く力」の育て方。書籍化を前提に執筆中。


不登校、社会からの圧力。
大人になった時のすばらしさ、苦しさ、現実。
ありのままをお伝えします。

この連載は実体験に基づいています。
プライバシー保護のため人物は仮名にし、記憶をもとに一部を再構成しています。

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