スーツケースのTSAロックが開かなくて箱入り娘と玉手箱のトリセツに想いを馳せた
わたしが海外旅行から遠ざかっている間に、世の中ではTSAロックなるものが広まっていた。
鍵がついておらず、暗証番号だけでロックするが、空港で保安のために開ける必要が生じたときには開けられる仕様になっている。
出発2日前に届いたレンタルのスーツケースも、TSAロックを搭載していた。
「出荷時は暗証番号が000に設定されています」とレンタル社からのメッセージがあり、ダイヤルは「000」になっていた。
だが、ロックされているファスナーの先を引っ張り上げても外れない。
パニックの解像度
「000で外れないということは他の番号に設定されて出荷されたということ?」と焦った。
「今から別なスーツケースを申し込んで送ってもらうことになる? 間に合う? 同じものは残ってないかも」と焦りが募った。
悪い予感の解像度が高く、パニックの沸点が低いのは脚本家の職業病かもしれない。
打ち合わせで「この設定をこう変えてみたら、どうなる?」と提案が出たとき、その場でラストまで高速でシミュレーションして、新設定がありかなしかの感触をつかみ、「ありの姿勢」または「なしの姿勢」で発言するかを判断する。
主人公の性別、年齢、家族構成、国籍、職業、どれか一つでも変われば、行動が変わる。言動が変わる。服装も持ち物も口癖も変わる。当然セリフもト書きも変わる。パタパタとオセロをひっくり返し、「ということは」「ということは」と連想ゲームを進める習慣が染みついている。
日常生活でそれをやると、実態をドラマティックに盛ってしまい、必要以上にアタフタしてしまう。
落ち着け。ロックが開かないと決まったわけではない。代わりのスーツケースが間に合わないことを心配するのはまだ早い。
「TSAロック 開かない」で検索をかけてみる。
「自分で設定した番号で開かない」というケースは出てくるが、出荷されて届いたばかりのレンタルのスーツケースが開かない例は出てこない。
「開かないことは、めったにない」、つまり、わたしの開け方が正しくないだけの可能性が高い。
絶望が希望に塗り替えられる。
暗証番号+スライド
TSAロックの形状別に開け方を紹介しているサイトを見つけた。動画もついている。
「スライド」という言葉が出てくる。ロックを解除するにはスライドの手順が必要らしい。
「000」に合わせた瞬間にロックされたファスナーがトースターのトーストみたいに飛び上がるのではなく、「暗証番号を合わせた上でスライド」すると開く仕組み。
偶然パカっと開いてしまうのを防ぐためだろうか。
000から999まで暗証番号は1000通りあるが、地道に数字を回し続ければ、どこかで開く。輸送中に数字が動いて3桁が揃ってしまうこともあるかもしれない。
スライドのひと手間が加わると、パカっを防げるし、盗難防止の時間稼ぎにもなる。
「暗証番号+スライド」の「スライドが足りない」ことが「000なのに開かない」原因だとわかった。
でも、スライドらしいものがないんだけど。
そう思いつつ、羅針盤ぽいものをなんとなく回したら、ポンとファスナーが飛び上がった。

なるほど。スライドは直線とは限らない。
明らかに回して欲しそうな顔をしている目の前の羅針盤ダイヤルを後回しにしてネットに情報を求めてしまったことを反省する。
さらに、届いたダンボール箱の底にはTSAロックの取り扱い説明書があった。
遠くのネット情報より、目の前の現物を見よ。反省。

スライドのひと手間を抜かして「開かない」と焦るわたしのようなおっちょこちょいは想定外と思われる。稀有なナカーマのために書き記しておく。
箱とトリセツと言えば
箱とトリセツと言えば、「膝枕」。
通販で届いた人工知能内蔵の箱入り娘膝枕に溺れた独り身の男は、生身の膝のヒサコと二股をかけ、箱入り娘の純心を踏み躙ってしまう。その結果、お仕置きを食らうことになる。
保証書の隅には、肉眼で読めないほどの細かい字で注意書きが添えられていた。
「この商品は箱入り娘ですので、返品・交換は固くお断りいたします。責任を持って一生大切にお取り扱いください。誤った使い方をされた場合は、不具合が生じることがあります」
そして、トリセツのなかった箱といえば、浦島太郎の玉手箱。
「決して開けてはなりません」と乙姫に念を押されたのに、竜宮城で夢見心地な日々に浮かれている間に地上では数十年が過ぎ、知っている人が誰もいなくなった浦島太郎は、淋しさに耐えかねて箱を開けてしまう。
言いつけを破って箱を開けたらどうなるかまでは乙姫様は伝えていなかった。
もしも玉手箱にトリセツがあれば、「万が一開けてしまった場合は、特殊なガスが吹き出し、細胞を急速に衰えさせ、老化の症状が現れます」と注意喚起の文言が書かれていただろう。
それを読めば、浦島太郎は箱を開けるのを思い止まったかもしれない。あるいは、リスクを理解した上で、孤独に生きながらえるよりも老いる道を選んだかもしれない。
あえて「決して開けてはなりません」の先を告げなかったのは、乙姫の優しさだったのか、浦島太郎が約束を守れる男かどうかを試していたのか、あるいは戒めだったのか。
Eテレ「昔話法廷」の「浦島太郎裁判」(オカモト國ヒコさん脚本)では、乙姫は加害者として訴えられるが、被害者の浦島太郎がクズ男で、乙姫がお仕置きしたくなるのもうなずけるキャラクターになっている。
目の前に膝があれば、溺れてしまう。
目の前に玉手箱があれば開けてしまう。
膝枕と浦島太郎を見事に溶け合わせた外伝がある。猫野ソラさんの「姫枕」。何度読んでも格調高い名文。
あまりに久しぶりの海外旅行でわたし自身が浦島太郎になったフィンランド旅のことは少しずつ書いて行くっさ。
レンタルしたスーツケースはこちら
スーツケースを購入しようとしたものの一つに絞りきれず、レンタル会社rentio(レンティオ)にて「LEGEND WALKER 5205 ブルーホエール 58L/拡張時72L ハードスーツケース」をレンタルした。色はシャンパンゴールド。
レンタルにして大正解。旅先や日数によって必要なサイズも変わるし、置き場所も取らない。
今回借りたものは「3-5泊向けサイズ」となっていたが、拡張すると72Lになり、ある程度お土産を買っても収まった。
タイヤの動きがとても軽く、ヘルシンキの石畳のゴツゴツにも負けずに進めた。
真ん中から半分に分かれるのではなく、前面が冷蔵庫のドアのように手前に開くので、場所を取らずに荷物を取り出せるのが良かった。
レンタル料金が良心的(現在キャンペーン価格で3泊4日5,382円からとなっている。5日目からは1日につき200円プラス)で配送手配料は480円、返却送料は無料。到着日ではなく発送日を返却日とカウントしてくれるのもありがたい。
箱を止めるのにお使いくださいと同封されていたテープがとても弱いので、そこだけはご注意。
わたしは返却予定日の夜に集荷を手配しようとしたら受付時刻を過ぎていたのでコンビニまで片手でスーツケースを押し、片手でダンボール箱を持って行ったのだが、着いてからスーツケースを箱に納めて同封のテープで天面を閉じたところビリビリ破れてしまい、レジカウンターのセロテープで補強した。
自宅で箱をしっかり閉じて集荷をお願いするのが賢明。
スーツケースは箱から飛び出すことなく無事に到着し、返却完了。予約も変更もスムーズだったし、次のスーツケースもrentioで借りようと思う。TSAロックの開け方も覚えたし。
スーツケース置き忘れと入国手続
そう言えば、帰国した羽田空港で税関を通り抜けてから同行の友人に「スーツケースは?」と聞かれて青ざめた。
気が緩んだのだろうか。うっかりにもほどがある。
このときも「スーツケースが見つからなかったら弁償⁉︎」と悪い想像が駆け巡ったが、慌てて舞い戻ると、入国手続(入国審査と税関申告)のQRコードを読み取る機械の前にポツンと置き去りにされていた。
持ち主が離れてもスーツケースが消えない国、日本。
これまた浦島太郎だったのだが、「オンラインで必要情報を事前に登録してQRコードを取得し、入国手続時に機械にQRコードを読み込ませるとスムーズ」というのが始まっていて、わたしはその方法で手続きし、同行の友人は「めんどくさいし紙にするわ」と言い、二手に分かれたのだった。
確かに紙申請の友人より早く出られたのだが、結果的には回り道になった。
空港の係員さんに「中にスーツケースを置いて出てきてしまいました!」と涙目で伝えたとき「入国手続は紙でしたか?」と聞かれ、「電子です!」と言うと、すぐ中に戻れたので、出るだけでなく戻るのもスムーズなのだろうか。
QRコードを読み取るひと手間がなければスーツケースから手を離すこともなかったのだけど、次からも電子申請にしようと思う。
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目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。