フィンランドでは人のことは気にしないっさ(Suomessa jokainen elää omassa rauhassaan.)
フィンランドの映画館で映画を見ていた。
わたしはホームステイをしていて、ステイ先の女の子が隣の席にいた。通路のすぐ左の席が彼女、その左隣がわたし。わたしの隣には一人で見に来ている中年女性がいた。
映画が終わり、空き時間を有効に使おうと思ったわたしは、スマホでフィンランド語講座を再生していた。
だが、映画はまだ終わっていなかった。
スクリーンでは先ほどの作品が続いていた。そのセリフをかき消す音量でフィンランド語の例文が流れている。
焦ってボリュームを絞ったが、音量をゼロにしても声が小さくならない。スマホの電源を切ろうとしたが、焦っているせいか、うまくいかない。
右隣にいた女の子と左隣にいた女性は、席を移ったのか、いなくなっていた。
前の列には、まばらに人がいた。その人たちにフィンランド語講座の音声は聞こえているはずだが、振り返ることもなく映画に見入っている。後ろの列からの刺すような視線も感じない。
そこで目が覚めた。
2度寝の浅い眠りで見ていた夢だった。一度目に目が覚めたときに再生したフィンランド語講座の音声がスマホから流れていた。
フィンランドらしい夢だったなとフィンランドから帰国して時差ボケが続く頭で思った。
ほっとく力が高い国
初めてのフィンランドに1週間ほど行ってきた。
映画を見に行く時間はなかったが、もし、映画の上映中に客の誰かのスマホから音声が流れ出したら、あんな感じでほっとかれるのではないだろうか。すぐ近くの席の人はそれとなく離れ、さらに離れた人は、受け流す。
わたしがフィンランドで感じたのは、人の目を気にしない空気だった。
いちばん驚いたのが、Porvooという古い街を訪ね、ヘルシンキへ帰るバスの車中の出来事だった。
前方の席にいた女性がふらりと立ち上がり、後方にあるトイレに向かって歩き出した。車酔いをしたらしい。濃いアイラインで目を縁取り、黒い膝上のスカートをはき、20代くらいに見えた。
わたしは中ほどの席にいた。左には一緒に旅行していた友人が座っていて、通路を挟んだ右には席がなく、乗り降りのステップとドアがあった。
女性はわたしたちの席のそばまで来ると、顔をそむけるように左を向き、ステップに向かって盛大に吐いた。トイレまで耐えられなかったらしい。
それからさらにふらふらと後方へ歩き進めた。トイレのドアが開き、閉まる音がした。そのまましばらく出て来なかった。
わたしと友人が驚いたのは、乗客の反応だった。
席の埋まり具合は半分弱といったところ。15名ほどが乗っていた。「うわ」「ひえっ」となったのはわたしと友人だけで、何事もなかったかのように車内は静かだった。
トイレから車酔いの女性が戻ってきたら差し出そうと思い、ふたり分のティッシュとウェットティッシュとビニール袋をまとめて待機していたわたしと友人は、「なんか、たくましいな」「あんまり気にせえへんえんな」と感心した。
トイレから戻ってきた車酔いの女性は、すっきりした顔になっていた。一人ではなく連れの男性がいることもわかったので、声をかけなかった。
終着駅の手前の停車駅で中ほどのドアから3人が降りた。まず、男性が2人降りた。飛び散った吐瀉物を避けるように端を歩いていたものの、転がっている小石を避けるような軽やかな足取りで、ひょいひょいと降りて行った。
後から続いた女性は「あら、こんなところに」と気づいたが、迷うそぶりは見せず、端を選んでスタスタと降りた。長いスカートの裾を持ち上げることもなかった。
ほどなく終着駅に着いた。運転席近くの前のドアから降り、ついでに運転手さんに伝えようと思い、「後ろのドアで吐いた人がいます」とフィンランド語でなんと言うのかを調べていた。
すると、わたしたちの席と車酔いした女性の席の間に座っていた男性に「こっちは汚れているからあっちから降りたほうがいいよ」と言われた。席の近くでも吐いていたらしい。
スカートの裾を持ち上げて恐る恐る中ほどのドアから降り、車内へ目をやると、運転手さんが運転席から立ち上がり、後方へ向かうのが見えた。「伝わってるみたいやな」と友人とうなずきあい、バスを後にした。
フィンランド語に「ずるい」はある?
一人でも騒ぎ立てる人がいたら状況は変わっていただろうし、そのバスの乗客がたまたま受け流す人たちだった可能性もあるが、人のことを気にしないというのか、ほっとく力が高いなと感じる場面は何度もあった。
トラムや近距離電車の切符には改札も昇降時のピッもなく、抜き打ちの検札(滞在中は一度も遭遇しなかった)が回ってきたときに切符を持っていないと100ユーロ(現在約190円)を取られるルール。タダ乗りしている人もある程度いるのではと思うが、罰金徴収で採算は取れているのかもしれない。改札口を作るコストもかからない。
バスは乗るときに運転手にチケットを見せる。アプリで購入したチケットを見せる場合は、スクショで複製して誤魔化さないよう画像がぐるぐる回っている画面を見せる。
チケットを持っていないのか、席の確保を急ぐのか、後ろのドアから乗り込む人もいたが、注意する人も運転手に言いつける人もいなかった。
7月7日追記。タイミングとは面白いもので、このnoteを公開した後、資料を探していて掘り出した2023年12月16日付の朝日新聞土曜版「歴史のダイヤグラム」(政治学者の原武史さんの連載コラム)に「(日本では)首都圏で改札のない始発駅は珍しい」が「ロンドンではそれが当たり前」で「不正乗車をしようと思えばできてしまうわけだ」とあった。「抜き打ち検札につかまると高額な罰金を科される」ことも書かれていた。わたしがロンドンを旅したのは20年以上前で、「改札がない」と驚いた記憶はないが、駅によって違うのかもしれない。現在の「ロンドンでの電車の乗り方」を見ると、都心部では改札が普及している様子。
人は人、自分は自分。
「ずるい」という言葉、概念はフィンランド語にはないのだろうか。
調べてみると、英語の unfair にあたる epäreilu という単語があった。不公平を訴えるときに使われるらしい。
フィンランド語にも「ずるい」はある。でも、日本のようなバリエーションはないかもしれない。
「ずるい」は「ほっとけない」の表れ。ほっとく力が高いと、出番が少なくなる。
バスや電車の中でスマホで会話している人も結構いたが、咎める目はない。車内が空いていることも、ほっとく余裕を作っているのかもしれない。
それでいて、困っていると、近くにいる人がすぐに声をかけてくれた。受け流しつつ透明人間にはしていない。基本はほっときつつ、ほっとけない人はほっとかない。
日本でも似たようなことがあり、白杖をついている夫が一人で歩いていると、ジロジロと見られることはないが、立ち止まり、辺りを見回すと、必ず誰かが声をかけてくれるらしい。習い始めた点字の復習をしようとホームドアの脇についた点字に指を乗せた途端、人が駆け寄ってきて、「どうしましたか」と聞かれたという。
日本の場合も、ほっとくときはほっといているが、見守るだけでなく見張るアンテナの感度が高く、反応しやすいのだと思う。ルールや清潔感を守ることへの意識が高く、「迷惑をかけてはいけない」という緊張感が強い。
「他の人が気になる」が緩いと、「他の人の目が気になる」も緩まる。フィンランドにいる間、わたしも一緒にいた友人たちもメイクをしないで過ごした。「眉毛くらいは欲しいわね」と眉だけ描いた日はあったが、それすらも忘れて過ごした日もあった。眉毛の有無も誰も気にしていない。自分が欲しいだけ。
だからフィンランドがいい、日本は息苦しいと言うつもりはない。どちらにも良さがあるし、ほっとかれたい日もあれば、かまわれたい日もある。自分の中でブレンドを変えてもいい。
わたし自身はもう少し感度を緩めてもいいのかもと思う。耳から情報を取る夫の骨伝導イヤホンからの音漏れが気になり、「大きいよ」と注意するたび、夫はムッとする。いちばん近くにいるわたしが気になるほど、他の人には聞こえていないかもしれない。周りへの配慮はもちろん大切だが、気を遣うことで生まれる軋轢もある。
国民的詩人ルーネベリの言葉
タイトル画像に選んだのは、ポルヴォーからヘルシンキに戻るバスに乗り込む前に撮った一枚。

ポルヴォーは詩の一節がフィンランド国歌になっている国民的詩人Johan Ludvig Runebergの故郷。
甘いものが大好きだった彼のために作家でもあったフレドリカ夫人が焼いたルーネベリタルトが一年中食べられる。フィンランドの各地では生誕の2月5日前後にお店に並ぶらしい。

ルーネベリ像に偶然カモメが止まった瞬間を撮ろうと慌ててスマホを向けたのだが、カモメはルーネベリさんの頭の上が気に入ったのか、しばらくそこに留まっていた。
「どうぞ好きなだけそこにいなさい」と語っているような背中。今見ると、「自分は自分」の立ち姿にも見える。

ルーネベリの詩にも「人は人、自分は自分」が表れていて、これまたDuolingoによく出てくる「sisu」の精神が見られるらしい。
sisuも日本語に当てはめるのが難しい。自分の力を信じて困難に立ち向かう、しなやかな強さ、精神性。フィンランド魂とでも言おうか。
ルーネベリの作品はスウェーデン語で書かれており、日本語版は出版されていないが、閲覧できる翻訳がいくつかあるそうなので、読んでみたい。

このnoteを公開した後、一緒にポルヴォーを訪ねた友人から「ヘルシンキの公園でもルーネベリさん、頭にカモメのっけてたよ」と写真が送られてきた。
カモメが頭の真ん中にピンポイントで立っていて、これが完成形のような一体感がある。カモメもルーネベリさんも「あんたはあんた、うちはうち」な表情をしている。

隣人に学ぶフィンランド語
バスの運転手さんに伝えようとしていた「後ろのドアで吐いた人がいます」。Google翻訳でフィンランド語にすると、単語3つで返ってきた。
🇫🇮Joku okusensi takaovelle.
joku は someone
oksensi は threw up
takaovelle の taka は「高菜は後ろにあったかな」で遊んだ tanana(behind)の taka ではありませんか!
takaovelle の taka は「後ろ」のこと。
消去法で ovelle は「ドアのところで」となる。
ovi (ドア)の後ろに前置詞にあたるものがついて ovelle になっている。
英語の前置詞を当てはめるとわかりやすい。
ovelle ドアへ/ドアのところへ(to the door)
ovella ドアのところに/ドアで(at the door)
oveen ドアの中へ(into the door)
ovesta ドアから(out of the door)
ovelta ドアから離れて/ドアのほうから(away from the door)
「ドアに向かって吐いた」なら ovelle だけど、「ドアのところで」なら ovella のほうが良いかも。
ちなみにフィンランドで英語はかなり通じる。バスの運転手さんにも英語で通じたはず。
「隣は何をする人ぞ」をフィンランド語では何というのだろう。
お隣さんは何をしているの?
🇫🇮Mitä naapurini tekee?
What does my neighbor do?
naapurini は「お隣さん(naapuri)」に「私の(-ni)」がついた形。
お隣さんはどんな人?
🇫🇮Millainen ihminen naapurini on?
What kind of person is my neighbor?
私は気にしない(どうでもいい)。
🇫🇮Minua ei kiinnosta.
I don't mind.
ei は否定形を作る。看板や貼り紙についていると「しないでください」だなと見当がついた。

フィンランドでは、隣人が何をしているか気にしません。
🇫🇮Suomessa ei välitetä siitä, mitä naapurit tekevät.
In Finland, people don't mind what neighbors do.
出ました、Suomi(Finland)に -ssa を足して Suomessa(In Finland)。
🇫🇮Suomessa jokainen huolehtii omista asioistaan.
In Finland, people mind their own business.
フィンランドでは、他人より自分の面倒を見るっさ。
🇫🇮Suomessa ei puututa muiden asioihin.
フィンランドでは、他人のことに口出ししないっさ。
もちろん個人差はあると思うっさ。楽しすぎる -ssa の万能ぶりについてはこちらのnoteを。まだまだあるっさ。
誰もが oma rauha(自分の静けさ)の中にいるっさ
Duolingoのフィンランド語で rauha という名詞が出てきたのを思い出した。
意味は「個人の平和、平穏、静けさ」。ぴたりと一言で置き換えられる日本語や英語が思い当たらない。フィンランド独特の感性、価値観。
他人の行動に干渉せず、それぞれの「個」を尊重する文化を oma rauha というらしい。oma は英語でいうown(固有の)。
omassa rauhassa は「rauha の中にいる」ということ。
「-ssa」で作文したくなったっさ。
フィンランドでは、誰もがrauhaの中で生きているっさ。
🇫🇮Suomessa jokainen elää omassa rauhassaan.
Suome-ssa(フィンランドで)
oma-ssa(自分の〜の中で)
rauha-ssaan(rauhaの中で)
「-ssa」3連続揃い踏み!
rauhassa ではなく rauhassaan となっているのは、なぜ? -ssa の後の -an は、主語 jokainen(3人称) の所有格 -nsa が変形したものらしい。
「フィンランドでは、人のことは気にせず、人の目も気にせず、マイペースに生きているっさ」(意訳)
自分の oma rauha も人の oma rauha も大切にして、自分で自分の機嫌を取るのが、ゴキゲンに暮らすコツ。
フィンランドでも、日本でも、世界のどこでも心がけたいっさ。
🇫🇮Haluan vaalia omaa rauhaa Suomessa, Japanissa ja kaikkialla maailmassa.
フィンランド語はDuolingoとFinnishPod101とGoogle翻訳とAIに助けられながらのサバイバル学習なので、「そこは違うよ」があれば遠慮なく教えてください有識者の方。
フィンランドnoteたくさんあるっさ(Minun notessani on paljon Suomesta kirjoitettuja juttuja.)
minun notessani は「わたしのnoteの中に」。notessani の -ni はさっき rauhassaan でやった所有格の一人称。
「フィンランド語noteたくさんあるっさ」は
🇫🇮Minun notessani on paljon suomen kielestä kirjoitettuja juttuja.
Suomesta(フィンランドの)と suomen kielesta(フィンランド+言語の)の -sta は出所(〜について/〜から)を表す。
日本/フィンランドについて話しましょう。
🇫🇮Puhutaan Japanista/Suomesta.
Let's talk about Japan/Finland.
日本/フィンランドから来ました。
🇫🇮Olen Japanista/Suomesta.(主語のminaを省略)
I am from Japan/Finland.
日本/フィンランドが好きです。
🇫🇮Tykkään Japanista/Suomesta.(主語のminaを省略)
I love Japan/Finland.
-ssa に加えて -sta も守備範囲が広い。さらに「〜のおかげで」と理由/原因を表すこともできるらしい。
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