シナトレ6 たとえ上手はセリフ上手
不定期に書いているシナリオ・トレーニング、略してシナトレ。前回「シナトレ5 セリフは道で拾う」はこちら。
今回のテーマは「たとえ」。
プリンじゃないんだから
下書きを熟成させすぎて年を越し、春を過ぎ夏も過ぎて秋も半ばになってしまったが、昨年の秋が始まったある日の打ち合わせの帰り道、一緒に出ていた脚本家さんに「急に寒くなりましたね」と言うと、その人は言った。
「さんざん蒸されて、いきなり冷やされて。プリンじゃないんだから」
「いいですね、それ。そのままセリフになりそう」とわたし。
奇しくも「おじゃる丸」の打ち合わせ帰りだった。おじゃる丸といえば、プリン。ご本人はたぶん無意識だが、咄嗟にプリンのたとえが出てくるのがさすが。
「たとえが上手いとセリフが上手い」の法則
シナリオ講座で教えたりコンクールで審査をしたりして実感しているが、たとえがうまい人はセリフがうまい。
単純にたとえが面白いとセリフが面白くなるし、面白いたとえが書ける人はそれだけ色んな作品に触れているし、言葉選びのセンスや文のリズムが良いというのもあるが、いちばんの理由は観察力と言語化力なのではと思う。
日頃から人をよく見て、それを言葉にしているのがセリフに出る。
わたしはコピーライター出身で、「頭のテープレコーダーを回せ」と教えられた。
入社した時すでに世の中はボイスレコーダーの時代だったが、そう語り伝えられていた。
通勤電車の中やカフェのテーブルやデパ地下の行列や行く先々で録音スイッチをオンにし、脳内ハードディスクのネタ帳に記録して保存していた。その積み重ねがコピーを書くのに役立ったが、脚本を書くときにはさらに役立った。
デビューして間もない頃、「ト書きが下手だね。どこで習ったの?」とプロデューサーに言われた。「セリフはいいんですね?」と有頂天になり、おめでたいヤツだと呆れられたが、独学でも、ト書きの書き方がまずくても、セリフがなんとかなっていればなんとかなった。
食べものでたとえる
プリンといえばあの形、あの作り方、あの味というように、食べものは具体的でイメージを共有しやすい。だから、「たとえ」に向いている。これまでに心に残ったものを自作も含めて紹介したい。
ツッコミのトコロテン
ツッコミを入れるとき、食べもののたとえをよく使う。
「トコロテンじゃないんだから」
(押し出されて次ってわけにいかないよ)
「タケノコじゃないんだから」
(そんな急に身長伸びないよ」
「かき氷じゃないんだから」
(そんなに洗濯物積み上げないでよ)
いくつかの作品で使っているが、プロデューサーや監督は「わかります!」という人と「よくわかりません」という人にはっきり分かれる。
オレオクッキーと大気圏
「出張いまいまさこカフェ」で本打ち(脚本打ち合わせ)をオレオクッキーにたとえたこともあった。
オレオクッキーにたとえれば、クッキーの部分が打ち合わせ、クリームが執筆。それぐらいホン作りに占める打ち合わせの比重は大きい。
オレオクッキーのくだりに続けて大気圏のことを書いた。
白紙の状態から方向性を探る企画段階の打ち合わせでは、『どんなホンにしようか』を念頭に置きながら、核心から少し離れた大気圏あたりの話をすることが多い。(中略)そんな雑談のなかに、『それで行こう!』と光る発見があり、一気に大気圏突入となることはよくある。
感想力の高い編集の北條一浩さんからはこんな感想をいただいた。
「オレオクッキー」と「大気圏」という比喩がすごく面白いです。「なるほどな」というより、むしろ「オレオクッキー」や「大気圏」について考えさせられるというか。言ってる事、わかりますか(笑)?
「オレオクッキー」という身近な食べものと「大気圏」というスケールの大きなものが一つのエッセイに同居することで、妄想スイッチが入る。そのスイッチ自体、普段は気配を消していて、「オレオクッキー」と「大気圏」の組み合わせに反応して、ポコッと浮かび上がるのかもしれない。
「たとえ」は埋蔵思考を掘り起こすシャベルになる。
たまごとおなご
娘が幼い頃、「たまごとおなご」と意味不明なことを言い出した。「おなごって知ってるの?」と聞いたら「あっためるとやわらかくなるの」。まあそういう一面もありますかと感心した。
一杯目のビール
なじみの深い飲みものもたとえに向いている。以前noteに書いた「一杯目のビールみたいな仕事したいのよね」は友人の作曲家エーコさんの言葉だが、渇いた喉を潤す「一杯目のビール」のみずみずしさ、喉越し、おいしさを知っているからこそ、「一杯目のビールみたいな仕事」がどういうものか、イメージできる。
冷蔵庫の奥にある調味料
ABC(朝日放送)で制作したドラマ「ミヤコが京都にやって来た!」では、佐々木蔵之介さん演じる町医者・空吉に、12年ぶりに再会した二十歳の娘・京子(と書いてミヤコと読む。演じたのは藤野涼子さん)が性欲はないのかと立ち入ったことを聞く。
母と離婚して以来、独り身である父親の枯れ具合が気になっての発言。京都と東京で長らく別居していて遠慮の距離感がバグっていたからこそ聞けた。
このとき空吉は、それがあることは否定しないが、なくても困っていないことを「冷蔵庫の奥にある調味料」に喩える。
あるけれど存在を忘れていて、使えるかどうかも怪しい賞味期限切れのチューブやら瓶やら、冷蔵庫に眠っていませんか。
すみっこのパセリ
saitaで連載中の小説『漂うわたし』は3人のヒロインのエピソードを2話ずつ、つないでいる。一人目のヒロイン、佐藤千佳子はパセリに自分を重ねている。
《人数合わせ要員にされるのには慣れている。呼ばれないはずだった誕生会に当日呼ばれたこともあった。余計な主張をせず、すき間を埋める。あっても邪魔にならず、なくても困らない。彩りのパセリみたいな存在。サンドイッチに添えられたパセリに親近感を覚える。》
シュークリームで幸せを数える
『漂うわたし』3人目のヒロイン、多賀麻希は、シュークリームが幸せの単位。
《東京に出て来てから、8シュークリームのまま記録更新は止まった。数えるのが楽しいのは、それが増え続けているときだ。今よりもいいことが待っていると未来を信じられているときだ。ほめられるようなことも、自分にごほうびをあげたくなるようなこともなく、シュークリームがしぼみ続けるような日々を過ごしてきた。》
バナナのように折れやすい性格
メモから発掘した、多和田葉子さんの講演で聞いた言葉。多和田さんがご自身のことを話すなかで出てきたのか、著作で使われている表現なのか、講演で取り上げた作品に出てくる表現なのかは記憶があやふやになっている。折れやすくて断面がギザギザのバナナ。折れてしまったことを引きずっているようでもある。
バナナと言えば、ワニバナナ。
お猪口の裏
器の小さい人のことを延々と愚痴る友人に肩入れして、「(その人の器)お猪口だね」と言ったら、「お猪口の裏です!」と訂正された。お猪口の裏のくぼみサイズ、小さすぎる。
何文字書ける
お見合いデートで時間の無駄だと感じた脚本家女子。「こんなことしている間に何文字書けるんだろって思っちゃいました」と嘆いた。文字数が退屈指数になるの、「物書きの単位」という感じが出ていて好き。
やる気のない料理店
clubhouseでわたしの作品を上演してくれるルームが開かれたとき、配役を決めるのに時間がかかり、なかなか読み始めないことに焦れて、オーディエンスのお一人から辛口のメッセージがあった。「期待したのに準備できてなくてガッカリ」をオペレーションが整う前に開店した飲食店にたとえているのだが、怒りにまかせて一気に書いたと思われる文章のテンポと切れ味に舌を巻き、「ぜひ脚本書いてください!」と思わず口説いた。
シェフの料理のために、有名農家が無理をして準備したフレッシュな材料で
皆様に味わって欲しい一皿があります!
是非お越しください!
って前宣伝煽った深夜のレストランで
時間通りに行ったら
店の電気は消えてる
フォーク足らない
米買いに行ってきて?
厨房もスタッフもドタバタ
客をもてなす気のないレストランで15分も待たされた気分でした!
「胃に覚えあり」と仲間たち
食べることが好きな友人とのグループLINEで「腕に覚えあり」を「胃」に置き換えた「胃に覚えあり」というダジャレが飛び出した。
「身に覚えあり、のダジャレでもある」
「そっちだと韻を踏んでる」
「身を胃に置き換えたら、他にもいろいろ作れる」
という流れで「胃から出たサビ」というダジャレが飛び出し、「身の他に『い』の漢字違いを胃に置き換えても、いろいろ作れる!」とダジャレ大喜利が始まった。
《「ちょうど食べたかったあれ」や「ちょうど気になってたお店」や「ちょうど飲みに行きたかった気分」が通じ合ったら胃心伝心🍽️》
《我々は「胃気軒昂」にして「胃気投合」した友達やな😆!》
《散々飲み食いしてしゃべり散らかした後に「胃義深い夜であった」と締めくくる》
《深夜の概念を覆す「胃風堂々」とした食べっぷりでした🙌》
《「胃から出たサビ」其れ則ち「脂肪」では…⁉️》
母音一文字の「胃」は、イ段を遊び相手にできるので、とても遊びやすい。
宣伝会議賞の食べものコピー
たとえがうまい人は、コンクールでもトクをする。
応募した作者のことを知らない審査員にとって、応募原稿だけが作者を知るよりどころ。原稿と審査員の間にどれだけ接点を作り、惹きつけられるか。たとえがうまいとイメージしやすい。特に食べものはイメージだけでなく、それにまつわる感覚(甘い、苦い、熱い、冷たいなど)も連れてきてくれるから、原稿がより生き生きと立体的になる。その分、印象に残りやすくなる。
プリンが可愛くする
わたしはコピーライターから脚本家になったが、コピーのコンクールは特にたとえ勝負。宣伝会議賞の歴代グランプリ作品を見ていたら、第49回グランプリにプリンが登場していた。
プリンはひとを、可愛くする。
受賞者:井上 慶彦さん
森永乳業の「プリンといえば森永乳業」と強く印象づけるコピーという課題に応えたもの。プリンを主語にしたのがうまい。ひとを可愛くするプリンも可愛くしてしまう、可愛いコピー。
チョコ食べてるとき
第44回グランプリは、明治製菓の明治ミルクチョコレートが課題。
ずるいよ。チョコ食べてるときに、そんな話するの。
受賞者:遠藤 紀子さん
「チョコ食べてるとき」を目に浮かべさせるのがうまい。ずるい。
お皿の洗い方
第40回グランプリは学生援護会の西日本アルバイト発見マガジン アンが課題。
お母さん、そのお皿の洗い方はなに?
受賞者:田島 洋之さん
これも情景が目に浮かぶ。アルバイトで得られる成長を端的に描いていてお見事。
両手ですくって飲む水
第36回グランプリは、ペリエ ジャポンの水「ペリエ」が課題。
本当は、両手ですくって飲む水でした。
受賞者:川越 千栄子さん
ペリエの水がとても良いものに思える名コピー。この年、わたしも応募していて、協賛企業賞を受賞。贈賞式では受賞者たちが口々にグランプリの目のつけどころに感心し、あれには負けたとペリエのように清々しく完敗を認めていた。捻らない真っ直ぐな表現がペリエの純度を感じさせるし、今見ても良いコピー。ずっと使える強度がある。
わたしは東ハトのキャラメルコーンで受賞。でも、どんなコピーだったか覚えていない。本人が覚えていないのだから、残るコピーではなかったのだろう。
味噌じゃなくて豆腐
第60回宣伝会議賞中高生部門のブロンズ賞は、一般財団法人日本交通安全教育普及協会の課題「自転車に乗るすべての人がヘルメットをかぶろうと思えるキャッチフレーズ」に見事に応えたコピー。味噌じゃなくて豆腐。大豆由来の身近な食品で比べさせる説得力。お見事。
あなたの脳は、味噌じゃなくて豆腐です。
(受賞者:荒木 泰然さん)
歴代グランプリと第51回から第62回の受賞作品をこちらで読める。読みものとしても楽しいし、コピー作りやたとえの勉強にもなるので、表現を磨きたい人には全力でおすすめしたい。
今年の募集は終わってしまったが、毎年秋に募集があり、贈賞式はコピーを愛する猛者たちが集まり、受賞スピーチもそれぞれとても楽しい。
バックナンバー
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目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。