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「守」:型を身に付ける5Whys——試作が美味しいのは当たり前。「現場が作れる構造」を設計できて初めてプロのR&D

フードテクノロジストの増本です。
以前、トラブル発生時に現場が「作業者の不注意」という個人への追究に陥る構造的欠陥と、それを防ぐために製造現場で「特性要因図(多次元の構造化)」を活用して心理的安全性を確保するアプローチについて解説しました。

多要因が複雑に絡み合う製造現場において、単一の線を掘り進める「5Whys(なぜなぜ分析)」を安易に適用することは、的外れな原因特定や個人への追究を招くリスクが高いため、原則として推奨していません。
しかし、これは5Whysという思考手法そのものを否定するものではありません。
今回は、5Whysが本来の真価を発揮する領域である「R&D(商品開発・技術開発)」に焦点を当てます。条件が制御された開発環境において、5Whysをどのように科学的メカニズムの解明と安全設計へ繋げるべきか、その具体的な思考法と開発がリードするべき役割について掘り下げていきます。

1. なぜ5Whysは「開発(R&D)」で真価を発揮するのか
製造現場と開発現場では、前提となるスケールと要求される精度の桁が根本的に異なります。

  • 製造現場: トンやキログラム単位で原料が動き、季節変動や機器の微小なブレといった不可避なノイズが含まれる「多次元(面)」の環境。

  • R&D(開発): ミリグラム単位で配合を制御し、ノイズを排した条件下でデータ・挙動を検証できる「直線(線)」の環境。

1本の直線的な深掘り(5Whys)が機能するのは、変数をラボやパイロットプラントで一つずつ隔離し、高い再現性を担保できる開発環境だからこそです。
ただし、プロとして開発が行う5Whysは、分析の照準を合わせる「対象」が決定的に異なります。

  • ✖(ヒューマンエラーへの非科学的結論付け): なぜ試作で分離した? ▶ 担当者が添加温度の指示を見落としたから

  • (再現性ある科学的メカニズム): なぜ試作で分離した? ▶ 受熱履歴によって油相の脂肪酸組成が変化し、HLB値が想定からズレたから

開発における5Whysとは、人のミスを探す道具ではなく、「現象(物性・化学変化・熱伝導)の不可逆なメカニズム」へ冷静に照準を合わせる思考法です。

単一の線を掘り進める 5Whys

2. 開発が回すべき「科学的5Whys」の型
開発が主導する5Whysは、推測や感覚ではなく、常に「仮説 ▶ 再現試験・データ(Fact) ▶ 次のWhy」という客観的な検証ループで構成されます。
【科学的5Whysの実践イメージ】

  • Why 1:なぜ製品の粘度が規定値を下回ったのか?

    • 【データ検証】過去データと比較し、加熱殺菌後の多糖類の分解率が12%上昇している事実を確認。

  • Why 2:なぜ殺菌工程で多糖類の分解が促進されたのか?

    • 【再現試験】pHを0.1刻みで振った試験管実験を実施。pH 5.4以下で急激に熱分解が進む挙動を特定。

  • Why 3:なぜ特定ロットの原料投入時にpHが5.4以下へ低下したのか?

    • 【成分分析・文献調査】原料である果汁由来の有機酸組成(クエン酸/リンゴ酸比率)の季節変動(夏場の酸度上昇)を特定。

論理の飛躍を排し、データと再現試験によって「科学的根拠(Validation)」を1段ずつ積み上げていくこと。この客観的な掘り下げによって初めて、「偶然うまくできた試作品」ではなく、「科学的に制御された配合・工程」が確立されます。

1段ずつ積み上げていく

3. 量産試作という交差点 —— 開発の「精度」を現場の「公差」へ翻訳する
開発がラボの精度で突き詰めた5Whysの成果が、初めて実際の製造ラインと接続する場所、それが「量産試作(スケールアップ)」です。
ビーカーレベルで成立した科学が、大型タンクや長距離配管といった工場の日常的なノイズに晒されたとき、現場のスケールに合わせた調整が必要になります。
このとき、開発が果たすべきは現場の手際を追究することではありません。
ラボの精密なデータと5Whysで解明したメカニズムを基に、「現場の日常的な変動に耐えられる許容幅(公差・管理限界値)」を設計し、後からの手戻りや対症療法的な修正を発生させない形で現場へ引き渡すことです。
開発が科学的根拠に基づいた「公差」を提示できて初めて、現場は自らのスケール感の中で、迷うことなく安定した製造を行えるようになります。

精度の違い

4. 開発での質が高い5Whysが、製造現場の「4M+E(特性要因図)」を強固にする
ここで、前編でお伝えした「製造現場での特性要因図」と論理が接続します。
開発段階で「科学的メカニズム(5Whys)」と「管理限界値」が客観的に検証(Validation)されていれば、いざ量産後に現場でトラブルが発生しても、現場は混乱しません。
「どの要素(4M+Eのどの要因)が管理限界を超えたのか」を、前編の特性要因図を用いて速やかに特定できるからです。
逆に、開発での科学的検証が不十分なまま「美味しさだけのレシピ」を現場へ移行すると、現場でトラブルが起きた際に真因が特定できず、結果として個人への原因追及に依存してしまい兼ねません。
現場を不毛な犯人探しから解き放てるかどうかは、開発がR&D段階でどれだけ科学的に5Whysを検証し切ったかにかかっています。

5Whysを改善に活かす

5. 全関連部署をリードする「開発の重責」と「5つの安全文化」
開発の本当の仕事とは何でしょうか。
単に「美味しい試作品(レシピ)をつくること」にとどまりません。「誰が作っても再現できる構造(科学的根拠)」と、製造現場を守る「5つの安全文化」を最初から設計し、組織に引き渡すことです。
開発は、レシピを設計する段階で、以下の「5つの安全」が適切に組み込まれているかを検証する役割を担っています。

  • 1. 食品安全(Food Safety)

    • 従来のHACCPにおける危害分析の考え方をベース(基本)としつつ、レシピ・工程設計の段階であらゆる危害要因(生物・化学・物理)を科学的に制御・排除すること。

    • 例: 従来のHACCPに基づく確実な殺菌条件の科学的立証(Validation)や管理基準(CL)の設定に加え、アレルゲン誤投入を防ぐ配合やCIP洗浄性に優れた物性設計(HARPC視点への拡張)。

  • 2. 設備安全(Equipment Safety)

    •  機器への過度な負荷や損壊による物理的トラブル(破損・異物混入)を未然に防ぐこと。

    • 例: 高粘度によるポンプ破砕や配管破損を防ぐ物性・圧力設計。

  • 3. 労働安全(Occupational Safety)

    •  危険動作や過度な身体的負担を作業者に強いず、怪我や職業病のリスクを排除すること。

    • 例: 重量物の手投入を不要にする配合設計、高熱・高圧下での手作業の削減。

  • 4. ウェルビーイング(Well-being)

    •  過度な緊張感や恐怖から作業者を解放し、勤務中はもちろん「勤務後も心身ともに健やかでいられる」環境を創ること。

    • 例: 一度のミスが即事故にならない許容幅(公差)の設計、直感的に判断できる工程プロトコル。

  • 5. 環境安全(Environmental Safety / ESG・CSR)

    •  製造に伴う環境負荷(エネルギー・排水・廃棄)を最小化し、企業のESG・CSR経営に貢献すること。

    • 例: 節水・省エネを実現するプロセス設計、歩留まり向上によるフードロス削減、持続可能な原料選定。

全関連部署をリードする「開発の重責」

現場の注意深い作業だけに依存しない安全構造を築くことこそ、開発の技術力が最も発揮される部分です。
 トラブルが起きてから現場に対処を委ねるのではなく、開発段階で予期せぬ危害や変動を科学的に予知・予防する「HARPC(予防的管理)」の思想をレシピとプロセスへ確実に落とし込むこと。この食品安全をはじめとする重責を果たし、「5Whysによる科学的検証」を基盤に全関連部署(製造・品証・購買・設備)をリードしていくこと。それこそが、現場を疲弊から守り、企業を力強く支え続けるプロのR&Dが果たすべき真の役割なのです。

🐬 30代のR&Dの皆さんへ
30代の開発担当者は、ラボでの試作精度を上げることと、工場での量産化に向けた「手戻りのない設計」との狭間で、最も悩み、そして最も成長する時期にいます。
美味しい試作品(レシピ)をつくることだけが開発の仕事ではありません。あなたがラボで積み重ねたミリグラム単位の「データ」と「科学的メカニズム(5Whys)」は、工場で働く作業者を不毛なエラー対応や恐怖から守る、最大の「防御壁」になります。
「自分が科学を突き詰めることが、製造現場の安心と、持続可能な安全文化の基盤になる」
それはR&Dとして果たすべき当たり前の責任であり、同時に技術者だからこそ発揮できる大きな価値です。その確信を持って、ぜひ科学の力で組織全体をリードしていってください。


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マス君 最後までお読みいただきありがとうございます。 忙しい日常、悩める食品技術者の一助になることを願っています。 この文章であなたが型を身に付けることに役立てばこれ以上の喜びはありません。 いただいたチップはまだまだ勉強して改めて皆様のお役に立てるように活動費に使わせていただきます!