【第6講】なぜ3月(March)は1年の始まりだったのか?―火星の神マルスとローマ建国神話
こんにちは!ただの医学生です。
【初めての方へ】
このブログでは、医学生の暗記術を応用した「英単語を”暗記”から”教養”に変える語源学習法」をベースに、様々な言葉のルーツを解説しています。当ブログのコンセプトである学習法について、まだ読んでいない方はぜひこちらの記事からご覧ください!
「水金地火木土天海‼️」
急になんだって感じですね(笑)。
小さい頃に唱えて覚えた方も多いんじゃないでしょうか。太陽系の惑星を内側から順番に唱えている呪文です。
前回までに水・金・地まで扱ったので、今回は【火星】を扱います。
火星の英語名はわかりますか?
Mars
ですね。
Marsは、表面が赤く輝いているため「戦火」や「血」のイメージと結び付けられ、ギリシア神話の戦いの神「アレース(Ares)」に由来しています。それに相当するローマ神話の神が、軍神「マルス(Mars)」です。
大ヒット映画オデッセイで出てくる、火星探査機の名前も「アレス3」でしたね。オデッセイの由来は古代ギリシアの詩人ホメロスが書いた叙事詩「オデュッセイア」の主人公に由来します。彼はトロイア戦争の後、山あり谷ありの長い旅行をして故郷に戻ります。この物語から、オデッセイという言葉は「長い旅行」や「長期の放浪」を意味するようになりました。この物語の登場人物も面白いのでいつか解説したいです…

嫌われ者の戦神と、軍事の英単語
ギリシャ神話のアレースは、血を見るのが好きで、好戦的かつ殺すことを楽しみとする残虐非道な性格の持ち主であり、不誠実な神とされています。最高神ゼウスの息子でありながら、この性格のためにほかの神々だけでなく、実の父であるゼウスからも嫌われていたそうです。
戦いに関する神として、彼には異母姉妹のアテーナー(Athena)がいますが、彼女の方は戦略や知略などをつかさどるため粗暴なイメージはありません。アテーナーはローマ神話の中では「ミネルヴァ」と同一視されています。

マルスの隣に立っている。

メデューサの頭の付いた鎧を着ている
【ちょっと寄り道:ギリシャの首都「アテネ」の誕生秘話】
実はこのアテーナー、現在もギリシャの首都である「アテネ(Athens)」の語源になっています。
神話によると、新しく作られた都市の守護神の座をめぐって、海の神ポセイドンとアテーナーが「市民へのプレゼン対決」をしたそうです。ポセイドンは三叉の槍で地面を突いて「塩水の泉」を出し、アテーナーは「オリーブの木」を出現させました。
市民たちは、実用的で生活を豊かにするオリーブを選び、見事アテーナーが勝利!彼女の名前にちなんで、この都市は「アテネ」と名付けられました。
ここで、「あれ?」と思った方、鋭いです!
「オリーブの枝って、旧約聖書の『ノアの方舟』に出てくる平和の象徴じゃないの?」と思ったのではないでしょうか?
大正解です!大洪水が終わったことを鳩がオリーブの葉を持ち帰って知らせた、あの有名なエピソードですね。 実は「オリーブ=平和」というイメージは、「知恵と農耕で国を豊かにしたアテーナーの神話」と、「神の怒りが静まったことを示すノアの方舟」という、西洋の2つの大きなルーツが見事に合わさってできたものなんです。現在でも国連のロゴマークなどにオリーブの枝が使われているのには、こんなに深い歴史があったんですね。
知恵と平和を愛するアテーナーに対して、アレースは戦いでの狂乱や破壊の象徴とされていて、災厄を起こすとまで言われる神です。
ローマ神話のMarsは戦いの神として、様々な単語の語源に絡んできます。 例えば、形容詞の martial(戦争の)、柔道や空手などの martial arts(格闘技)、そしてcourt-martial は「軍法会議」の意味です。
2024年12月、韓国で当時の尹大統領が戒厳令を出したことで話題になりました。戒厳令は英語で言うとmartial lawと言います。国家の司法権や行政権を軍が掌握し、国民の基本的人権を制限する特別命令のことを指します。
人名の「Martin Luther King Jr.(キング牧師)」や、「Mark Elliot Zuckerberg(FacebookやMetaの共同創業者)」のマーティンやマークも、この軍神マルスにあやかった勇ましい名前になります。
実は3月(March)が1年の最初だった!
さて、マルスは戦いだけでなく「農耕の神」でもありました。
当時のローマの冬は厳しく、農業も戦争もすることができなかったため、実は現在の1月と2月に相当する時期には名前すらなく、March(3月)が1年の始まりだとされていました。これ、今後の語源の話でも超大事になってくるので覚えておいてください!
3月は、イタリアを走る山脈の雪も溶け始めるので、農民にとっては土を耕して春蒔きの作物の種を植えることができる、農耕が始まる月として位置づけられます。
そして兵士たちにとっても、雪解けを迎えて軍隊を自由に動かせる時期となるため、軍事と農耕を司るマルスは「3月」にぴったりでした。そのため、March(3月)は Mars に由来しています。。
ローマ建国神話と、双子の兄弟
マルスと、竈(かまど)の神ウェスタに仕える巫女「シルヴィア(Silvia)」の間に生まれたのが、ローマ建国神話に登場する双子、ロムルス(Romulus)とレムス(Remus)になります。
シルヴィアはアルバ・ロンガの王の娘でした。王の弟アムリウスは兄からの王位簒奪を狙い、シルヴィア以外の兄の子供たちを殺害します。さらにアムリウスは、兄の子孫たちからの復讐を恐れ、子供が生まれないようにシルヴィアを巫女にすることで、永遠の処女として生きることを義務付けていました。
ところがある日、湖で水汲みの仕事をしていたシルヴィアが急に睡魔に襲われて眠ってしまいます。そこにマルスが現れ、眠っているシルヴィアと交わり、双子の兄弟ロムルスとレムスが生まれました。
それを知ったアムリウスは双子をかごに入れてテヴェレ川に流してしまいますが、運よくカゴはパラティーノの丘の麓でイチジクの木に引っ掛かり、川岸に流れ着きます。
双子はメスの狼から乳を与えられ、キツツキから食べ物をもらって生き延び、その後、羊飼いによってパラティーノの丘で育てられました。やがて出生の秘密を知った兄弟はアムリウスを討ち取り、祖父を王位に復位させます。
双子の兄弟は自分たちの国を作るために土地を探しました。兄のロムルスはパラティーノの丘、弟のレムスはアウェンティーノの丘を選択し、国を統治する王位を鳥占いで決めようとしましたが決着がつかずに対立。戦いになった結果、兄のロムルスが勝利して王となりました。 これがローマ建国神話の大まかなあらすじです。Roma(ローマ)という国名は、この兄ロムルスの名前に由来します。

ローマのカピトリーノ美術館にある彫像のレプリカ。1937年に日独伊三国同盟が結ばれたことを記念して、1938年にイタリア大使館から東京に寄贈されたものです。
なお、ロムルスが育ったパラティーノの丘(Monte Palatino)はその後、歴代ローマ皇帝の宮廷として利用されており、「宮殿」を意味する英語の palaceや、イタリア語のpalazzoの語源となっています。
もっとも、現代の日本ではpalazzoと言ったらパチンコが有名(?)なのは皮肉ですね(笑)

宮殿の名を冠したパチスロです
火星の衛星と、神々のドロドロの浮気現場
ちなみに、火星には Phobos(フォボス) と Deimos(デイモス) の2つの衛星がありますが、これらの名前もアレースの息子に由来します。
神の中でも1、2を争うほどのイケメンだったアレースは、なんと愛と美の女神アフロディテ(※第4講のヴィーナスですね!)と愛人関係にあり、ここに生まれたのがフォボスとデイモスです。
アフロディテの正式な夫は、鍛冶の神ヘパイストスでした。彼は容姿はイマイチなものの、優男で賢い神でした。自分の妻がアレースと不倫していることに勘づいたヘパイストスは、目に見えないほど細くて頑丈な特殊な網をベッドの中に組み込み、情事の最中の2人を拘束してほかの神々の面前で晒し者にしました。
アレースらの自業自得とはいえ、なかなかやってることはエグいですね……(笑)。

ちなみに、妻を寝取られてしまったこの不憫な鍛冶の神ヘパイストスですが、ローマ神話では 「ウルカヌス(Vulcanus)」 と呼ばれます。
彼は火と鍛冶の神であり、イタリアにあるエトナ火山の地底で武器を打っており、その火炎が山頂から噴き出していると信じられていました。
もうお気づきですね?
英語で「火山」を意味する Volcano(ボルケーノ)の語源になります。トミー・リー・ジョーンズ演じる主人公が、どうにかして噴火する火山からロサンゼルスを守ろうとするパニック映画のタイトルも「Volcano」でしたね!
【医療者向けの寄り道:フォボスから生まれた医学英単語】
アレースの息子である Phobos(フォボス) は「敗走・恐怖」の意、Deimos(デイモス) は「恐怖・恐慌」の意味になります。
実はこの Phobos(フォボス:恐怖)は、医学や心理学の用語で「〜恐怖症」を表す接尾辞 -phobia の語源になっています!
Claustrophobia(閉所恐怖症):claustrum(閉ざされた場所)+ phobia
Acrophobia(高所恐怖症):acro(高いところ)+ phobia
Agoraphobia(広場恐怖症):agora(世界史用語にもなっていますね!古代ギリシャの広場・集会所を指します)+ phobia
ハリーポッターに出てくるロン・ウィーズリーの苦手なものはなんだか知っていますか?『秘密の部屋』でも『アズカバンの囚人』でも物語のキーとなってくる生き物です。
答えは蜘蛛🕷になります。
蜘蛛はギリシャ語でarachneというので、蜘蛛恐怖症の事は arachnophobiaといいます。
他にも、今まで経験したことの無いような頭痛、と表現される緊急疾患にSAHがあります。
これは subarachnoid hemorrhageの略で、sub(下)+arachne(蜘蛛)+-oid(〜みたいな) hemo(血)+rhea(流れる)に分解できます。日本語でいえば「クモ膜下出血」となります。脳を覆う膜が蜘蛛の巣のように見えることから名付けられました。
発症したら致死率100%の恐ろしい感染症に「狂犬病」があります。英語ではrabiesと表現されることが一般的ですが、これはラテン語の「狂う」に由来します。
実はこの病気、別名を hydrophobiaといいます。
「hydro」はラテン語で水を意味します。ポケモンをやっていた方は「ハイドロポンプ」の必殺技でお馴染みですね!
なぜ狂犬病がhydrophobia 、つまり「水恐怖症」との別名を持つかというと、狂犬病ウイルス(Rabies virus)に感染し発症した患者が、水を飲もうとすると喉の筋肉に激しい痙攣と痛みが走るため、水を極端に恐れるようになるという致死的な身体症状を呈するからです。
hydrophobicは化学の世界では「疎水性」を意味する単語として使います。例えば石鹸の分子は疎水性の部分で皮脂などを包み込み、親水性の部分を外側に向けてミセルを形成することで水中で油汚れを落とします。
内側を hydrophobic(疎水性)な部分といい、外側は hydrophilic(親水性) な部分といいます。
hydrophilic に含まれる philic はギリシャ語の philos に由来し「愛する」の意味です。hydrophilicは「水を愛する」から「親水性」の意味ですね。
他にも、哲学を英語では philosophy と言いますが、sophia(知恵)を愛する(philos)学問という意味になります。
……ソフィアはギリシャ語で「知恵」です。
四ツ谷にある某大学の皆さん、「知恵」を学んでいますか?(笑)

いかがだったでしょうか!日比谷公園を散歩する機会があれば、ぜひロムルスとレムスの像を探して、ローマ神話に思いを馳せてみてください。
「へぇ~!」と思ったら、ぜひ「スキ」やコメントをいただけると嬉しいです。「情報量が多すぎてパンクした…(笑)」といった感想でも大歓迎です!私もまだまだ知らない世界がたくさんあるので、「こんな雑学もあるよ!」という方がいれば、ぜひコメントで教えてください。
次回をお楽しみに!
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